12 カミナリオヤジ(ざまぁ回)
ステンテッドは怒りに震えていたが、そこにさらに屈辱が上乗せされる。
通りかかった聖女集団が、まさに汚物を見るような目でキャーキャー言い出したからだ。
「こっ、このメスガキどもめっ……! ワシは勇者じゃぞ! 勇者をそんな目で見て、タダですむと思うのかっ!?」
すると少女たちは「うへぇ」と、顔全体を八の字に歪めた。
「ウ●コがしゃべった!?」
「勇者って言っても、てめぇは大天級じゃねぇか! それに、もうすぐ小天級だろ!」
「小天級の勇者が、私ら聖女の間でなんて呼ばれてるか知ってる? ウ●コだよ、ウ●コ!」
「てめぇが小天級になったら、名実ともにウ●コになっちゃうよねぇ、アハハハハ!」
聖女というのはいろいろタイプがあるが、彼女たちは一見して貞淑としているが、それは勇者や王族、金持ちの前だけ。
庶民や最低ランクの勇者に対しては、素を出すのだ。
自分よりもふたまわり以上も若い娘たちに口汚く罵られ、嘲笑されるステンテッド。
……ブッチィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
ステンテッドの堪忍袋の緒が、三度切れた。
「こっ、このクサレマ●コどもがぁぁぁぁ~~~っ! 女が男にそういう態度を取ったらどうなるのか、身体でわからせてやるわっ! うおお」
以下略。
水たまりにうつ伏せに倒れたステンテッドは、少女たちからよってたかって足蹴にされていた。
「このオヤジ、クソ弱っ!」
「うわぁ、踏み心地までウ●コみたい!」
「おらっ、クソオヤジっ! 身体でわからせるんじゃなかったのかよっ!?」
聖女というのは冒険者の一科ではあるものの、一部の例外を除いて非戦闘員とされている。
戦いの心得などまるでなく、戦いにおいては村娘と何ら変わりはない。
そんな戦いのド素人にも、完敗してしまったステンテッド。
もはや勇者として、いや男として……。
いやいや、人間としてこれ以上の屈辱など存在しないかに思えた。
しかし運命は、彼を容赦なく責め苛む。
「身体でわからせるんだったら、こんなクソオヤジよりも、僕のほうがいいよねぇ」
ふと、聖女たちが抱き寄せられた。
いきなりの痴漢行為であったが、彼女たちは「きゃあっ!?」と悲鳴をあげる
しかし狼藉者の首のあたりを見たとたん、それはすぐに矯正に変わった。
「ああんっ、その頸飾は、権天級……!」
「あはんっ、素敵! こんなクソオヤジなんか、比べるまでもありませんわっ!」
「あっはぁ~んっ! 勇者様、ぜひ身体でわからせてくださいぃ!」
突如として話の輪に加わってきた勇者は、店から出てきた支部長であった。
「おい、クソブタ! 俺はいまからホテルで、この子たちの装備リサーチをしてくっから! お前はサボらずに、バトルアクスを全部売りさばいとけよ! 営業時間中に売れなかったら、徹夜で残業だ! 明日、俺が来たときにまだ残ってたら、てめぇのケツの穴にねじ込んでやっからな!」
支部長はべっ! とステンテッドの顔に唾を吐きかけると、まわりの聖女どころか、道行く人たちの間からも爆笑が起こった。
それからしばらくして、ステンテッドはよろよろと立ち上がる。
泥と涙と血、そしてボコボコに腫れあがった身体に鞭打つようにして、フラフラと店へと戻った。
そして、最後のトドメが突き刺さる。
なんと、店の中の棚はすべてひっくり返され、商品はメチャクチャに……!
レジや金庫は空きっぱなしで、中身はカラッポ……!
壁にはデカデカと、ラクガキがあった。
『死んじまえ ラクガキウ●コ勇者』
瞬間、彼の身に修羅が降臨する。
全身がマグマのように赤熱し、身体じゅうからピュッと血が迸った。
瞳はすでに深紅に染まっており、眼球ごと蒸発せんばかりにぐろぐろと滾っている。
「こっ……この……ワシを……! このワシを、本気で……! 本気で怒らせたなぁっ……!?」
暗い影が差す店内に、稲光のような怒りが明滅。
「この……! ワシ……! を……! 本気でっ……! 怒らせ……! たらっ……! どう……! なる……! かっ……!」
そして、ついに落ちた。
「……今度こそ本当に、思い知らせてくれるわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
カミナリオヤジと化したステンテッドの、大いなる落雷が……!!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
話はスラムドッグマート側に戻る。
プリムラはキリーランドへの出店にあたり、顧客である聖女たちに、あるコンセプトを打ち出していた。
それは、『愛』……!
『愛』というのは、聖女の根源にして大原則ともいえるものである。
なぜならば神話において、女神より愛を授かりし者が『聖女』と定義されているから。
聖女は、その女神より受けた愛を、人々に伝え広める役割を担っている。
ある者は民衆に説き、ある者は民衆に奏で、ある者は民衆に訴え、ある者は民衆を包み込む。
ある者は叱咤激励のように、ある者は罵詈雑言のように、ある者は赤ちゃん言葉で……。
伝え方は様々であったが、その手法は『愛のカタチ』と呼ばれ、聖女のアイデンティティとされていた。
もっと簡単にいうと、『愛のカタチ』というのは、剣道における流派を一言で表したようなもの
見習い聖女や民衆は、その『愛のカタチ』を見比べて、支持する聖女を決定するのだ。
聖女の国であるキリーランド小国には、多くの見習いの聖女たちがいる。
彼女たちこそが、今回の商戦の鍵を握る『メイン顧客』である。
そのためプリムラは、『愛のカタチ』を全面に押し出すことを考えたのだ。
イメージキャラクターはもちろん、同国でも人気の『ホーリードール三姉妹』。
いわば自分たちである。
プリムラは、姉であるリインカーネーションを『包み込むほどの豊かな愛』とキャッチを付け、大きいけれどきめ細やかな愛をイメージ。
そして妹であるパインパックには『包み込みたくなるほどの無垢な愛』とキャッチを付け、小さいけれど清らかな愛をイメージ。
それぞれのイメージに合わせた新製品を展開したのだが……。
その、結果はというと……。
さっそくの、スマッシュヒット……!
長女と三女はもともとこの国における、聖女の人気投票でもつねに10位にランクインするほどの大人気キャラクター。
むしろ、今までなぜ彼女たちをイメージした商品がなかったのかと言われるほどに、待ち望んでいた聖女たちが、大勢いたのだ……!





