54 また父と子(ざまぁ回)
決戦は両軍、ひと太刀も交わしていないのに……。
ひとりの負傷者も出していないというのに、決着の様相を見せる。
それどころか落武者狩り……。
いいや、勇者狩りまでもが始まってしまう。
しかも、観客たちの手によって……!
……ズバァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
VIPルームの扉が蹴破られ、多くの戦士たちがなだれ込んでいく。
「なっ……なんじゃ貴様らはっ!? ここは勇者だけが入ることを許される、神聖なる場所じゃぞ! 貴様らのような下賤の者が踏み荒らしてよい場所では無いっ! さっさと出ていけっ!」
VIPルームは完全防音だったので、ステンテッドは彼らの狼藉の意味をわかっていない。
しか同室にいたシュル・ボンコスがふと、外のほうからもステンテッドの声がしているのに気付いた。
ハッとステンテッドの足元に落ちている、拡声棒を見やった。
「ふしゅるっ!? ステンテッドさん、拡声棒が入りっぱなしになっています! 我々の今までの会話は、会場じゅうに筒抜けに……!」
「なっ……なんじゃと!?」
拡声棒を慌てて拾いあげ、スイッチをオフにするステンテッド。
しかしもう遅かった。
戦士たちはポキポキと骨を鳴らしながら、ラクガキ勇者に近づいていく。
「テメェ……! 弁当に下剤を入れるだなんて、どこまで腐ってやがるんだ……!」
「醜いのは顔だけじゃなくて、心までもだったとはな……!」
「いままで勇者にはさんざん煮え湯を飲まされてきた……! それでも俺たちは、尊敬だけはしてたんだ……! なぜならば、あんたたちは『強い』からな……!」
「でもその強さが、こんなインチキの上に成り立っていたとはなぁ……!」
「戦士学校に通う俺の息子は、剣術大会で勇者に負けて、悔しがって泣いていたんだ……!」
「ラクガキだけじゃすまねぇから、覚悟しゃがれっ……!」
「ひっ……!? ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
挽きつぶされるような悲鳴が、場内を揺らす。
しかしそれすらも、いまのこの場ではありふれていた。
試合会場では、四倍の絶叫が。
「ひっ……!? ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?」
厄災四天王ジュニアたちは、もう限界だとばかりに飛び跳ね、閉ざされた出口にガンガンと頭を打ち付けている。
そして彼らが取った、最終手段とは……?
「「「「パッ……! パパぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!!!」」」」
父親頼みっ……!
ジュニアたちは顔と股間をぐっしょりと濡らし、ハダカのオヤジどもの所に駆けていく。
彼らが漏らしていたのは、嘘偽りないピュアな体液。
親バカ視点からは、まるで幼い頃の、かわいい盛りだったころの子供たちのように見えていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ぱっ……パパァ! 野良犬がボクをいじめるんだ! 仔犬をサッカーボールがわりにしたくらいで、噛みつこうとしたんだ!」
「おお、よしよし、パパに任せろ。この悪い野良犬め! ジュニアに近づくんじゃないっ!」
……ズバアッ!
「ありがとうパパ、悪い野良犬をやっつけてくれて! パパはやっぱり、最強の勇者だ! ボク、大きくなったらパパみたいな戦勇者になるんだ!」
「よぉし、それじゃあジュニアも早く強くなれるように、剣の使い方を教えてやろう」
「ほんと!? やったぁ! パパ、最高っ! 大好きっ!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その時はまだ『厄災四天王』の身体は引き締まっていたので、胸に飛び込んできた息子を軽々と持ち上げることができた。
今は子供も大きくなり、父の身体もぶよぶよなので、なんだか変な感じになってしまう。
しかし子供たちは、それどころではなかった。
「パッ……! パパァ! も、もうガマンできそうにないんだ!」
「このままじゃ、漏らしちゃう! 漏らしちゃうよぉ!」
「こんな大勢の前で漏らしたりなんかしたら、ボク、もう生きていけない!」
「はっ……早くトイレに、トイレに連れてってよぉ!」
父親たちはキリッとした表情で頷き返す。
「大丈夫、パパに任せておけ」
「お前を絶対に漏らさせたりなんかしない」
「さぁ、剣を貸すんだ」
「パパの大剣技で、塞がれた出口をブチぬいてやろう」
勇者の大剣技というのは、発動には時間がかかるものの、その威力に関しては正真正銘である。
ひとたび放たれれば、出口どころか、壁を丸ごと吹き飛ばしてしまうだろう。
息子から聖剣を受け取った『厄災四天王』は……。
腰だめに構え、ただならぬ闘気を身体から立ち上らせる。
「我が内なる炎よっ!」「我が内なる雷よっ!」「我が内なる(以下略)」「」
それはかつて厄災四天王が揃い踏みした、伝説の『超剣技』の再来であった。
四天王が同時に大剣技を放ち、ある王国に災いをもたらしていたドラゴンを、ひと太刀にして灰燼に帰したという。
それが再び放たれるようなことがあれば、とんでもないことに……!
しかし、
「……神の微笑みをもって(ガスッ!) ぐふうっ!?」
突然のアースヘッドの肘打ちが、ファイヤーヘッドの横っ面に炸裂した。
知らぬ存ぜぬとばかりに、すました顔で詠唱を続けるアースヘッド。
ファイヤーヘッドはおかえしとばかりに、足を思い切り踏んづけた。
「……神の微笑みをもって、大いなる力となりて……(グシャ!) ぎゃっ!?」
「な、なにをするんじゃ!? ファイヤーヘッド!?」
「うるさいっ! 元はといえば、貴様が最初にやったんじゃろうが!?」
「わざとではないわ! 偶然ヒジが当たっただけじゃ! ワシが本気を出したら、貴様の顔半分がなくなっておるわ!」
「なんじゃとぉ!? (ゴスッ!)」
「ぐわっ!? 貴様、ワシまで巻き込むんじゃない!?」
「うるさいっ! どうせ真っ先に剣技を発動して、息子の前でいいところを見せようとしとるんじゃろう!?」
「お前のところのクソガキを助けるためではないわ! ワシのジュニアのためにやっとるんじゃ!」
「なんじゃとぉ!? ワシのかわいいジュニアをクソガキ呼ばわるするとは、許せん!」
祭り、(以下略)っ……!
ギャフベロハギャベバブジョハバ !!
……大剣技は、一撃で会場の壁を破壊するだけの威力があった。
そのため息子の尊敬を得られるのは、いちばん最初に大剣技を放った父親ということになる。
今はそんなことを気にしている場合ではないのだが、普段から他人を出し抜くことしか考えていない勇者はそうはいかない。
他の勇者の発動準備を邪魔してまで、自分が一番のりになろうとしていたのだ……!
ハダカで醜くもつれあう父親たち。
さすがにこれには、息子たちもほとほと愛想が尽きてしまった。
しかしこのままでは公衆の面前で、大醜態を晒してしまうのは避けられない。
2階のマスコミ席からは、多くの真写機で狙われている。
こののっぴきならない自体に、カエルの子たちは、どうしたかというと……。
「こっ……! このクソオヤジっ!」
「お前みたいなクソ野郎、親でも子でもねぇっ!」
「お前みたいなクソ野郎こそ、本物のクソがお似合いだっ!」
「くらえっ! これが俺たちからの、堕天への餞別だっ!」
なんと……!
同じ漏らすにしても、父親に向かって……!
『●●まみれの勇者』ともなれば、絶大なるインパクト……!
子供たちは自分が喫するはずだった『醜態』を、まさしく父になすりつけたのだ……!
 





