30 1巻発売記念番外編 旋風と太陽10
プリムラの第1ゲームは数十回のやり直しを経て、ようやく決着。
その得点は10ポイント、タイムは0:00と、最初にやったのと全く同じ記録であった。
運営側では、取り急ぎ外から別の庶民を引っ張ってくるという案も出されたのだが、観客である勇者と聖女から、
「いい加減認めろよっ!」
「全員と談合だなんて、ありえるわけねぇだろっ!」
「そうよ! プリムラ様の愛こそ本物なのよ!」
とヤジを飛ばされてしまい、プリムラの記録を認めざるをえなくなってしまった。
そして、次に挑戦したリインカーネーションも、プリムラとタイ記録を叩き出す。
よって、第1ゲーム『庶民への愛』は……。
ホーリードール家によって、ワンツーフィニッシュ……!
『じゃ……ジャンジャン、バリバリィィィーーーーッ! 区間優勝のおふたりには、賞金として1億¥が贈られるじゃんっ! 今回はふたりなので、あわせて2億¥の贈呈じゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーんっ!!』
それでようやく観客たちも納得し、ひとまず波乱はおさまったかに思われたのだが……。
区間優勝である目録を手にした姉妹が、勝利者インタビューでとんでもないことを言い出したのだ。
『ママとプリムラちゃんはこの賞金を、あそこにいるみんなにあげちゃいまーすっ!』
彼女たちが指していたのは……。
なんと、『庶民』っ……!?
庶民はもともと、ある程度の報酬額がインキチ側より提示されていた。
しかし、庶民はみなボタンを押してその権利を破棄していた。
でもここにきてホーリードール家が手にした賞金を、庶民に渡すことを宣言。
そして賞金の出所は、元はいえばインキチ側である。
と、言うことは……。
インキチ ⇒ 庶民
本来は上記のような金の流れで、庶民はインキチの駒として、懐柔されるはずだったのに……。
それがすべて台無しになり、
インキチ ⇒ ホーリードール家 ⇒ 庶民
となったも同然である。
間にひとつ別の要素を挟んだだけで、庶民たちの印象は大きく変わる。
インキチの金による懐柔は完全に失敗したばかりか……。
ホーリードール家は、そのインチキ聖女から金を奪い、庶民にばら撒くという、正義のヒロインに……!
マザーの宣言を受けた庶民たちは、ネズミ小僧の小判を受け取ったかのように「わぁーっ!!」と歓声をあげる。
司会者はうろたえた。
『ななっ、なんで!? なんでそんな無意味なことをするじゃん!? 釣った庶民にエサをあげる必要なんてないじゃんっ!?』
するとマザーは、むぅっとした表情になる。
『無意味なことじゃないわ。それに、ママはずっと気になっていたの。あなたがあの子たちのことを、ずっと「庶民」って呼んでいたのが』
それが思いも寄らぬツッコミだったので、司会者はさらにたじろぐ。
『え……ええっ!? あそこにいるのはどう見たって庶民……むしろ貧民といってもいいレベルのヤツらじゃん!?』
『ううん、あの子たちは庶民じゃないし、ましては貧民でもありませんっ! 今度あの子たちをそんな風に呼んだら、メッってしちゃいますよ、メッって!』
『えええっ!? じゃ、じゃあ……いったい何て呼べばいいんじゃん!?』
すると、マザーはニッコリして、こう言ったのだ。
『あの子たちはみんな……ママのかわいい子供でちゅ!』
その慈愛に満ちた笑顔は、すべての者の心をやさしく包み込む。
庶民はもちろんのこと、勇者や、聖女までも。
「まっ、マザー……! それに、プリムラ様……!」
「ホーリードール家の聖女様たちはなんと、愛に満ちあふれているのだろうか……!」
「す、すげぇ……! こんな聖女が、この世にいただなんて……!」
「こんな聖女がハーレムにいてくれたら、毎日が夢みたいに最高だろうなぁ……!」
「き……決めた! 私、ホーリードール家に入門する!」
「私も! ホーリードール家こそ、本物の聖女一門よ!」
そして自然と沸き起こる「ホーリードール」コール。
庶民も勇者も聖女も、すべてがひとつになった瞬間であった。
しかし……。
心をひとつにするどころか、心がヒビ割れそうになっている者が、ここに……!
……パリィィィィィーーーーーーーーーーーンッ!!
彼女は手にしていたワイングラスを、素手で粉々に砕いていた。
「おまさか、お庶民をお全員、お懐柔しておられたとは……! おなんという、お用意お周到なお不正なのでございましょう……! おホーリードール家が、おここまでお下準備をお終えになってお臨みになっておられていたとは、お予想のお外でございました……!」
彼女はワイングラスを握りしめたにもかかわらず、手はケガひとつしていなかった。
カードを操る際、誰もが見惚れるしなやかな指先を、ぐぐっと握りしめる。
「今回のおゲームは、わたくしのお敗北でございます……! わたくしはおいままで、お敗北したことはお幾度もございます……! おしかしおそれは、お相手をおよりおゲームにお夢中なっておいただくため、おわざとお敗北おしたにお過ぎないのでございます……! お意図おせずにお敗北おしたのは、おこれがお初めてのおことなのでございます……!」
ふと、足元に美青年が跪き、床に散らばったワイングラスを片付けはじめた。
彼女は青年の髪の毛をガッと掴むと、床のワインだまりに押さえつける。
青年は苦しそうにもがいたが、もはや目もくれない。
彼女の瞳に映っているのは、VIPルームのガラスごしに映る、聖女姉妹であった。
「おしかし、お次のおゲームでは、おそうはおまいりおません……! お次はお不正おしようがない、お本物のお愛がお試おされるおゲーム……! おきっとおホーリードール家のお聖女様たちのお化けのお皮がおはがれ、お這いおつくばりにおなられるでしょう……! おこのように……!」
……第1ゲームで、50組ほどいた参加者のうち、30組が脱落。
残った20組、総勢40人が、次の第2ゲームへと駒を進めた。
『さあっ! 第1ゲームは、庶……マザー・リインカーネーションのご子息たちとの愛を見させてもらったじゃんっ! でも次の第2ラウンドでは、さらに強い愛を示さなければ、勝ち残れないじゃぁーーーーーんっ!! その愛を示す相手は、なんとっ……!!』
……『勇者』っ……!!
『いかに勇者への愛情があるかを、これから見させてもらうじゃぁぁぁーーーーーーーーーーんっ!! ジャンジャン、バリバリィィィーーーーッ!!』





