50 よっつの弁当
『聖女弁当』といえば、勇者界隈では知らぬものがいない有名料理のひとつ。
ホーリードール家の聖女たちが作った料理は、勇者に大いなる力を与えるとされている。
しかし実際にそれを口にしたものは、勇者のなかにはひとりとしていない。
もちろん、あのゴッドスマイルですらも。
その神の舌先にも乗ったことのない、女神の弁当が……。
ボンクラーノをはじめとする、『厄災四天王ジュニア』の前に……。
今まさに、もたらされたのだ……!
しかし勇者たちは、半信半疑であった。
なぜならばその弁当は、あきらかに正常のものとは思えない匂いを放っていたから。
腐りかけの残飯を綺麗に盛り付けたらこんな感じになるだろうな、という見目をしていたから。
「ほ……本当にこれが、ホーリードール家の聖女たちが作った弁当なのかボン?」
それは、思考力ゼロの、あのクソ坊ちゃんですら思いとどまらせるほどに、『異質』であったのだ。
しかしシュル・ボンコスは、いつにない得意満面で言った。
「しゅるしゅる、こちらをご覧ください。これこそが何よりの証拠でございます……!」
高級料理店のギャルソンのごとく、うやうやしく示された先には……。
変色した梅干しでデカデカと、『マザー』『プリムラ』『パインパック』の文字が……!
しかも、ハート付きっ……!?
「おっ……おおおおおーーーーーーーーーっ!!」
と同時にハモる、ボンクラーノと厄災四天王ジュニア。
単細胞生物である彼らは、それだけで信じ込んでしまった。
「ゴッドスマイル様ですら口にしたことのない弁当が、手に入るとは……! でっ……! でかしたボン! シュル・ボンコス! さっそく真写におさめるボンっ!」
勇者たちは喜々として、弁当をバックに記念撮影をはじめる。
そしていよいよ『聖女弁当』に舌鼓を打つ。
それは『打ち鳴らす』と言ってもよいほど、激しいものであった。
「もぐっ! むしゃ! うぐうっ……!? す……すっぱいボン……! で、でも、すっぱいものは、身体にいいんだボンっ!」
青い顔をしながらも、無理やり飲み下すボンクラーノ。
「ぐっ……! な、なんだこりゃ、まっずぅ……!」
「ふぁ、ファイヤーヘッド! お、お前は普段、ロクなものを食べていないんだな! 本当に高級な料理は、こんな風に熟成されてるんだよっ!」
「そっ、そうそう……! こ、この骨だけの魚を見てみろ! この無駄のないフォルム!」
「ぐっ、ぐぅぅっ! これで俺は、オヤジを完全に越えたっ……!」
厄災四天王ジュニアも負けじと、弁当を食らい尽くす。
食べるところなどほとんどない肉や魚は、骨ごと丸呑みしていた。
足元で這いつくばっていた厄災四天王たちは、息子の足元にすがりつく。
「わっ、ワシにも、ひ、ひと口……! ひと口……! ひと口、分けてくださいぃぃ……!」
「そっ……! そうです! 『聖女弁当』を食べるのは、ワシの夢だったんじゃ!」
「そっ、それに……! 一口でも食べられれば、大いなる功績となる……!」
「堕天は避けられるかもしれんのです! どうか、どうかぁぁぁ!」
しかし、うっとおしいと蹴り上げられ、「キャイン!」と飛び上がるオヤジたち。
「うっせぇーなぁ、犬みたいにねだってみろよ!」
「そうそう! そしたらくれてやってもいいぜ!」
実の息子たちに言われ、オヤジたちは一斉に犬の真似をはじめる。
「わっ……ワンワン!」「きゅーんきゅーん!」「はっはっはっはっ!」「わぉぉーーーーんっ!」
するとジュニアのひとりが、弁当の中に入っていたリンゴの皮をつまむと、部屋の隅に放り投げた。
一斉に皮に向かって飛びかかる、イヌオヤジたち。
「こっ……このぉ! この皮は、ご主人様がワシにお恵みくださったんじゃ!」
「いいやっ、このワシじゃ! お前らみたいな駄犬に、『聖女弁当』なんかもったいないわっ!」
「だっ……『駄犬』じゃとぉ!? このワシが、あのオッサンと同じだというのかっ!?」
「それだけは聞き捨てならんっ! このワシにも、プライドというものがあるんじゃっ!」
祭り、みたびっ……!
ギャフベロハギャベバブジョハバ !!
それはもう祭りを通り越し、『地獄絵図』といってよかった。
勇者たちが腐った弁当を、窒息寸前の青い顔で頬張り、その足元ではハダカのオヤジたちが取っ組み合いをしている。
少し離れた所では、椅子に座ったフォンティーヌが、震えながら弁当を食べていた。
「うっ……! うっ……! うううっ……! わたくしは、冥府魔道に堕ちてしまいました……!
盗んだお弁当を、口にしてしまうなど……!
でっ、でも……! 堪えきれなかったのです……!
わたくしは、誰よりも『飢えて』いたのです……!
ああっ、女神ルナリリスよ……!
そして黄金の微笑みをたたえる、全知全能の、あの方よ……!
わたくしに、罪を……!
どうか、どうか、このわたくしを、断罪くださいっ……!」
えぐえぐと泣くお嬢様の隣では、バーンナップが無表情で、しゃりしゃりとリンゴを囓っている。
これは『聖女弁当』に入っていたものではなく、持参したものである。
少女だけは、たとえどんなごちそうであっても、口にすることはなかった。
不倶戴天の敵である、ホーリードール家の弁当であれば、なおのことである。
しかし、少女は知らなかった。
いや、彼女の主である、お嬢様も……。
そして地獄絵図を繰り広げている勇者も、その様を見つめている者たちも、誰ひとりとして。
この弁当は、清らかな乙女たちによるもではない。
彼女たちが、しなやかな指先でしめやかに、真心と愛情を込めて作った『聖女弁当』などでは、断じてないのだ。
ただの、オッサン……!
オッサンが梅干しをハート型に並べている姿など想像したくもないが、とにかくそうなのだ。
彼が路地裏で拾ったものを、手も洗わずに弁当箱に詰めただけのもの。
天使の眼光によって選別された残飯を、悪魔のような異形の手で……。
破邪の思いとともに、込められたもの……!
そう、『復讐弁当』っ……!!
……そう表現すると、口にしただけで昇天しそうではあるが……。
この弁当に、特別な仕掛けはなかった。
ただの『残飯を使った弁当』に過ぎない。
なぜ、何の仕掛けもなされていないのかというと……。
その必要はない、と判断されたからだ。
ちなみにではあるが、ステンテッドはこの弁当を口にしていない。
というか、ボンクラーノたちがいま何を食べているのかも知らない
なぜならば彼は今大会の総責任者でもあるので、不正を疑われることを避けるために、ボンクラーノたちとの接触は避けていたから。
もし彼が、シュル・ボンコスが『聖女弁当』を調達したことを知っていたら、躍起になっていたことだろう。
しかし……ステンテッドはその、ライバルの手柄をまだ知らない。
我関せずといった様子で、コミッショナー室で弁当を食べていた。
いや、食べさせてもらっていた。
愛人として囲っている聖女から、愛情たっぷりの弁当……。
その名も『偽りの愛情弁当』を……!





