21 1巻発売記念番外編 旋風と太陽1
これは、スラムドッグマートがハールバリー小国のルタンベスタ領、アントレアの街に開店し、2号店をオープンして間もない頃の話。
ホーリードール三姉妹は毎日のように野良犬の店で働いていたのだが、その日は領内で定期的に行なわれる聖女の連絡会に参加していた。
その連絡会でもわりと発言力のあるリインカーネーションは、強権というかワガママを発動して早く会を終わらせようとしていたのだが、妹であるプリムラにたしなめられて失敗。
結局、会合は午後まで続けられた。
それが終わると、聖女専用の集会場からは多くの白き衣の乙女たちが吐き出される。
彼女たちは、このあとに予定された昼食会の会場である高級レストランに向かうため、馬車を停めている停馬場へと向かう。
その通りすがりにある、敷地内と大通りを隔てる金網の向こうで、母親を抱きかかえた子供が泣き叫んでいるのが目に入った。
「せ、聖女様! 助けてくださいっ! 母が馬車に轢かれてしまって……! お願いします、お願いしますっ!!」
専用の馬車を持つほどの聖女であれば、事故の怪我を治すなど、造作もないことなのだが……。
会合を終えた聖女たちは、子供の悲鳴をまるでBGMのように聞き流しながら、さっさと馬車に乗り込んで集会場をあとにしていた。
聖女というのは、女神から借り受けたとされる、絶大なる癒しの力を持っている。
しかしその力は、勇者か王族、金持ちなどにしか与えられない。
なぜならば彼女たちのほとんどは、地位も金もない庶民を助けたところで、何のメリットもないと考えているから。
その母子は見るからに貧しそうで、逆さに振っても1¥も持っていなさそう。
こんな貧乏人を、貴重な力を使って助ける聖女などいるはずがない。
いるとしたら、頭のネジがブッ飛んだ聖女に違いないのだが……。
しかし、いたっ……!
「あらあら、まあまあ、大変っ!」
「大丈夫ですか、しっかりしてくださいっ!」
「しんじゃ、やー!」
乗りかけた馬車をほっぽり出し、わざわざ敷地内から大通りへと出て、血相を変えて母子の元へと駆けつけたのは……。
美しき……いや、身も心も美しすぎる、三人の聖女たちであった……!
「あ……あなた様方はっ……!? もしや、もしやっ……!?」
そのあまりの清らかさ、あまりの神々しさに、子供は女神が目の前に現れたかのように息を詰まらせる。
そう……!
ホーリードール、三姉妹っ……!
子供が言うところによると、この大通りの歩道を母親といっしょに歩いていたら、いきなり馬車が乗り上げてきて、突っ込んできたという。
逃げ遅れた母子は馬に弾き飛ばされ、母は息子をかばって大怪我を負ってしまった。
轢いた馬車には、ウェイ系の若者勇者たちが乗っていて、
「うぇーいっ! 2匹ひ~けたっと!」
「いや、たいしてケガしてねぇからポイントは低いっしょ!」
「なんだよぉ、死んでたら高ポイントだったのに! 大人しく死んでろよぉ、貧乏人どもが!」
「俺たちはねぇ、『ゴトシゴッドランド』があるっていうからこの街に遊びに来んだよねぇ! でもまだ建設中だったから、こーやってヒマ潰しをしてたってワケ!」
「じゃあ、次は俺の番ね! おっ! あそこに幼稚園があんじゃん! 待ってたらガキどもがウジャウジャ出てくるんじゃね?」
「さすがに幼稚園はヤバいだろー?」
「大丈夫じゃね? この国の衛兵局の大臣とはダチで、『ゴトシゴッドランド』でいっしょに遊ぶ約束してんだよね。だから、頼んだらいくらでも握り潰してくれるんじゃね?」
「そっか! なら、レッツラゴー!」
謝りもせずに、さっさと幼稚園のほうに行ってしまったという。
見ると、たしかに幼稚園から少し離れたところに馬車が停まっている。
園児たちが出てきたら、一気に突っ込む算段なのだろう。
しかしホーリードール三姉妹たちはまず、母親の救助を優先した。
なぜならば、母親は呼びかけても返事がなく、対処が遅れると手遅れになってしまうと考えたからだ。
リインカーネーションは急く気持ちのまま、お得意の『癒し』を母親に掛けようとしたが、プリムラから声で制される。
「待ってください、お姉ちゃん。ここは人がたくさんおります。祈りを終えたあとは特に注意してくださいね」
「わかったわ、プリムラちゃん」
妹から言われ、姉は大きな胸をさらに膨らませ、すーはーと深呼吸。
気持ちを落ち着かせてから、グッタリした母親に話しかける。
「……ママが来たからには、もう大丈夫でちゅよぉ。いまからママが『いたいのいたいのとんでいけ』してあげまちゅからねぇ~」
名のある大聖女というのは、独自の『奇跡』を持っている。
リインカーネーションが得意とする奇跡、『いたいのいたいのとんでいけ』は、本来は長大なる『癒し』の祈りの文言を、わずかな短文で済ませてしまうというもの。
魔術でいうなら『詠唱短縮』と呼ばれる類いのものである。
聖女の祈りというのは本来、全文を唱える必要はない。
端折ることもできるのだが、そのぶん失敗の確率が増え、効果も減少するという。
なぜならば聖女の祈りというのは、文言を唱えることにより、気持ちを高める効果があるから。
施術者を治したいという気持ちを、祈りのなかで高めることにより、奇跡の力を引き出す。
ようは、施術者への愛情さえあれば、文言の内容は問われないというわけだ。
しかし、リインカーネーションの『いたいのいたいのとんでいけ』は祈りというにはあまりにも短すぎる。
しかしこの文言こそが、彼女にとっては最大の力を生み出す言霊であった。
なぜならば……。
彼女は、この世界の生きとし生けるものすべての『ママ』だから……!
マザーは白いひとさし指で、そっと母親の身体に触れた後、
「……いたいのいたいの、とんでいけ~!」
その指を、ピッと払うように動かした。
……ふわっ!
それだけで母親の身体は、ぽかぽかとしたやわらかい光に包まれる。
裂けた傷口が逆再生をするように元通りになり、滲んだアザが身体から逃げ出すように消え、流れる血までもが洗い流されるように消えていく。
肉体から離れようとしていた魂までもが、繋ぎ止められたかのように……。
「う……ん」
母親は、意識を取り戻した。
「か、母さんっ! 母さぁぁぁぁぁんっ!!」
「あ、ああっ、無事だったのね! よかった! よかったぁぁぁぁっ!!」
母子はひしっと抱き合い、歓喜の涙を流す。
そばにいた三姉妹も、思わずもらい泣き。
しかし、涙をぬぐうマザーの指先を見て、プリムラはぎょっとなった。





