12 野良犬の道
生まれたての空のようなマナシールド。
スカイブルーをまとうヌル・ボンコスは感激のあまり、見ていなかった。
己の身に倒木のように迫る、薙刀の強烈な振り下ろしを……!
……バキィィィィィィーーーーーーーーーーーンッ!!
そして、霧散……!
叩きつけられるように前のめりに倒れる、ヌル少年……!
蹲るその小さな身体を、大きな影が覆う。
「吹っ飛ばすばかりじゃ、面白くねぇからなぁ!」
そして間髪いれず、脇腹へのストンピング……!
……ドスッ! 「ぐふっ!?」
口と腹を手で押さえ、こみあげてくるものを抑えるボンコス少年に、さらなる踏みにじりの雨が降り注ぐ。
たまらず身体を縮こませて防御するが、鉄で補強された勇者の靴は容赦なく肉を穿ち、骨を軋ませる。
……ドスッ! ガスッ! ドムッ! ズムッ!
「うぐ! がふ! えぐ! ぎっ!」
食いしばった歯の間から、息の根が漏れ出す。
これは剣術大会における名物、『洗礼』……!
剣撃でなければ勝負が決着しないことを利用して、ダウンした相手を痛めつける……!
勝負がついているのに相手をいたぶるという、卑怯極まりない行為。
しかし一部の勇者学校では、上級職学校や下級職学校の生徒に対して行うよう奨励している。
将来の奴隷であることをわからせるために、将来の主人として鞭を与えよ、と……!
この『洗礼』は、相手が「まいった」と言うまで続けられる。
もっとも屈辱的な敗北をさせてやることで、勇者には敵わないという劣等感を植え付けてやるのだ。
相手チームの先鋒を担う勇者は、海辺の亀をいじめるように踏みつけながら、思っていた。
いつものパターンであれば、この奴隷候補はそろそろ泣き出すだろう。
「勇者様には二度と逆らいませんから、許してください!」と脚にすがりついてくることだろうと。
そこを金色の夜叉のように蹴り飛ばすのが、えもいわれぬ快感……!
すでに飼い犬になったと思っているのか、主人に捨てられたような絶望的な表情をするのが、またタマラナイのだ……!
甘露な思い出に、先鋒勇者の顔が自然と歪む。
ニヤリと見下ろすサディスティックな顔。
しかし霹靂を受けたように急変、驚きに満ちた。
ヌル少年は泣いてすがるどころか、彼のスネに齧りついているではないか……!
いままで足蹴にしてきた者とは違う、異質な反応。
先鋒勇者は一瞬呆気に取られたものの、すぐに落ち着きを取り戻す。
マナシールドが効いているので、いくら歯を立てられても痛くも痒くもないからだ。
石に齧りつくような無駄な行為なのに、ヌル少年は食らいついたまま離れない。
涙ぐむほど必死だったので、それがかえって可笑しさをさそった。
「ハハッ! 見ろよコイツ! マナシールドを食おうとしてるぜ! そんなにハラが減ってたのかよ!」
先鋒勇者はエンターテイナーのように振る舞う。
2階の観客席に向かって肩をすくめると、「どっはっはっはっはっはっ!」と今大会一番の爆笑と拍手が、彼を包んだ。
「下級職学校のヤツらが皮の盾を持ってるのは、食うためだって聞いたことはあるが……まさか魔法の盾まで食おうとするとはなぁ! あっはっはっはっはっ! あーっはっはっはっはっはっはっはっ!」
天を仰ぎ、高笑いを響かせる。
その真下で、藁をも掴む溺れる者のような、苦悶の呻きが立ちのぼった。
「こ……これ……が、野良犬……剣……法……!」
声の主である、ヌル少年はもはや虫の息。
いつでも踏み潰せる蟻のように、先鋒勇者はからかった。
「ハァ? 野良犬剣法? なんだソレ?」
「ゴルドウルフ……先生が……僕らに、教えてくれた……!」
「知らん名だな。どうせ導勇者じゃないニセモノ先生だろ。そのゴルなんとかってヤツから、ナワバリでのションベンの仕方でも教わったのか?」
「野良犬の……剣は……生きのびるための、剣……! どん、なに……笑われても……! どんなに……馬鹿にされても……! 生きるために、足掻く……! ぬかるみの中を……這い回ってでも、泥水を……すすってでも、生きる……!」
「ハァ? そんなになってまで生きて、なにしようっていうんだよ? 自分のクソでも食うのか?」
「チャンスを……待つ……!」
「なるほど、そのチャンスとやらをお前さんは掴んだってわけか。でもさぁ、それでやることが脚に噛み付くって……マジで野良犬だな」
「歯が丈夫なだけで……他に、取り柄のなかった僕を……! 一族でも、無価値だって馬鹿にされてきた僕を……! ゴルドウルフ先生は……ほめてくれたんだ……! キミの歯は、勇者の剣よりも……! ずっと素晴らしい武器だ、って……!」
……ざわっ……!
蕉風の竹林。その只中にいるかのような、ざわめきが駆け抜ける。
それで先鋒勇者はようやく気づいた。
己の身体をとりまく絶対のはずの防御が、すでに黄色を通り越し……赤く染まっていることに……!
「なっ!? そんなっ!? はっ……歯でマナシールドの耐久力を減らすだなんて、そんなっ!? バカなっ!?!?」
それは、将来の飼い犬だと思っていた相手に、手を……いや、脚を噛まれた瞬間だった……!
……バキィィィィィィーーーーーーーーーーーンッ!!
なんとヌル・ボンコス少年は、剣でも、斧でも、槍でもなく……。
己の身体ひとつで、マナシールドを砕いてみせたのだ……!
勇者の剣のように、エナメルホワイトに輝く歯と……!
奴隷の万力のような、力強い顎で……!
しかも勢いはそれだけにとどまらない。
前菜からメインディッシュに移るように、ボンレスハムのような脚に食らいついたのだ……!
「いでででででででででででででっ!? いだいいだいいだい!! いだぁーーーいっ!! まいったまいった!! まいったぁーっ!! だから許して! もう許してぇ!! うわぁぁぁぁぁーーーんっ!!」
そして、あっさり陥落……!
まるで火だるまになったかのように、コートの上をのたうち回る勇者の卵。
「親のスネを齧ってるクセに、自分のスネを齧られるのは嫌なのねぇーっ!?」
シャルルンロットがヤジを飛ばすと、1階の客席から大喝采がおこった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
中堅のヌル少年は勝利を手にしたものの、精魂尽き果ててここでリタイア。
しかしゴルドウルフから受け継いだ野良犬スピリットを遺憾なく発揮し、仲間たちを大いに奮い立たせることに成功した。
そして第4戦、ガッキー・ジェラルドvs勇者チーム次鋒。
ガキ大将であるガッキーも、野良犬剣法をフルに活用。
倒されても倒されても起き上がるというしぶとさで、次鋒勇者を逆に追い詰め、とうとう相討ちにまで持ち込んだ。
しかし『スラマチーム』はついに、大将のシャルルンロットだけとなってしまった。
相手チームに残っている勇者は、中堅、副将、大将の3人。
絶望的ともいえる差であったが、姫騎士の卵は余裕たっぷりだった。
第5戦が始まるなり、中堅勇者にロングナイフの切っ先をつきつける。
「アントレアの大会もそうだったけど、ルタンベスタの大会までこんなに歯ごたえがないとは思わなかったわ。勇者の振るう剣ってのは、強い者に弱くて弱い者に強いってのは本当だったのね」
仰ぎ見るほどの身長差の相手を、フフンと笑って挑発するシャルルンロット。
峡谷に彫り込まれた、巨大な勇者の顔のように……ゴツゴツした強面でギロリと見下ろされても、怖気づく様子はない。
「貴様、今なんと言った……!? 我ら戦勇者が振るう剣は、武士道の始祖ともいえる勇者道……! 偉大なる君主である、ゴッドスマイル様のための剣を馬鹿にするなど、絶対に許さんぞ!」
怒鳴られたところで、お嬢様はどこ吹く風。
フフンと小馬鹿にしながら、チャームポイントであるツインテールをかきあげる。
彼女を叱って落ち込ませることができるのは、この世界にはたったふたりしかいないのだ。
「武士道は、死ぬための剣。勇者道は、馬鹿みたいに死ぬための剣。そういう意味では通じてるかもしれないわね。でもどっちも、まっぴらごめんだわ。それにこちとら、そんな裏道よりずっとゴージャスな道……華の騎士道なんだから」
「騎士道!? はんっ! そんなチャラチャラしたうわべだけの剣など、勇者道の敵ではないわ!」
「アンタなんか、その騎士道だけでもじゅうぶんなんだけど……アタシの振るう剣はちょっと特別でね。並んで伸びている道がもういっこあるのよ」
「なにぃ!? だが、ごたくはもういい! その道とやらを見せてみろっ!」
中堅勇者はそう吐き捨てると、火蓋を切るように、勇者の剣術で教えられる構えのひとつをとった。
中段の、刺突の型だ。
シャルルンロットはそれに応えるように、舞い散る花びらのような華麗な構えを返す。
「アタシの騎士道と並んで走る道……それは、『野良犬道』……! アタシのパートナーが示してくれた道……! これすなわち『生きるための剣』……!」
「しゃらくせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
勇者は途中でしびれを切らしたのか、激しい突進で襲いかかってくる。
血統書つきの野良犬は、フッと片笑んだ。
「……ゴルドウルフが残してくれたメモ書きのとおりね。少し気を持たせれば、バカみたいに突っ込んでくる……!」
迫りくる猪突を、闘牛士のようにクルリと回転してすり抜ける。
すれ違いざまにもう一回転しつつ、カウンターを放つ……!
……ドン! ドンッ! カッッ……!!
スキだらけの牛体に叩き込まれたそれは、ドラムのスティックで和太鼓を叩くような、華麗さと力強さがあわさった連撃だった。
次回、いよいよ勇者ざまぁです! スカッとさせます!
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