24 1巻発売記念番外編 旋風と太陽4
しかし、それから数分もたたないうちに、勇者は聖女の足元で土下座をしていた。
しかも、全裸で……!
「ぐっ……! ぐっ……! ぐうううっ……! お、俺の負けだぁ、俺の負けだぁぁぁぁ……! だからもう、許してくれ……! 許してくれぇぇぇぇぇ……!!」
勇者のまわりには、狂ったかのように脱ぎ散らかされた彼の装備が。
となると、さぞや凄まじい争いが繰り広げられたかに思えたのだが……。
聖女は数分前と変わらぬ姿でそこにいた。
衣服の乱れは、最初に自分がチラ見せした太もものみ。
そもそも彼女はゲームが始まってから、その場から衣擦れの音ひとつたてないほどに、動いていなかった。
動かしていたのは、血をすすり終えたような唇のみ。
「お勇者様は、お自身でお生まれになったお姿に、おなりおなられました。わたくしのお勝利ということで、およろしいでございますか?」
勇者はガクガクと震えながら、泣き濡れた顔をあげる。
「あっ、ああ! 俺の負けだ! も、もう、どうとでもしてくれ! どうなってもいい! だから、だからぁぁぁぁぁ~~~~っ!!」
「お左様でございますか。おそれでは、お勇者様のおすべてを、このわたくし……おノー、おゴトシゴッド様にお捧げください。お不動産のお権利書からお銀行のお預金、お屋敷にあるお資産から、お家族までおすべて、お願いいたします」
「うぐぐっ……! そ、それは……! そ、それだけは、勘弁を……!」
「おそのお問いのお答えにおつきましては、おノーでございます。お今回のお『ゲーム』にお参加されるお際、お負けになられたお勇者様は、おすべてをお失うというお点におつきまして、お同意おくださっていたおはずです。おこれまで、お勝ちお進んでおこられたおあなた様も、お多くのお勇者様のお資産をお手にお入れにおなっていたでございましょう」
「ぐっ……! うぅぅぅぅぅ~~~~~~っ!!」
悲しみに顔を伏せる勇者。
聖女はけだるそうにベッドから起き上がると、その後頭部に真っ赤なヒールを載せた。
勇者の頭の踏みにじるなどとは、どんな理由があれど絶対に許されない行為である。
しかし、勇者は怒るどころか、抵抗ひとつしなかった。
ただ嗚咽を漏らし震えながら、されるがままに……!
「おこれで、お今回のお『ゲーム』にお参加おなされたお勇者様は、おぜんぶ……おあなた様をおふくめ、おゴトシゴッド様の、お駒とおなりました……!」
たったひとつのゲームで、女王様と奴隷のような関係になってしまった、勇者と聖女。
その間に、ノックの音が割り込んでくる。
「お入りください」
と聖女が言うと、彼女の門下生であろう聖女が部屋に入ってきた。
その動作は楚々として上品だったが、急いで走ってきたのか、息が弾んでいる。
そして彼女は聖女が勇者を足蹴にする現場を目撃しても、まるで日常のワンシーンのように気にも止めない。
どうやらこの部屋では、この立場逆転の光景が当たり前なのだろう。
しかしそれよりも息せききって、彼女が口にしたのは、
「い……、インキチ大聖女様! 今回インキチ大聖女様がご主催の『聖心披露会』についてご報告です! 応募者数が、なんと5万人を超えました! どうやらハールバリーだけでなく、近隣諸国の聖女たちも応募してきているようです!」
「お当然でございます。お今回のお賞品は、お過去にお例がお無いほどに、おとってもお素晴らしいお逸品でございますから」
インキチと呼ばれた大聖女が眉ひとつ動かさなかったので、報告した聖女は目を丸くする。
「ええっ、驚かないんですかぁ!? じゃ、じゃあ、もっとすごいことをご報告します! その5万人のなかに、なんとあのホーリードール家のリインカーネーション様とプリムラ様がおられるようなのです!」
「お当然でございます。お今回のお賞品は、お過去にお例がお無いほどに、おとってもお素晴らしいお逸品でございますから」
「えええーーーっ!? なんで驚かないんですかぁ!? ホーリードール家の方々はいままで、一度も『聖心披露会』に参加されたことはなかったんですよぉ!? 毎回、主催者である大聖女様が招待状をお送りしているのに、お断りしているんです! どんな高名な大聖女様であってもですよ!?」
インキチは平静を貫いていたが、こみあげてきた嬉しさを隠しきれなくなったのか、口角をわずかに吊り上げた。
「お当然でございます。おホーリードール家のお方々にお参加いただくために、お此度のお賞品をお用意おさせていただいたのですから……。おこのお賞品をお手にお入れにおなりになるために、おゴトシゴッド様はおたいそう、お骨をお折りにおなられたのですから……!」
『インキチ・オブ・ソイホイ』。
名のある聖女一家である、ソイホイ家の大聖女である。
やたらと慇懃なしゃべり方をするので、陰では『インギン・オブ・ソイホイ』などと呼ばれていた。
彼女は創勇者ゴトシゴッドの妻のひとり。
ゴトシゴッドの妻たちは部下でもあり、移動式テーマパークの『ゴトシゴッドランド』の支配人として世界中に散っていた。
今回、インキチは『聖心披露会』のコミッショナーとして名乗りをあげ、そのついでに『ゴトシゴッドランド』をハールバリーに持ち込んだのだ。
聖女集会で配られたパンフレットに入っていたチラシが、『ゴトシゴッドランド』と『聖心披露会』で表裏一体となっていたのはこのためである。
彼女はハールバリーにおいて『ゴトシゴッドランド』を展開し、国民から多くの金を巻き上げることを企んでいた。
同時に『聖心披露会』を開催し、多くの聖女を『駒』とすることも。
さらに一石三鳥とばかりに彼女は、もっと大きな獲物を網にかけようと企んでいたのだ。
そう……!
ホーリードール家という名の、超大物を……!
ホーリードール家の聖女たちは例えるならば、津軽海峡にいる、最高級の天然クロマグロ。
そのクロマグロに比べたら、今までの獲物などすべて雑魚といっていいだろう。
インキチは、まるで初競りのクロマグロを競り落とした、寿司チェーンの社長のように両手を広げた。
「おホーリードール家がお参加おくだされるのでおあれば、おこうしているお場合ではおありません……! おさっそく、おもてなしのお準備を……! おそれも、お最高の……!」





