06 頸飾の授与
ここは、キリーランドにある『スラムドッグマート』の事務所。
これから同国に店舗を展開するにあたって、拠点とするべく借りた場所である。
入居したばかりなので、まだ事務所としての体をなしていない。
昨日届いたばかりの荷物が、雑多に積み上げられている。
箱の山に囲まれたソファに、ゴルドウルフはいた。
両脇には、秘書とアルバイトである、聖女姉妹。
正面には、タキシードに身を包んだ男が。
彼のタキシードはピッシリと折り目正しく、ひと目で高価であるとわかるほどの良い生地をしていた。
しかしデザインは、一風……いや、かなり変わっている。
右側と左側で白と黒に分かれているという、ツートンカラー。
上着だけでなく、スラックスや蝶ネクタイまできっちり白黒に分かれていた。
それどころか、手入れされた口ヒゲまで。
「……私の名は、グッドバッド・グッドバトラー。さっそくだが、今の私の気分がわかるかね?」
思わず聞き返したくなるような名前と、チカチカと明滅しているようないでたちに、目を白黒させる聖女姉妹。
ゴルドウルフが「わかりません」とだけ答えた。
「そんなこともわからないのか。キミのような下賤の者に呼び出されて、実にバッドバッドな気分なのだよ。いくらマスコミの目があるからといって、本来ならばキミのほうから私の所に出向くのが筋であるのに」
「グッドバッドさんは、勇者に仕える執事一族なんですよね?」
するとグッドバッドは、ははぁ、と唸った。
「グッドグッド、キミの言いたいことはわかるよ。『これから自分は勇者となる人間なのに、なぜ勇者の執事風情が横柄な態度をとっているのか』とね」
グッドバッドは、「でもその考えは、バッドバッドだ」と、チッチッとひとさし指を左右に振る。
「たしかに私は勇者様の執事で、今はブタフトッタ様のお屋敷の第二執事長を仰せつかっている。そして今日も、ブタフトッタ様のご命令で、キミを勇者にするために、こうして会いに来たというわけだ」
「しかし、勘違いをしてもらって困る」と、さらに続けた。
「かつてステンテッドという下賤なる者が、勇者になったことを覚えているかね?」
「ええ」とゴルドウルフ。
「彼は、狼の群れに放り込まれた子豚同然だった。そのため、せっかくの栄誉もフイにしてしまった。……それはなぜだかわかるかね? それは……我らがグッドバトラー一族の助けがなかったからだよ」
グッドバッドは、やたらともったいつけるような、たっぷりとした間を取って話していた。
しかし、「これでもうわかっただろう?」という視線を、ちろりとゴルドウルフに向ける。
「本日をもってキミは勇者となるわけだが、今のままでは、狼の群れに放り込まれた仔犬同然でしかない。となれば、この私とキミ、どちらが上の立場なのかは明白であろう」
……前述のとおり、グッドバトラ一族は、代々勇者にのみ仕えているという、由緒ある執事一族。
同じく勇者に仕える尖兵一族であるボンコス家とは、ライバル関係にある。
簡単にいうなら、どちらも勇者のおこぼれにあずかって生きている者たちであった。
今回、グッドバトラー一族のひとりであるグッドバッドは、主であるブタフトッタから、『頸飾の授与』を任されることとなる。
その相手こそが、ゴルドウルフであった。
もし授与する相手が、勇者組織に通じた純勇者であれば、グッドバッドもこんな横柄な態度には出なかったであろう。
相手が『下賤なる者』であるならば、右も左もわかっていないだろうから、今のうちに力関係を教え込んでおけば、御せるだろうと考えたのだ。
グッドバッドは初対面のゴルドウルフに対し、脅しにも似た言葉を投げかけていた。
この時、考えられる反応はふたつ。
すでに勇者になったつもりで、無礼だと怒り出すか。
グッドバッドの脅しに屈して、大人しく従うか。
そしてオッサンが取ったリアクションはというと、後者……。
仔犬のように、大人しいままだった。
思っていたよりうまく丸め込めそうだったので、内心でほくそ笑むグッドバッド。
「グッドグッド。自分の身の程が、よくわかっているようだな。……それでは、私がキミを勇者にしてあげよう」
持参したアタッシュケースをテーブルの上に置き、さらにニヤリと笑う。
「ふふ、下賤なるキミが夢でも見たこともないような、素晴らしいものを、これからお目にかけよう」
アタッシュケースのロックを外し、クルリとゴルドウルフのほうに向ける。
そして、
パカッ……!
と開けたとたん、薄暗い事務所のなかに、ひときわまばゆい光が溢れた。
「グッドグッド……! これが、熾天級の勇者に与えられる、頸飾……! すべてがダイヤモンドでできている、最高の逸品……! おやおや、どうやら素晴らしすぎて、言葉も出ないようだね……!」
グッドバッドはアタッシュケースの蓋から、ひょいと顔を出す。
その顔はこれ以上ないほどのドヤ顔だったのだが、ゴルドウルフの顔を見たとたん、内心で叫んでいた。
――む……無反応っ……!?
まるで、楽しみにとっておいたチョコレートの箱を開けたら、空っぽだった時のような……。
虚無というものに、満ち満ちた表情ではないかっ……!?
ば……バッドバッド……!?
これほどの栄誉と、これほどの宝飾を与えられて、喜ばぬ者などいるわけがないっ……!
ハッ……! そ、そうか……!
ヤツはまだ、夢うつつなのだ……!
自分が勇者に選ばれたことが、まだ信じられないのだ……!
完全に、浮き足だっている……!
ふふ……!
この程度の小物なら、私が意のままに操ることなど、たやすい……!
グッドグッド……!
どうやらこの私にも、運が向いてきたようだ……!
それでは、ここでひとつ……。
ヤツを感激にむせび泣かせて、この私に一生頭が上がらないようにしてやるか……!
「……ふん、バッドバッド。この程度のアクセサリーを前に臆してしまうとは……。キミにはやはり、勇者は無理のようだ。やっぱりこの話はなかったことに……」
グッドバッドは失望の溜息とともに、パタンとアタッシュケースの蓋を閉じる。
もちろん彼にはそんな権限などないのだが、さもあるように誤解させて、ゴルドウルフを泣きつかせようとしていた。
グッドバッドは、ドヤっぷりがわずかに残る上目遣いで、ちろりと正面のオッサンを見やる。
きっと今にも泣きそうな顔をしているであろうと、たかをくくっていたのだが……。
――む……むむむっ……無反応ぉぉぉーーーーーっ!?
まるで、川上から流れてきたボロ靴を、そのまま川下へと見送るような……。
無関心というものに、満ち満ちた表情ではないかっ……!?
これはボロ靴などではなく、大きな桃なのだぞっ!?
いちど手にしたら最後、一生……!
いや、末代までも、安泰が約束されるほどの……!
しかしようやく、彼が待ち望んでいたものがやってくる。
それは、『涙』……!
「ふぁ……。あ、失礼」
――あ……アクビをしたぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?
このオッサン、いま、アクビをしたぞぉぉぉぉぉーーーーーーーーっ!?
ば……バッドバッドぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!!
「あらあら、ゴルちゃんオネムなのね。そういえばお昼寝がまだだったから、今ここでしちゃいましょうねぇ~」
言うが早いが、ゴルドウルフの頭をガッと掴んでグイグイと引き寄せるマザー。
「いえ、大丈夫です」とゴルドウルフ。
「おじさま、最近遅くまでお仕事をされていましたよね? 少しお休みになったほうが……」とプリムラ。
――む……無視っ!?
いま世界じゅうの羨望を集めている、勇者の頸飾に、目もくれないとはっ……!?
しかも来客がいるのに、昼寝っ……!?
来客がいるのに、聖女とイチャイチャっ……!?
この私までもを、完全無視っ……!?
ば……バッドバッドっ……!
バッドバッドバッドバッドぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!?!?





