39 1巻発売記念番外編 旋風と太陽19
ホーリードール家の聖女たちには、いつも神対応であると名高い。
でも勇者に対しては、これでもかというほどに塩対応であった。
しかしその前提があったとしても、ものには限度というものがある。
今回、ホーリードール家の聖女たちは、5連もの魔法を叩き込んでおきながら、知らぬ存ぜぬのような態度で謝りもしなかったのだ。
これは塩どころか、もはや岩塩といっていいだろう。
カッチカチの岩のような塩のカタマリで頭を、
……ズドォーーーーンッ!!
とブン殴ったうえに、粉々になったガラス質のような鋭い破片を、
……ズリィーーーーンッ!!
と擦り込んできて、傷口を鋭利さと塩でダブルで攻めたてたようなものである。
権力者なれば、いや、凡人であったとしても……。
いやいや、非暴力を貫く老人であったとしても、助走を付けて飛んでくるレベル……!
しかし勇者たちはそんな目に遭わされてもなお、ホーリードール家を支持したのだ。
それは、なぜか……?
理由はふたつあった。
ひとつ目は、ゴッドスマイルのお気に入りの聖女であるということ。
もしここで他の聖女チームの札を挙げたとして、それが勇者上層部にチクられでもしたら……。
出世の道が閉ざされてしまうかもと考えたのだ。
もちろん、ゴッドスマイル自らが何かをしてくるわけではない。
その噂を聞いた他の勇者たちが、忖度してハブってくるのだ。
そうなれば、勇者組織における、窓際族に……!
そしてもうひとつの理由は、憧れ。
勇者というのは、どんな女も指先ひとつで股ぐらを開かせることができると思い込んでいる。
しかしホーリードール家は違った。
指先ひとつ触れた勇者すら存在しないというのだ。
目には見えるけど、決して触れない女……!
そして勇者が触れることのできない女というのは、同時に全人類のどの男も触れないことを意味する。
その身を抱くばかりか、肌に触れた男すらいない……。
そんなものがいるとしたら、夢枕に立った女神くらいのものであろう。
まさに神がかり的といっていい貞操感。
その女神の住まう要塞のような身持ちの堅さこそが、ホーリードール家を勇者ブランドに匹敵するほどの聖女ブランドに押し上げていたのだ。
ちなみにではあるが、そんな女神たちが積極的に触りたがるオッサンがいるという。
しかしそれを聞いた勇者たちは、みな鼻で笑う。
「そんなものは、どこかのモテないオッサンが流したヨタ話だろう?」と。
……とにもかくにも、勇者たちはホーリードール家にゾッコンであった。
たとえ三くだり半のような、五連続魔法を叩き込まれても……。
ボロボロにされても、謝ってもらうどころか一瞥すらされない、冷たい態度を取られても……。
「だがそれがいい」とばかりに、さらに心酔していったのだ……!
それが、今回の投票結果に繋がったといえよう。
しかし、尽してきた他の聖女たちにとってはたまったものではない。
彼女たちは悪夢のような出来事に、さんざんのたうち回ったあと倒れ伏す。
その集団パニックからの死屍累々に、ど真ん中にいたマザーとプリムラは何事かと慌てた。
「み……みなさん、いきなりどうされたんですか!?」
「あらあら、まあまあ、よっぽど嫌なことがあったのね!? 嫌なこと嫌なこと、とんでけ~!」
「みなさん、お気をたしかに! あっ、もしかして、お腹が空いているんですか!?」
「あらあら、まあまあ! それじゃあ、お昼にしましょう! ママはプリムラちゃんといっしょに早おっきして、お弁当たくさん作ってきたの!」
全く見当違いの結論を出した姉妹は、他チームの聖女たちに昼食の誘いをもちかける。
もちろん常識で考えたのであれば、こんな誘いに乗るはずもない。
彼女たちは今までの努力を踏みにじられたばかりか、聖女のプライドまでズタズタにされてしまったからだ。
しかし……。
彼女たちはみな高速で、脳内ソロバンを弾いていた。
――まさか勇者様がみんな、ホーリードール家に投票するだなんて……!
――勇者様から100票を得たと言うことは、ホーリードール家は1000ポイントを獲得して、この第2ゲームでもトップということに……!!
――それに、勇者様が投票されたということは、ホーリードール家を許したという証拠……!
――となると、ホーリードール家に取り入っておいたほうが、ここは得策……!
――昼食のお誘いを、受けたほうが……いや、しかし……!
聖女たちは思い悩む。
それは、己のプライドとのせめぎ合いなのかと思ったが、ぜんぜんそんなことはなかった。
――このあとは昼食タイムで、勇者様に取り入る絶好のチャンスなのに……!
――もしここでホーリードール家の誘いに乗って、いっしょに弁当を食べてしまったら、勇者様に取り入る時間がなくなってしまう……!
――『勇者様』と、『ホーリードール家』……どっちと昼食タイムを過ごすのが、正解なの……!?
彼女たちは西と東、どちらを向いて尻尾を振れば、よりよいエサにありつけるかを思い悩んでいたのだ。
そして、同時に答えは出た。
それは、
『 ホ ー リ ー ド ー ル 家 』 っ …… !!
――うん! ホーリードール家だわ! 観客席にいた勇者は、せいぜい権天級がいいとこで、あとは大天級ばかり……!
――しかしホーリードール家に気に入られて、お近づきになれれば……。
――ゆくゆくは、ゴッドスマイル様に……!
――ゴッドスマイル様に比べたら、客席の勇者様なんて、雑魚同然だわ!
――同じ狙うのであれば、やっぱり……!
――100匹の雑魚よりも、1匹のクロマグロっ……!!
倒れていた聖女たちは、急に元気になった。
「は……はいっ! ありがとうございます、プリムラ様っ!」
「ぜひ、昼食をご一緒させてください!」
「実は私、リインカーネーション様とお昼をご一緒したいとずっと思っていたんです!」
「あぁん、リインカーネーションとプリムラ様とお昼を食べられるなんて、夢みたいですぅ!」
「あらあら、まあまあ。それじゃあお昼の鐘も鳴ったところだし、お昼にしましょうか」
「ちょうどよい公園が近くにあって、そこで食べようと思って準備をお願いしておりました。みんなでいっしょにまいりましょう」
「はいっ! プリムラ様、リインカーネーション様っ!」
『あ、あの……。まだ、第2ゲームの結果発表が残ってるじゃん……。それに、区間優勝の2億¥の授与も……』
「あらあら、まあまあ、そうだったの、それじゃあお金のほうはママの子供たちにあげておいてね。あ、ママの子供はさっきの魔導女の子たちもそうだから、わすれないでね。みんな、ママといっしょにお弁当を食べるからって公園で待ってもらってるの」
マザーはまるでお小遣いでも渡すような感覚で司会者に申し伝えると、聖女たちを引きつれてさっさとピッチから出ていってしまった。





