52 団長の決意
ステンテッドとシュル・ボンコスがいたのは、2階客席のいちばん上にあるVIPルーム。
ガラス張りなっていて見晴らしがよく、1階の試合会場を一望できる作りになっていた。
ステンテッドはシュル・ボンコスとの会話の最中、ちろりと試合会場に目を落とす。
合戦場のようにぶち抜きになった道場のど両端には、試合開始の合図を待つ両陣営。
勇者軍は「早くやろうぜ……!」とやる気まんまん。
野良犬軍は「……本当にやるの?」と不安そう。
そこから外れた会場の隅、出口の所にはプリムラがいた。
少女はなんとか出られないかと、青い顔で打ち付けられた木板の隙間を探している。
その聖少女の行為は、会場から締め出されたクーララカを心配してのことだったのだが……。
それを見たステンテッドは、ニタリと顔を歪める。
テーブルに置いてあった拡声棒をガッと掴むと、
『それでは決勝戦、開始じゃあ! 決して容赦はするんじゃないぞ! 相手が涙どころか糞小便を漏らすまで、徹底的にやるんじゃ!!』
そのかけ声は剣術大会というよりも、完全にケンカのはじまり。
いいや、合戦の合図であった。
ステンテッドは興奮のあまり、拡声棒を軍配のように振り上げている。
しかし振り下ろした瞬間、手をすべらせて拡声棒は地面に叩きつけられていた。
……ドガッシャァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーンッ!!
衝撃音が、戦いの咆号のように会場を揺らす。
この手のことには順応性の高い勇者軍は、
「うおおおおおおーーーーーーーーーーーーっ!!」
さっそく蛮声とともに進軍を開始した。
『厄災四天王ジュニア』たちはなんと、父親を馬がわりに跨がって突撃。
しかしその馬はとんでもない駄馬だったので、歩いたほうがよっぽど早かった。
声の勇ましさとは裏腹に、ノロノロと向かってくる勇者の卵たちの軍団。
対する野良犬軍は、デスゲームに放り込まれたようにアタフタしていたが、
「みなさん、おちついて。いまから私の言うことをよく聞いてください」
とゴルドくんの着ぐるみ姿のゴルドウルフに言われて、みな彼に注目した。
「通常の試合形式と同じように、1対1の戦いに持ち込みましょう。
先鋒のココントさんは、相手の先鋒であるファイヤーヘッドJr.さんを。
次鋒のポインポンさんは、相手の次鋒であるサンダーヘッドJr.さんを。
といった具合に、自分と同じオーダーの相手を狙い撃ちしてください。
そうすれば自然と、1対1の戦いになります。
私はボンクラーノさんを押さえ込みますが、同時に不測の事態に備えてみなさんの援護をします」
それはさらりと言ってのけられたので、みな思わず納得しそうになる。
しかしシャルルンロットが、
「ちょ……ちょっと待ちなさいよ! アンタひとりでボンクラーノと戦うつもりなの!? それにアンタ、武器はどうするの!? まさか素手でやりあうつもり!?」
そう問い詰められたゴルドくんは、ぽってりした身体をまさぐる。
すると手品のようにいつの間にか、武器が現れていた。
しかしその武器は、なんと……。
『ゴルドくんマジックハンド』……!?
スラムドッグマートで売っている、ただのオモチャであった……!
「ふっ……ふざけんじゃないわよっ!? そんなので、あのとんでもない居合い斬りに勝てるわけないじゃない! 剣術をバカにしてんの!?」
「ここにも脳筋がいるのん」と横からツッコミが入るが、黙殺される。
ゴルドくんは大きな頭をふるふると左右に振った。
「いいえ、剣術をバカにしているのはボンクラーノさんのほうです。私のことは心配しないでください。それよりも、今回の勝負の鍵を握っているのはバーンナップさんです」
ゴルドくんはシャルルンロットに顔を向ける。
それは着ぐるみのひょうきん顔で、声も調子外れの甲高いものであったが、漂うオーラはシリアスであった。
「今回の変則式の決勝戦は、相手を全員戦闘不能にしたほうが勝利となります。でもシャルルンロットさんとバーンナップさんの大将どうしの戦いが、結果のすべてと言ってもよいでしょう。それだけバーンナップさんだけは、『別格』……。腕前、装備ともに『本物』といっていいでしょう。実力的にもシャルルンロットさんより上です」
強気な少女は、「そんなわけ……!」と言い返そうとしたが、縫い付けられた黒い眼に見据えられ、言葉が引っ込んでしまう。
「でも、私が教えた『チャルカンブレード破り』があれば、勝てる可能性があります。練習ではうまくいきましたが、この技は本番ではまったく違うものとなります。なぜならば、これだけ多くの人が見ている中で、剣士としてのプライドを捨て去らなくてはいけないからです」
『……それだけの覚悟が、シャルルンロットさんにはありますか?』
それはとてつもなく重い言葉として、少女の中に響く。
並の人間ならそれだけで尻尾を巻いて逃げそうであったが、彼女は違う。
少女は青い瞳をしていた。
しかし一瞬だけ、魔狼の金色が混ざり合ったかのように、緑色に輝いたように見えた。
「わ……私を誰だと思っているの!? 世界最高の騎士団『わんわん騎士団』、団長……!
シャルルンロット・ナイツ・オブ・ザ・ラウンドセブン……!
ゆくゆくは、
シャルルンロット・ナイツ・オブ・ザ・ラウンドワン……!
いいえ、
シャルルンロット・ナイツ・オブ・ザ・ラウンドワンワン……!
世界最強の騎士になる女なんだからねっ!
……最高の騎士のすべきことは、ただひとつ……!
代々に渡って、王家を支えることっ……!
それは、愛する人を見つけ、子を産み、騎士として育み……!
家族ともども、君主に仕えること……!
そう、騎士道とは……!
君主のために、戦場で誇り高く死ぬことではなく……!
戦場の地を這いつくばってでも、生き延び……!
愛する人たちの元へと、戻ることっ……!
戦場の土を食らうことにくらべたら、こんな板張りの床を舐めるなんて、屁でもないわよっ……!!」
その団長の叫びは、会場じゅうに響き渡っていた。
しん、と静まり返る客席。
「うおー」という勇者の雄叫びはなおも続いていたが、ハダカの中年オヤジに跨がっているというビジュアルから、とてつもなくマヌケに映る。
もはや野良犬軍は、敵をちらとも見ていない。
一致団結するかのように、ゴルドくんのまわりに集まっている。
「……わかりました。それだけの覚悟があるのでしたら、もう私からは何も言うことはありません。いままでの練習の成果を、思う存分振るってください」
「おおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
子供たちは拳を突き上げ、遠吠えのような鬨の声を轟かせた。
両軍はついに激突。
小学生の剣術大会とは思えないほどの熱気が会場を包み込む。
観客の誰もが期待していた。
今度こそはきっと、ガチのマジの『試合』、ともすれば『死合』が見られることを。
しかし事態は、風雲急を告げる。
いいや現場は、茶番急を告げる。
とんでもない事実が発覚したのだ……!
次回、いよいよ今章のファイナルざまぁです!





