27 1巻発売記念番外編 旋風と太陽7
聖心披露会の第1ゲーム『庶民との愛』。
観客席は最初の挑戦者の時点で大盛り上がりだった。
なおこのゲームにおいては、参加者となった聖女たちは全員、自分の番が来るまでは控室にいなければならない。
他の挑戦者たちが、ゲームに挑戦しているところを見ることはできないようになっている。
これは、挑戦順による有利不利をなくすための配慮である。
また、今回の聖心披露会はふたりひと組での参加となっているが、ルール上はふたりともゲームに挑戦することができる。
ふたりのうちひとりが5ポイント以下で不合格になっても、残るもうひとりが5ポイントをマークできれば、次のゲームに進めるというわけだ。
しかし、ゲームを終えた聖女は、ゲーム前とは違う控室に通されることになっている。
なぜならば、これからゲームに臨む聖女、とりわけ自分のチームの仲間にコツを教えてしまう可能性があるからだ。
そしてゲームを終えた聖女たちの控室は、なんとも重苦しい雰囲気に包まれていた。
失敗した者たちは、まさにヘアカットに大失敗したような悲惨な髪型になっている。
罰ゲームはポイントに応じて、切られる髪の度合が違うのだが、その内訳は、
4ポイント 肩より下の髪を切られる
3ポイント ショートカット
2ポイント ベリーショート
1ポイント 五分刈り
0ポイント スキンヘッド
となっていた。
4ポイントの場合、世に言う優秀な聖女のイメージでは無くなってしまうが、辛うじて聖女としての面目は保てている。
3ポイントと2ポイントの場合は、聖女のイメージは無くなってしまうが、女としての対面は保てている。
しかし1ポイント以下となると、もはや……。
聖女というよりも、尼さんっ……!
そのため、失敗した聖女たちは、控室に通されたあと……。
みな、泣き崩れるっ……!
「なんで大聖女と呼ばれたこの私が、こんな目にっ!? これじゃあ、門下生に合わせる顔がないわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」
「せっかくお金と手間をかけた伸ばしたのにっ! 勇者様も私の髪が大好きだって言ってくださったのにぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーっ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ! もうおしまい、もうおしまいよぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!!」
彼女たちはみなひとしきり泣いたあと、黒い炎を燃え上がらせる。
「ゆ、許せない……! あの庶民っ……! この私をこんな目に遭わせて……! 絶対に正体を突き止めて、地獄に突き落としてやるんだから……!」
彼女たちとは逆に、成功した聖女たちはさぞや優越感に浸っているのかと思われたが、そうではなかった。
「ううっ……! ひゃっ、百万¥も庶民にあげちゃった……!」
「もう引き返せない、もう引き返せない……! だって負けたら、破滅しちゃうもの……!」
「そうなったら、私の聖女一門は終わり……! だからなんとしても、勝ち進まなくちゃ……!」
勝者ですら私財を投げ打っていたので、人生を賭けたギャンブルに挑んでしまったかのように、焦燥していた。
勝っても地獄、負けても地獄のこのゲーム。
これから挑戦することとなる聖女たちの控室も、緊張に包まれていた。
なにせ、会場では何が起っているのかわからないというのに、嘲笑だけが漏れ聞こえてくるのだ。
司会者の実況も、
『ああっ、バッサリじゃーんっ! これでは聖女どころか、女としてもジ・エンドじゃあーんっ!!』
などと、不安を煽るものでしかない。
プリムラももちろん固くなっていたのだが、マザーはのほほんとしていた。
「ママ、聖心披露会を観にいったことはあるんだけど、参加するのは初めてなの。でも、今回の聖心披露会はいつものと違って、ずっと笑い声が止まないわね。きっと素敵なことをしているんでしょうねぇ。ママ、とっても楽しみ!」
「そ、そうですね……」
「それでは次の方! プリムラ様、お願いします!」
「あっ、プリムラちゃんの番よ! がんばってね、プリムラちゃん!」
「は、はひっ……!」
呼び出しを受けたプリムラはギクシャクと立ち上がると、スタッフに向かって「よろしくお願いします!」と新人アイドルのように一礼。
今まで頭を下げてきた聖女などひとりもいなかったので、スタッフは面食らう。
「あんなことしても意味ないのに」などと、陰口のような囁きが他の聖女からおこる。
姉は元気いっぱいに「プリムラちゃん、ふぁいとー!」と拳を振り上げていた。
プリムラはスタッフに先導されて控室を出ると、薄暗い廊下を進む。
光あふれる広大なピッチに出た途端、
「うおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
荒波のような歓声にもまれ、思わず身をすくませてしまうプリムラ。
『次の挑戦者は、いよいよプリムラ様じゃんっ! 多くの勇者たちが、この時を待ち望んでいたといっても、過言ではないじゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!』
「うおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
大いなる熱狂のうねりに圧倒されつつも、プリムラはおずおずと挑戦者席に座った。
案内してくれたスタッフがテキパキと、プリムラの頭にヘルメットをセッティングする。
ヘルメットは首紐が付いていて、簡単には外れないように、
……パチンッ!
とロックされる。
プリムラにとってはその音が、ギロチンの枷のように響いていた。
プリムラは緊張のあまり、口の中はすっかりカラカラで、何度も喉を鳴らしていた。
飲み込むたびに、喉がヒリヒリと痛む。
視界はぼんやりと霞み、歓声すらも鼓動によってかき消される。
皮膚が鋭敏になり、磨かれた椅子の手すりすらも、ヤスリのようにザラザラに感じた。
これは少女が体験する、生まれて初めてのこと。
五感が自分のものでないように離れていき、肌がピリピリとヒリつく、この感覚……。
そう……!
命をかけたギャンブルに挑む者のみが達する、境地であった……!
『さあっ! それでは庶民の抽選、スタートじゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーんっ!!』
司会のかけ声とともに、庶民たちが並んでいるスペースに、スポットライトが踊る。
いまのプリムラの心音にも似たドラムロールが、
ダララララララ……!
と早鐘を打つ。
……ジャァァァァァーーーーーーーーーーーンッ!!
運命のシンバルと同時に、スポットライトが止まった。
そこに照らし出されていたのは……。
覆面を被り、ボロをまとったふたり組であった……!





