09 再起動
グッドバトラー一族からの、執拗な勧誘を受けた次の日の朝。
ゴルドウルフはグレイスカイ島の神殿において、出勤の準備をするプリムラに向かって言った。
「プリムラさん。私は今日からしばらく、この島で業務をすることにします。いまの私が店舗に出向くと、従業員たちやお客様の迷惑にもなると思いますので」
ゴルドウルフが勇者になるというマスコミの発表を受けて以来、オッサンのまわりには記者たちが押し寄せていた。
彼らマスコミは客でもないのに店内に居座り、ゴルドウルフがいれば突撃インタビューし、そうでなければ店員や客たちに話を聞こうとする。
今回の一件は世界規模に注目されている出来事なので、ゴルドウルフはドッグレッグ諸国のどこにいてもマスコミに付け狙われるようになった。
しかもここに来て、さらにグッドバトラー一族からも付きまとわれるようになってしまう。
彼らはゴルドウルフが勇者の頸飾を受け取ってくれるまで、足元にすがりついて離れないというタチの悪さであった。
いまのオッサンが静かに暮らせるのは、グレイスカイ島を置いて他にない。
この島であれば、上陸しようとするマスコミや執事一族をシャットアウトできる。
「ほとぼりがさめるまで、しばらく出勤は控えようと思っています。なにかあったら空の骸で伝書をしてください」
これはいわば、ゴルドウルフのテレワーク宣言にも等しい。
プリムラもマスコミや執事一族たちの迷惑っぷりは知っていたので、すぐに納得した。
「はい、かしこまりました」
本来は秘書である彼女は、ゴルドウルフがこの島で業務をするのであれば、自分も一緒になって出勤を控えたい気持ちでいっぱいだった。
現にマザーとパインパックは、平日なのに父親がいると知った子供のように喜んでいる。
しかし、今の彼女たちはそうはいかなかった。
「お姉ちゃん、パインちゃん、お仕事に行きましょう」
「ええーっ!? ママ、おうちにいるーっ!」
「ぱいたんも、おうちにいるーっ!」
「もう、おじさまがお家にいるからって、そういうわけにはいきませんよ。キリーランドでは、私たちが来るのを待っているんですから」
ブーブー文句を言う姉と妹を引きずるようにして、プリムラは馬車に乗せる。
『スラムドッグマート』が次に店舗を展開するのは、聖女の国『キリーランド』。
聖女の彼女たちにとっては、ある意味ホームグランドともいえる国である。
同国の展開にあたってのイメージキャラクターは、もちろん彼女たち三姉妹。
そのため、病気でもないのに出向かないわけにはいかなかったのだ。
そしてプリムラ自身も、今回はかなり気合いを入れて商戦に臨んでいた。
なにせ過去のガンクプフルとロンドクロウでの商戦ではゴージャスマートに、厳密にはフォンティーヌに圧倒されっぱなしであったから。
どちらも相手の自滅で勝ち星を得ることはできたものの、それは運が良かったに過ぎないと思っていたのだ。
しかし仏の顔も三度まで。
しかも今回は聖女の国での戦いなので、相手も相当に気を引き締めてくるに違いない。
なぜならば、今回は商戦においての決戦であり、聖戦でもあったからだ。
なにせ聖女の国での戦いであるから、負けたほうは一族としての名まで落ちてしまうだろう。
プリムラは平和が服を着て歩いているような少女なので、当初は一族の名誉のことなど考えもしていなかった。
しかし、さんざんマスコミに書き立てられていたせいで、嫌でも意識するようになってしまう。
今では彼女は、「勝つにしても負けるにしても、お姉ちゃんやパインちゃん、そしてフォンティーヌさんに恥をかかせないようにしないと……!」と強く思うようになっていた。
ちなみに自分が汚辱にまみれるのは、あんまり気にしていない。
そして時を同じくして、ゴージャスマート側も動き出していた。
ずっと閉鎖状態だったセブンルクス王国の支部長室のカーテンが、再び開かれたのだ。
その中には、みっつのシルエット。
ボンクラーノ、フォンティーヌ、シュル・ボンコス……。
ゴールドメンバーとも呼べなくもない面々が、再び集結っ……!
これは、シュル・ボンコスの旗振りによって実現したものである。
彼はボンコス家の名誉と、自分の生き残りをかけ、ある決断をした。
今度こそ、スラムドッグマートに勝つ、と……!
タイムリミットは、ゴルドウルフがボンクラーノの元に来るまで。
それまでに何とか功績を残すことができなければ、最悪、お払い箱となってしまう。
それにゴルドウルフが勇者になった時点で、スラムドッグマートはゴージャスマートの傘下に入ってしまうだろう。
そうなると、もはや戦う敵すらもいなくなってしまう。
もちろんこんな事態はにはなり得ないのだが、シュル・ボンコスもまた、あの常識に囚われていた。
『勇者組織に勧誘されて、断る者などいない』という、歪んだ常識に。
ボンクラーノもそのひとりだったので、もうスラムドッグマートと戦う気もすっかり失せていた。
「もうなにもする必要はないボン。パパが動いてくれた以上、オッサンとスラムドッグマートは手に入ったも同然ボン」
眠たそうに鼻をほじるハナクソ坊ちゃんを、シュル・ボンコスはどうやって説得したかというと……。
「しゅるしゅる。それはそうなのですが、もし例のオッサンがボンクラーノ様の元に来た時、ボンクラーノ様がそれまで戦ってきた調勇者のトップだと知ったら、ヤツはどう思うでしょうなぁ?」
「……それは、どういう意味だボン?」
「ふしゅるふしゅる。ガンクプフルとロンドクロウ、二度にわたって負かしてきた相手を、オッサンはどう思うでしょうか? しかもオッサンに与えられた階級は、ボンクラーノ様のひとつ上である、熾天級……。いくらブタフトッタ様のご子息とはいえ、尊敬はしないのではないかと……。野良犬というのは、強き者にのみ尻尾を振ります。きっとあのオッサンは、ブタフトッタ様の犬になってしまうでしょうなぁ……!」
「なっ……!? そ、それは嫌だボン! いくらパパとはいえ、オッサンを取られるのは嫌だボン! オッサンはボンだけのオッサンなんだボン!」
「しゅるしゅる、ふしゅる……! ならば、強さを野良犬に示すのです……! キリーランドとの戦いで、ガツンと痛い目を見せてやれば……きっと野良犬は、ちぎれんばかりに尻尾を振ることでしょう……! ふしゅるふしゅる、ふしゅるるる……!」





