42 1巻発売記念番外編 旋風と太陽22
最後のゲームはゴールさえできれば賞品ゲットと聞かされ、参加者である聖女たちは色めき立つ。
今まで彼女たちは、半ば優勝をあきらめていたところがあった。
なにせ、あのホーリードール家と争って、勝てる気が全くしなかったからだ。
ならばせめてホーリードール家に華を持たせる形で散って、媚びでも売っておこうと思ったのだが……。
もはや彼女たちの眼中に、あの姉妹はない。
瞳に映っているのは、すでに仇敵と化した、隣人のみ……!
ホーリードール家は姉妹での参加であったが、他の参加者は親友や師弟などの間柄であった。
とある親友聖女ペアは、
「ユウちゃん、私たちはズッ友だよね! 私はあなたを信じているわ!」
「当たり前でしょぉ、ミッちゃん! 私はミッちゃんに一度もウソをついたことがないんだからぁ! 今までも、そしてこれからもねっ!」
言葉では美しい友情が取り交わされていたが、その内心は、
――心まで醜女がっ! なにがウソを付いたことがないだよ!
陰でアンタが私のことをどう言ってるのか、知らないとでも思ってるの!?
――ウソつけっ! このブタブスがぁ!
アタシの勇者様と、陰でズッコンバッコンやってるくせに、なにがズッ友だよっ!
また、とある師弟ペアは、
「私はあなたに正しい道だけを示してきました。今度はあなたが私に正しい道を示す番です。私のあとに続いてゴールなさい」
「はい、先生っ! 私はどこまでも先生についてまいります!」
言葉では美しい師弟愛を取り交わしていたが、その内心は、
――あの賞品を手にできれば、聖女としての地位は不動のものとなる……!
だからこそコイツも、死ぬほど賞品を欲しがっているはず……!
きっとゴール寸前で罠に誘導して、私が動けなくなったところを出し抜くに違いありません!
――なにが正しい道だよ! 汚れ仕事ばかり私にやらせやがって!
こうなったら、ゲーム序盤は従順なフリをして、ゴール寸前で、罠にハメてやるわ!
そうすればあの賞品は、私のものよっ……!
片手では握手をして、もう片手では背中にナイフを隠しているような光景が、そこかしこにあった。
その中でも、唯一のんきなコンビが。
「あらあら、ゲームのルールを聞いてたけど、ママ、ぜんぜんわからなかったわぁ」
「説明は難しかったですけど、ルールは簡単ですよ。お姉ちゃんはわたしの言うとおりに歩けばいいんです」
「そうなの? それなら簡単ね、ママにもできそう!」
そう。このゲームは何ら難しくはない。
悩む必要すらなく、ただ言うとおりに歩けばそれで終わり。
必要なのは、たったひとつのことだけ。
相手を『信頼』すること……!
「でも賞品を貰えるのは、ひとりだけのようですよ」
「まあまあ、そうなの? なら、ママとプリムラちゃんで競争ね!」
ああっ……!?
まさか、まさかこの姉妹にも……!?
ついに、ついに我欲というものが、芽生えはじめた……!?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
最終ゲームの準備は、かなりの時間を要した。
ピッチ一面には2メートル四方のパネルが敷き詰められ、頭上にの天井には巨大なロール紙がセッティングされる。
ロール紙にはパネルの罠の内容が書かれており、対面側のフィールドにいる挑戦者と、客席だけには正解のルートがわかるようになっているのだ。
たとえば、このような形で、
■■■■■□■■■■■
■■■■■□■□□□■
■□□□□□■□■□■
■□■■■■■□■□■
■□□□□□□□■□■
■■■■■■■■■□■
■□□□□□□□□□■
■□■■■■■■■■■
□が安全マスで、■が地雷マス。
上端にある安全マスがスタート地点で、下端にある安全マスがゴール地点となっている。
このようなフィ-ルドが向かいあわせにふたつあって、ふたりの挑戦者が同時にスタートする。
そして、かかった時間や罠にかかった回数などに関わらず、ゴールさえできれば優勝となり、賞品が与えられる。
ただし賞品が与えられるのは、1チームにつきひとりのみ。
なおここでは省略されているが、ロール紙の地雷マスの中には、どんな罠が仕掛けられているかが書かれている。
相手を再起不能にしたいのであれば、罠の内容をよく見て、軽度の罠よりも重度の罠に誘導するとよい。
これらの準備が完了すると、さっそく、ひと組目のチームの挑戦とあいなった。
先ほど、友情を交わし合っていた若き聖女たちである。
彼女たちは事前に作戦を練っていた。
それは、交互に声をかけあって、一歩ずつパネルを進んでいくというものだった。
「じゃあまず、私から行くね! ユウちゃん、どっちに進めばいいのか教えて!」
50メートルほど離れたパートナーから声を掛けられ、聖女は天井を見やる。
ロール紙に描かれている罠の分布を確かめてから、
「まず、まっすぐに一歩進だよぉ、ミッちゃん!」
さすがに一歩目からウソをつくことはないだろうと思い、教えられた聖女は目の前にあるパネルに足を乗せる。
そこは案の定、『安全パネル』であった。
「よぉし、次は私の番ね! えーっと、こっちもまっすぐに一歩だよ、ユウちゃん!」
「うん、わかったぁ! ありがとぉ、ミッちゃん!」
序盤はこのような感じで、少女たちがホップスコッチで遊んでいるかのような、緊張感のない光景が繰り広げられた。
しかし……フィールドの中盤にさしかかるにあたり、じょじょにふたりの間に暗雲がたちこめてくる。
ロール紙を見上げているパートナーが、まるで品定めをするような時間を取るようになったのだ。
その理由は、お互いハッキリと認識していた。
それは……。
このゲームは中盤を過ぎると、えげつない罠だらけになっていくのだ……!
序盤は、『パネルの穴から水が吹き出してずぶ濡れ』や、『パネルがツルツルしてスッテンコロリン』などの、可愛らしいイタズラのような罠ばかりなのだが……。
中盤からは、『パネルが割れて足がマグマに』や、『パネルから剣山が飛び出してグッサリ』などの、マジ罠に……!
となるとあとは、考えることはひとつ。
パートナーをどの罠に誘導すれば、最大限の効果をあげられるか……!
しかしこれはなかなかタイミングが難しい。
なぜならば一度でもウソをついた時点で『戦争開始』だからだ。
それまでは正しい情報を教えてくれていたパートナーも、きっとウソを教えるようになるだろう。
そうなると、もはや頼れるのは、自分のカンと運だけになる。
となれば、駆け引きとして考えられるのは……。
ゴール寸前のパネルで、ウソを教えて……。
相手を重度の罠にハメて、一発で再起不能にできれば……。
相手の妨害を受けることなく、かつカンと運に頼る回数を最小限に抑えられる……!
しかしそれは、相手も同じように考えているだろう。
となれば問題となるのは、いつ仕掛けるか、ということになる。
相手が一撃必殺を考えているのであれば、ゴール直前まで引っ張るのは危険。
相手が仕掛ける前に、仕掛けるっ……!
殺られる前に、殺るしかないのだ……!!





