08 最後の手段(ざまぁ回)
グッドバッドは思ってもみなかった。
この頸飾を欲しがらぬ人間が、この世に存在するとは。
この輪こそ、世界の和をふたつに分かつほどの力があるというのに。
新たに生まれた和は、『持つ者』と『持たざる者』。
もちろん今までもそれはあったのだが、この輪によってより明確になってしまうのだ。
この輪を持つ者は、持たざる者によりもてはやされるようになる。
しかも、『持つ者』側になれるのは世界人口の1割どころか1分、いや1厘にも満たない。
その、多くの者たちが入りたくて仕方のない狭き門を、顔パス、いや、首パスで入れるようになるというのに。
この、勇者の頸飾さえあれば……!
グッドバッドは蛇どころか、戦闘種族に遭遇したカエルのように震えた。
いや、震撼した。
蛇に睨まれたカエルというのは動けなくなるものだが、それは相手が天敵だからである。
もし、天敵を超える、点滴を打たねば生命すら危うい敵に遭遇してしまった場合……カエルはどうなるのだろうか?
それは……。
……ピョン……!
跳ねたっ!?
ソファから飛び降りるように跳躍したグッドバッドは、五体を投げ出すように地にべったりと伏す。
カーペットもまだ敷かれておらず、掃除もまだ終わっていない床。
そのホコリを舐めるような勢いで叫んだ。
「ばっ……バッドバッドぉぉぉーーーーっ!! た、大変失礼いたしましたぁーーーーっ!! 私ごとき白黒執事風情が、勇者ゴルドウルフ様に、なんたる無礼を……! ひらに、ひらにぃぃぃーーーーっ!!」
ゴルドウルフが頸飾の受け取りを拒否した途端、引くほどにへりくだり始めるグッドバッド。
「ゴルドウルフ様はこの私を試しておいでだったのですよねぇーーーーっ!! いやあ、ゴルドウルフ様もお人が悪いっ! もうあなた様には、金輪際、二度と、未来永劫逆らいませぇぇぇぇぇーーーーんっ!!」
バッ……!
とあげた顔は、ホコリまみれで半泣きであった。
キッチリと2色に分かれていた白と黒のタキシードも、灰色に汚れている。
ゴルドウルフは蔑みも憐れみもない、平易な声で言った。
「何と言われようとも、頸飾はいりません。お引き取りください」
「ば……バッドバッドぉぉぉーーーーっ!? そんなっ、そんなぁぁぁぁーーーーっ!?!?」
グッドバッドのこの変わりようには、実に単純明快な理由があった。
彼はブタフトッタの勅命を受けて、勇者の頸飾をゴルドウルフに渡しに来ている。
そのミッションにおいては、心配事というのはひとつしかなかった。
『ゴルドウルフの元に運ぶ前に、盗まれないか』という点。
もし盗難された日には、ブタフトッタの逆鱗に触れるのは必定。
グッドバッドの解雇は目に見えていた。
そのためグッドバッドは一族のなかでも手練れの者たちを呼び集め、さらにはブタフトッタの屋敷の警備員まで集め、厳重な警戒のもとに頸飾を運んだ。
その様はさながら、大名行列のようだったという。
頸飾を無事運ぶことができさえすれば、任務は完了したも同然だと、グッドバッドは考えていた。
あとはこのゴッド・アイテムをうまく使って、ゴルドウルフを我らの傀儡にするだけだと思っていたのだが……。
しかし、まったく慮外の出来事が起こってしまった。
まさかの、受け取り拒否っ……!!
だからといって、はいそうですかと引き下がるわけにはいかなかった。
なぜならば、頸飾というのは受け取ってもらって当然のシロモノ。
グッドバッドは断られた今でもそう思っているし、ブタフトッタもそう思っている。
盗まれるほうがまだ、まだマシである。
なぜならばそれは、勇者の頸飾がそれだけ魅力的であることの証明にもなるからだ。
そんな価値観が当たり前のモノを、おめおめと持ち帰ったら、どうなるか……。
勇者の頸飾は、グッドバッドがゴミだと罵った、パインパックの手作り王冠以下の価値になってしまい……。
ひとりの白黒執事の解雇どころか、一族が存続の危機に追いやられてしまう……!
だからこそグッドバッドはすべてのプライドをかなぐり捨て、ゴルドウルフに泣きすがった。
「この我が身を一生、勇者ゴルドウルフ様に捧げさせていただきますからぁーーーーっ!! ぜひ、是非、受け取ってくださいぃぃぃーーーーっ!! これはあなた様の下僕からの、生涯最後のお願いでありますぅぅぅーーーーっ!!」
床にガンガンと頭を打ち付けるグッドバッド。
しかし返ってきたのは「いりません」の一言のみ。
「お願いお願いお願いっ!! お願いしますぅぅぅぅぅーーーーっ!! ゴルドウルフ様ぁぁぁぁぁーーーーーんっ!! このとおり、靴を綺麗にさせていただきますからぁんっ!! 受け取って、受け取って、受け取ってぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーんっ!!」
ゴルドウルフの足元にすがりついて、靴をベロベロと舐めはじめるグッドバッド。
しかし返ってきたのは「いりません」の一言のみ。
「うっ……うわぁぁぁぁーーーーーんっ!! ごりゅたん、ごりゅたぁぁぁぁーーーーーーんっ!! もらってくれなくちゃやらぁ!! ゆうしゃになってくれなくちゃやらぁ!! なんでもいうこときくから、もらって、もらってぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーんっ!!!!」
とうとうパインパックの真似まで始めて、赤子のように泣きじゃくりはじめる。
しかし返ってきたのは「いりません」の一言のみ。
グッドバッドは足枷のようにくっついたまま離れようとはしなかった。
ゴルドウルフはしかたなく、彼をそのまま引きずって、事務所の外に出る。
事務所の外には、グッドバッド以上の勘違い連中が待ち構えていた。
全員タキシードでキメているのだが、なぜか靴だけは異様に汚れている。
「おっ、来たかゴルドウルフ。その様子だと、まだグッドバッドから勇者の頸飾は与えられていないようだな」
「貴様のような下賤の者に、勇者の頸飾がそう簡単に与えられるわけがなかろう」
「我らはグッドバッドと同じ、グッドバトラー一族だ。となれば、我々になにをすれば勇者の頸飾に近づけるのかは、もうわかっているだろう?」
「さぁ、まずは我らの靴を舐めて綺麗にしてもらおうか」
「なにをマヌケ面をしている、さっさとしろ。俺のはさっき犬の糞を踏んだから、裏面まで舐めるんだぞ」
……数分後、彼らが先を争ってゴルドウルフの靴を舐め始めたのは、言うまでもないだろう。





