37 1巻発売記念番外編 旋風と太陽17
2階の観客席は一面、焼け野原のような有様であった。
なおも座席に座ったままの勇者たちの全身は黒焦げ、髪はチリチリパーマになっている。
鼻や耳からモヤがたちのぼり、口からゲフッと黒煙を吐く。
傍から見れば完全に爆発コントのオチだったのだが、この世界での印象は大きく異なる。
「きゃああああっ!? ゆ、勇者様がっ、勇者様がぁぁぁ~~~~~っ!?!?」
「な、なんと、おいたわしいお姿に……!」
「い、いますぐまいりますっ! 勇者さまぁぁ~~~~っ!」
1階客席にいた聖女たちは血相を変えて階段を駆け上がり、2階客席へとなだれこんでいく。
彼女たちは血相を変えるほどに取り乱しているわりに、手当たり次第というよりも、明らかに介抱する相手を選んでいるようだった。
その目印はもちろん、勇者の首。
「あっ、あちらのお方は、権天級……! い、いま参ります、勇者さまぁ~!」
「くっ……! ここにいるの大天級ばかり……!」
「あああっ! 能天級よっ!」
ひときわ階級の高い勇者には複数の聖女たちがついて、獲物を奪い合うハイエナのように引っ張り合う。
「ちょっと、取らないでよ! 私が先に見つけたんだから!」
「そんなの関係ないわ! 早いもの勝ちでしょ!?」
「押したわねぇ!? ムキィィィィーーーーーーーーッ!」
それはさながら、聖女たちの戦場のようであった。
主婦たちの戦場が、『安売りバーゲンセール』なら、これはまさに……。
勇者のバーゲンセールっ……!!
キャーキャーと、どす黄色い悲鳴が会場内を飛び交う。
もうしっちゃかめっちゃかであったが、そんな中においても。
「こうきたら、こうっ……! こうきたら、こうっ……!」
プリムラはまだ、ボタン押しの練習に余念がなかった。
不意にその方が、トントンと叩かれる。
そこには、ガラス部屋から解放された彼女の姉と、死神少女たちがいた。
「あっ、お姉ちゃん」
ようやく我に返ったプリムラが、耳栓を外すと……。
「死ぃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
鬼気迫る絶叫に鼓膜を貫かれ、思わず飛び上がりそうになってしまう。
「きゃっ!?」とプリムラが声のした方を見やると、そこはまだバーゲンセールの真っ最中。
「ゆ、勇者さんたちが、あんなにボロボロに……!? それに、聖女のみなさんが、あんなに争いあって……!? ちょっと見なかった間に、いったい何があったというのですか!?」
「さぁ? ママもみんなとずっと遊んでて、見てなかったからわかんないわぁ」
のんきに答える姉は、すっかり死神少女をたらし込んだのか、両手いっぱいに花状態。
場内は完全に二極化していた。
デスゲームの観客のはずだったのに、デスゲーム以上の修羅場を展開する勇者と聖女たち。
デスゲームの参加のはずだったのに、いつの間にかデスゲームを見させられている聖女姉妹。
そしてその、デスゲームの主催者はというと……。
……パリィィィィィーーーーーーーーーーーンッ!!
VIPルームの彼女は、本日2つ目となるワイングラスを、素手で握り潰していた。
そして血が滲むほどに、ギリギリと唇を噛みしめる。
「ぐぎぎぎっっ……! おこっ……おこここ、おこんなおはずでは……! お本来はおあんなお風にお争いおあいにおなりにおなるのは、おホーリードール家のお姉妹でおあるおはずでございましたのに……!」
そう、彼女が思い描いていたのは、美しい肢体をボロボロにさせられたリインカーネーションが、鬼婆のような形相でプリムラに掴みかり、メス猫のように争い合う姿であった。
女神の生まれ変わりとも評される聖女たちが、そんな客を奪い合う情婦のような喧嘩を繰り広げた日には……。
女神どころか、アバズレに……!
しかし……しかしこれもあくまで、想定していた仕掛けのほんの一部が失敗に終わっただけである。
フルコースで例えるなら、付きだしくらいの絶望を、味わい損ねたにすぎない。
ゲームの利は、いまだ彼女にある。
「おしかし……おしかしおこれでおホーリードール家は、お勇者様たちをお完全にお敵にお回しおあそばせたことにおなりにおなったのでございます……! お絶望はおまさに、おこれから……! おいよいよおこのおあとに、お本当のお絶望がお待ちかねなのでございます……!」
そう。今回のゲームにおいては、どっちに転んでもホーリードール家にとっては致命傷となる仕掛けがなされていた。
リインカーネーションを犠牲にすれば、姉妹の仲に決定的な亀裂が入り、ホーリードール家は崩壊。
勇者を犠牲にすれば、100名もの勇者を敵に回したことになり、ホーリードール家は崩壊。
どちらにしても待っているのは崩壊で、その経過を選ばせてやったに過ぎないのだ。
そしてプリムラは、後者の崩壊を選んだ。
もしかしたらプリムラ自身は、このことにいまだ気付いていないかもしれない。
いや、完全に気付いていなかった。
しかしこのあと、否が応にも思い知ることになるのだ。
『勇者の評価タイム』によって……!
第2ゲームはまだ終わっておらず、最後の『勇者の評価タイム』がある。
いやむしろ、この最後の評価こそが、第2ゲームの勝敗の鍵を握るといっていいだろう。
ゲームの再開にはかなりの時間を要した。
聖女たちの手によって勇者の怪我は治り、2階客席は清掃され、破れた窓ガラスなどにも応急処置が施された。
そこまでして続ける意義があるのかと思えるのだが、ともかく『聖心披露会』は続行となったのだ。
『お待たせしたじゃぁーーーーんっ!! いよいよ最後の「評価タイム」じゃぁーーーーーんっ!! でもその前に、この第2ゲームにおいて、各チームが得たポイントを確認してみようじゃぁぁぁぁーーーーーーんっ!!』
ステージにスコアボードのようなものが運ばれていくる。
それは20組もの聖女が挑戦したランキングにかかわらず、2行表記という至ってシンプルなものであった。
1位~19位:20位以外の全チーム(50ポイント)
20位:ホーリードール家チーム(0ポイント)
そう。ホーリードール家以外はすべての試練を聖女に受けさせたので、パーフェクトゲームを達成。
逆にホーリードール家はすべての試練を勇者に受けさせたので、1ポイントも入っていない。
もはや最下位は、確定的……!
女神と呼ばれた少女たちが、ついに地に這いつくばる瞬間が、やって来ようとしていたのだ……!





