16 ロクでもない女
愛の種をばらまくお嬢様聖女の後ろを、足の生えた樽たちが、ちょこちょことついてくる。
警護であるバーンナップが背後を振り返ると、その樽の足はすとんと引っ込む。
一定の距離を保つ、よっつの樽の中ではひそひそ話が。
「あの高飛車女、いきなりリンゴを囓りはじめたわよ!? まるでゴリラじゃない!」
「団長の親戚とは思わなかったのん」
「誰がゴリラの親戚よっ!?」
「私も、おなかがすきましたぁ~」
「でもなんで、リンゴを丸かじりなんかしたのかしら?」
「きっと庶民アピールのん」
「なるほど、そうやって庶民の心に入り込んで、いいように利用しようとしてたのね! でもいつかは化けの皮が剥がれるはず! そこを押えてやるのよ!」
「わうっ、敵は商店街を出てくのです!」
お嬢様が次に向かったのは、商店街から少し離れたところにある、老人福祉施設であった。
老人福祉施設に聖女が慰問するというのは珍しくない。
しかし彼女たちが訪れるのは、引退した王族や貴族がいる超高級施設のみ。
ここは冒険者たちの所属するギルドが設立した施設で、歳を取って冒険に出られなくなった老人たちばかり。
地位も名誉も金もなく、ギルドの支援でようやく暮らしているような貧乏人ばかりである。
一般の聖女たちにとっては、『何の利用価値もない場所』。
しかしお嬢様はこの施設では顔なじみらしく、彼女が顔を出した途端、老人たちは孫が来てくれたように大歓迎してくれた。
「おや、フォンティーヌ様! お久しぶりでございます!
「ここのところ、ずっとお見えにならんかったから、寂しかったですじゃ!
「ささ、どうぞ、こちらにお座りになってください!」
「どうぞ、お紅茶ですじゃ! それに、焼きたてのアップルパイもありますぞ!」
「おい、こんな安い茶葉に、腐りかけのリンゴで作ったパイなんぞ失礼じゃろうが!」
それは謙遜ではなく事実であった。
普通の大聖女であれば、出された瞬間にテーブルごとひっくり返しそうな粗末なものたち。
しかしフォンティーヌは「いただきますわ」と何のためらいもなく口に運ぶ。
バーンナップに至っては、もくもくとアップルパイを頬張っていた。
ひととおり世間話を終えたフォンティーヌは、「また一緒に出かけましょう」と言って施設をあとにする。
そして、入れ違いで入ってきたのは……。
「なんじゃ、今日はお客さんが多いのう」
「かわいいお嬢さんたちじゃないか、こっちに来てお茶でもどうじゃ?」
老人たちが手招きすると、新たなる来客のひとりがのしのしとやって来て、椅子を踏み台にしてテーブルにあがった。
そしてティータイムを台無しにするような蛮声で、こう叫んだのだ。
「アンタたち、騙されるんじゃないわよ! さっき来た女は、ロクでもない女よ!」
「なんじゃと!? フォンティーヌ様がロクでもない女じゃと!?」
「いきなりやってきてテーブルにあがるお前さんのほうが、よっぽどロクでもないわ!」
「なんですってぇ!? アタシはシャルルンロット、由緒ある家系の騎士よっ! アンタたちボケ老人を、あの悪魔のような女の魔の手から救いに来たのよ!」
「ワシらがボケ老人じゃと!?」
「それに、フォンティーヌ様が悪魔なわけがあるものか! 立派な聖女様じゃ!」
「そうそう! フォンティーヌ様は、こんなワシらにも目をかけてくださっておるんじゃぞ!」
「しかもフォンティーヌ様のおかげで、簡単なものではあるが、ワシらは再び冒険に出られるようになったんじゃ!」
「やっとボロを出したわね! あの女はアンタたちみたいなボケ老人を騙して冒険を斡旋して、報酬をせしめてるんだわ! それか、アンタたちボケ老人の間引きね!」
あまりに失礼な物言いいの連続に、老人たちは騒然となった。
「こいつ、なんと無礼な! フォンティーヌ様がそんなことをするわけがなかろう!」
「だいいちフォンティーヌ様は、ワシらの冒険に聖女として同行してくださってるんじゃぞ!? あの御方のお陰で、ワシらはモンスター相手にも怪我ひとつせず戦えるんじゃ!」
「それに手に入れた報酬どころか、ワシらのお礼ですら1¥も受け取りなさらん! そのぶん、この施設に寄付するとおっしゃってくださるんじゃ!」
シャルルンロットは老人くらい簡単に丸め込めるだろうと思っていたのだが、予想以上の老人パワーにたじろいでしまう。
なんとかして反撃の糸口を掴もうとして、あるものに目を付ける。
それは部屋の隅にある、武器の収納棚だった。
「あ……! あそこにある武器や鎧って、ぜんぶゴージャスマートのものでしょう!? ゴージャスマートの武器は高くて低品質なのよ! あの女はアンタたちみたいなボケ老人を騙して、高い武器を売りつけてるのよ!」
「あそこにある武器は、たしかにフォンティーヌ様が薦めてくださったゴージャスマートのものじゃ! しかし全部、フォンティーヌ様が寄付してくださったものじゃぞ!」
「ぐっ……寄付ですってぇ!? き……きっとあとで高額な請求をしてくるに決まってるわ!」
「こいつ、どこまでもフォンティーヌ様を認めんとは……! ゴージャスマートを馬鹿にするのはともかく、フォンティーヌ様を馬鹿にするのは許さんぞ!」
「おい、小娘! よく見たらお前さんの着ている外套は、最近ここいらあたりにできたスラムドッグマートのものではないか!」
「そうよ! っていうか、アタシの装備はぜんぶスラムドッグマートで揃えたものよ! なぜならば、スラムドッグマートはゴージャスマートなんて足元にも及ばない、最高の店なんだから!」
「お前さんはもしかして、スラムドッグマートの回し者かっ!?」
シャルルンロットは悪びれもせず、大きく胸を張って言い返した。
「そうよ! アタシはスラムドッグマートを守る者……! その名も、『わんわん騎士団』よっ!!」
それがトドメとなった。
……ガタァァァァァァーーーーーーンッ!!
上座にいたとある老婆が、椅子を蹴るほどの勢いで立ち上がったかと思うと、
「アンタみたいなのをねぇ、性根の曲がった卑怯者っていうんだよ……!」
「なっ……なんですってぇ!?」
「まだ子供のクセして、どこまで腐ってるんだいっ!? 元騎士として、アンタみたいなのを野放しにしておくわけにはいかないねぇ! なぁにがわんわん騎士団だっ! そこいらの野良犬だって、アンタよりはまっとうに生きてらぁ! その野良犬以下の根性、今ここでたたき直してやるよっ!」
老婆は腰に差していた竹刀を引き抜き、テーブル上に向かって突きつける。
シャルルンロットは本来はお得意のはずの挑発を、見事に決められてしまった。
団員たちが止める間もなく、隊長は暴れ猿のように老婆に飛びかかっていく。
「このアタシが、腐ってるですってぇ!? うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
それから十分も経たないうちに、ズタボロになった3人の少女が、ポイと施設の外に投げ捨てられる。
「あ……あの老婆の太刀筋、まるで見えなかったのん」
「わうぅ……あのおばあさんはきっと、戦いの神様なのです……」
「ううっ……メガネが割れちゃいましたぁ~」
肩を貸しあってヨロヨロと立ち上がる彼女たちの背後から、最後のひとりが飛んできて、再びべしゃっと崩れ落ちる。
容赦ない怒声がさらに追い討ちをかけた。
「あんたたち! 仮にも騎士団を名乗るなら、陰でコソコソ相手を貶めるような真似をせず、正々堂々と勝負したらどうだいっ!? これに懲りたら、二度とフォンティーヌ様の悪口を言うんじゃないよっ! もしまた言ったら、そんなもんじゃすまさないからねっ!?」
「うぐぐぐっ……! きょっ、今日のところはこれで勘弁してあげるわっ! でも今度あったら、タダじゃすまさないわよっ!」
「いつでもかかってきな! あたしゃ1分だけなら今でも世界最強の騎士なんだからねっ!」





