14 尾行モード
プリムラはキリーランドにある、とあるスラムドッグマートの事務所にいた。
陽光差し込む窓際の机で、書類に目を通している。
それは、国内店舗の売上報告。
売上は想定をギリギリのラインで上回っており、まあなんとか及第点といえるレベルであった。
商品別の報告では、リインカーネーションとパインパックの関連商品の売り上げが、想定の1.5倍。
売上推移のグラフには、ふたつの曲線があり、それぞれが空へと飛翔する天使のような、見事な右肩あがりを描いている。
視線を少し落すと、横一直線のグラフ。
地を這いつくばるダメ天使どころか、もう死にかけの天使の心電図のような、グラフには……。
『プリムラ様関連商品』とあった。
このグラフから言えることはひとつ。
プリムラの商品が売れないおかげで、リインカーネーションとパインパックの増益分を、完全にフイにしてしまっているということ。
――もし私の商品が、お姉ちゃんやパインちゃんの商品と同じように売れていたら、今頃は……。
綿菓子のような妄想が、彼女のなかで膨らむ。
『キリーランドに出店して間もないというのに、これほどの成果をあげるとは……! さすがはプリムラさんですね』
『そ、そんな、おじさまのおっしゃる通りにしただけで、私はなにも……』
『そんなプリムラさんに、ずっとこれをお渡ししたかったんです』
『そちらは……? あっ、魔蝋印の入れ物ですね』
『いいえ、違います。開けてみてください』
『はい。……これは、指輪……!?』
『プリムラさん、あなたがみんなの聖女であることに、私はもう耐えられないのです。どうか私と結婚して、私だけの聖女になってください……!』
『は、はいっ……! おじ……!』
……バキッ!
次の瞬間、わりと強めのチョップがプリムラの側頭部に炸裂した。
妄想がスバンと弾けるばかりか、その衝撃のあまり机に、ガンッ! と額を打ち付けてしまう。
プリムラが頭を押えながら顔を上げると、そこには……。
『ゴルドくんマジックハンド』を手にした少女たちが。
「おいガキんちょ! なにボケーっとしてんだよ!」
「す、すみません、ランさん……」
シバかれたというのに、涙目で頭を下げるプリムラ。
直後、ポコンとしたチョップが続く。
「キリーランドにも店を出したっていうから、わざわざ国をまたいでまで遊びにきてやったんじゃない! なのにそんな顔をするだなんて、いい度胸してるわねぇ!」
「す、すみません、シャルルンロットさん……」
ポコン。
「ただでさえ地味な聖女が暗くなるだなんて、カレーにシチューを混ぜるようなもののん。混ぜるなら、シチューにカレーを混ぜるのん」
「す、すません、ミッドナイトシュガーさん」
ポコン。
「わうっ! めがみさまのいもうとさま、元気を出すのです!」
「あ、ありがとうございます。チェスナさん……」
少女たちは最後に、ひとり残った少女を見やる。
「……えっ? 私もポコンってするんですかぁ!?」
「当たり前でしょ、3号! プリムラにビシーッと喝を入れてやんなさい!」
「やらないと、このハンドでこちょこちょするのん」
「そ、そんなぁ! ……ご、ごめんなさい、プリムラさん! えいっ!」
グラスパリーンは目をきつく閉じ、プリムラめがけてマジックハンド操作する。
しかしなぜか真っ直ぐには伸びず、ブーメランのようにぐるんと戻ってきて、
バキイッ! 「はぶうっ!?」
頬に右ストレートを食らい、ブッ倒れていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
わんわん騎士団たちは事務所にいても退屈だったので、敵情視察と称し、キリーランドの街をブラつくことにした。
「まったく……。ゴルドウルフに会えると思って来てみたらいないし、プリムラがいると思ったらなんかずっと元気ないし……。あーあ、つまんないわねぇ」
「きっと、フォンティーヌが原因のん」
「なんであの高飛車女のことで、プリムラが落ち込むのよ?」
「プリムラが読んでいた書類に、キリーランドの売上不調はフォンティーヌが要因のひとつだと、書いてあったのん」
「そういえばあの高飛車女、ゴージャスマート側の人間だったわね! 剣術大会で負けたのにも懲りず、まだなにかやってたのね!」
「厳密には勝ってないのん」
「うるさいわね! アイツとリンゴほっぺは逃げたんだから、アタシの勝ちでしょうが!」
「だとしても、1勝1敗のん」
「見てなさい! 今度会ったらふたりまとめて、コテンパンに叩きのめして……!」
シャルルンロットの言葉は、ちょうど目の前を横切った者たちに遮られた。
唖然とするあまり、そのまま見送ってしまったが、ハッと我に返ると、
「な、なんで高飛車女とりんごほっぺがこんな所にいるのよ!?」
「そういえばフォンティーヌさんって、この国のゴージャスマートのイメージキャラクターになったそうですよぉ」
「3号、なんでアンタがそんなこと知ってんのよっ!?」
「きっとスパイのん」
「ち、違いますぅ! フォンティーヌさんとは、うちの近くの商店街でよくお会いするので、お話ししたんですぅ!」
「商店街!? アイツあれでも大聖女なんでしょ!? なんで大聖女が商店街なんて行くのよ!? 商店街に行く大聖女なんて、リインカーネーションくらいでしょうが!?」
「わうっ! 敵はこの先にある商店街に向かっているようなのです!」
「ハールバリーだけでなく、キリーランドでも商店街に行くだなんて……。大聖女のくせに、いったい何の用があるっていうの……?」
「尾けてみればわかるのん」
「う~ん、コソコソするのは好きじゃないけど……」
「わうっ! でも、めがみさまのいもうとさまを、元気にする手掛かりを持っているかもしれないのです!」
「なるほど、それはあるかもしれないわね……! よぉし、わんわん騎士団、モードチェンジよ!」
団長のかけ声で、団長の後ろに回り込んで一列になる隊員たち。
シャルルンロットのすぐ後ろにいるミッドナイトシュガーが、背中をグイグイと押しはじめた。
目の前には、猛犬がわんさかいる家の庭が。
「ちょ、なにすんのよ2号!?」
「自爆特攻モードにチェンジしたのん」
「ひぇぇ!? あの怖いわんちゃんがたくさんいるお家に特攻するんですかぁ!?」
「わうっ! 団長、骨はひろわせていただくのです!」
「って、なんでさっきまでの話の流れで、犬に特攻するって思ったのよっ!?」
「奇想天外な団長ならやりかねないのん」
「アタシは尾行モードにチェンジしろって言ったの! ちょっと、押すんじゃないわよっ!? このおっ!?」
「ひいやぁぁ!?」
まるで熱湯風呂を前にした芸人たちのように、猛犬のいる庭に向かって押し合うちびっこたち。
最後はグラスパリーンが庭に放りこまれて、殺到した大型犬たちに、顔じゅうをベロベロなめ回されたあと……。
わんわん騎士団は、お嬢様たちの尾行を開始した。





