32 1巻発売記念番外編 旋風と太陽12
インキチの口調が読みづらいというご意見をいただきましたので、ここから先の話ではインキチの口調を少し変えてみました。
第2ゲーム、『勇者への愛』。
これを勝ち抜くために必要とされるのは、愛などではなかった。
求められていたものは、『打たれ強さ』と『パフォーマンス』。
前者は単純に、意識不明になってしまうと試練は自動的に勇者の方にいってしまうので、それを防ぐため。
そして今回のゲームは全チームが試練を受け入れ、50ポイントを得ることは目に見えていた。
勝敗を決するのはゲーム後の『投票』にあるといえる。
そのため、聖女たちは血の涙を流しながら、客席の勇者へのアピールを行なった。
自分がどれだけ傷めつけられてもなお、勇者に試練を受けさせまいとする、自己犠牲の精神を。
そう考えると、ある種の『愛』なのかもしれないが、その実情は票が欲しいだけ。
これは、選挙のときはセンセーショナルな政策を訴え、国民のための住みやすい世の中をつくると訴えていたのに、いざ当選したら「そうでしたっけ?」と笑う政治家と何らかわりない。
そして勇者からの票がすべてと考えると、今回のゲームはホーリードール家にかなり有利であるといわざるをえない。
なぜならば同家は、勇者からの知名度、そして支持度もダントツに高いからだ。
しかしこのあたりのことは、コミッショナーであるインキチはお見通しであった。
むしろホーリードール家のことを知っていたからこそ、今回のようなゲーム内容にしたのだ。
彼女は新しいワインを傾けながら、VIPルームでひとりほくそ笑んでいた。
「このおゲームおこそ、おホーリードール家から勇者様たちの支持を引き剥がし、まさに全裸になっていただくゲーム……! お終えになられた頃には、おホーリードール家の聖女様たちは、勇者様たちの罵声と憎悪に包まれ、二度と以前のような思わせぶりな生活は、お送りになれなくなってしまうのでございます……!」
インキチはホーリードール家の聖女たちをモノにするために、ある『毒』を仕込んでいた。
それが明らかになったのは、このゲームの終盤も終盤。
最後の挑戦者が、現れたときであった……!
『さあっ! このゲームの最後の挑戦者は……みなさんお待ちかねの、ホーリードール姉妹じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーんっ!!』
司会がステージ上から手をかざすと、その先からふたりの聖女がピッチ上に現れた。
「うおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
観客たちは否が応にもヒートアップ。
無理もない。
彼女たちは前ゲームでぶっちぎりのスコアを叩き出し、区間優勝をさらっていったペアなのだ。
そのうえ、女神の生まれ変わりと呼ばれ、いつもニコニコしているリインカーネーションが試練を受けるのだ。
あの、何者にも穢されたことのない美しき肢体を見るだけで、勇者たちの間には、黒い感情がこれでもかとあふれ出していた。
きっと親からも、蝶よ花よとチヤホヤされて育ったのであろう、慈愛に満ちた少女が……。
デコピン、ビンタ、ケツバット、頭突き、激辛トウガラシなんかを受けたてしまったら……。
あの美しき尊顔がどんな風に歪み、どんな声で鳴くのだろうと……!
髪を掴んで引きずり回されたり、あまつさえ両肘と両膝を矢で射貫かれ、壁に貼り付けられるようなことになってしまったら……。
あの豊満な身体を、すべてがまろびださんばかりに身悶えさせるであろうと……!
観客席の勇者たちは、サディスティックな好奇心に、満ち満ちていたのだ……!
そんなどす黒い視線で身体を舐め回されているとも知らず、リインカーネーションは笑顔で手を振り返しながら、ガラス部屋の中に入った。
プリムラは部屋の前にあるスイッチ台の前に立つ。
『さあっ、それじゃあプリムラ様っ! カードを一枚選ぶじゃあーーーんっ!!』
司会に促され、プリムラはステージ上に並んだ5枚のパネルの中から、いちばん右端を選んだ。
彼女はババ抜きでなどでは、いちばん右端を選ぶクセがあった。
理由としては、なんとなく目立たなくて、いちばん不人気そうだから。
ちなみにではあるが、彼女はみんなでケーキなどを選ぶときでも、いちばん最後に選ぶようにしている。
さらに余談ではあるが、ステージ上にあるカードは、ぜんぶ同じ内容であった。
どれが選ばれてもいいように、『仕込まれて』いたのだ。
インキチが仕込んだインチキ、その毒牙が、ついに少女たちに剥かれた。
勇者の人数『観客全員』
試練1:氷結魔法
試練2:熱波魔法
試練3:電撃魔法
試練4:火炎魔法
試練5:爆炎魔法
『おおおおおーーーーーーーーーーーっとぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!? これは、いままでにない、とんでもないカードを引き当ててしまったじゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!』
知っているクセに、わざとらしく腰を抜かしてみせる司会者。
選手入場口からガラガラと、台車に乗った銅像が運ばれてくる。
勇ましくてイケメンな若者が、勇猛に剣を掲げている、そのデザイン……。
この世界における、標準的な『勇者像』であった。
『観客席の勇者全員はさすがに部屋に入らないから、この銅像にかわりをやってもらうじゃぁーーーーんっ!! この勇者像は2階の客席と連動していて、たとえばこの像がデコピンされたら、2階にいる勇者全員の額に、激痛が走るじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーんんっ!!』
突然、ゲームの様相が大きく変わったので、客席はどよめく。
特に2階客席の勇者たちは、誰もが不安を露わにしていた。
「なにっ!? 俺たち全員だとぉ!?」
「いままでのカードは、どんなに多くても勇者は5人までだったじゃねぇか!」
「この2階客席には100人はいるはずだと!?」
「マジかよ!? 俺たち100人と、マザーひとりを天秤にかけるだなんて!」
「でも、待てよ……。たしか選ばれた勇者の数の分だけ、聖女側に与えられる、試練の威力は大きくなってくんだよな?」
「ってことは……マザーが受ける試練は……」
「ひゃ……100倍ぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーっ!?!?」





