49 昼休憩
勇者主催の剣術大会に、茶番はつきもの。
いやむしろ、勇者の行くところに茶番あり、といっても過言ではない。
しかし今回の茶番は度を越している。
スーパークソ茶番であった……!
しかしいよいよ、『本番』がやってくる。
決勝のチームは静まり返った場内で揃い踏みし、睨み合いの火花を散らしていた。
いよいよ最後の戦いの火蓋が、今度こそ本当に、切られようとしていた……!
が、その前に……。
せっかくの決戦ムードを台無しにするように、またしても例のアレが割り込んできた。
『あーあー、おっほんっ! これより昼食休憩に入る!
各人、好きなように昼食を取るように!
ただし、観覧者の弁当持ち込みは禁じられておる!
かならず、ゴージャスマートの売店で弁当を買って食べるように!
もしコッソリ持ち込みの弁当を食べるヤツがいたら、即刻叩き出してやるからな!
それと、大会参加者についてはその逆で、事前に検査を受けた持ち込み弁当のみを食べるように!
売店の利用は失格となるから、注意するようにな!
そして決勝開始は2時間後!
遅れた者は失格とみなすから、遅れぬように!
それでは、解散っ!!』
威張りくさったアナウンスとともに、昼食休憩とあいなった。
ちなみにではあるが、大会参加者が持ち込んだもの以外を飲食してはいけないのは、不正防止のため。
なかには飲み物や弁当にポーションを混ぜてドーピングしようとする者がいるので、それを防ぐためである。
逆に、観客の弁当の持ち込みが禁止されているのは、商売のため。
単純に、大勢の客に高い弁当を売りつけようという、汚い商魂でしかなかった。
せっかくの決勝ムードに水をさされ、観客たちは不満たらたらで。
しかし野良犬軍団にとっては、これは助け船であった。
なぜならば、『防護班』であるグラスパリーンが、空腹のため限界だったから。
彼女は知ってのとおり、『お腹が空くと力が出ない』タイプだったのだ。
参加選手である少女たちは、連れ立って控室に戻っていたのだが、グラスパリーンは空腹で立つこともできなくなっていたので、オッサンがお姫様だっこをして運んでいた。
ちなみにオッサンは朝からずっと『ゴルドくん』の着ぐるみを着ており、応援団長的役割を務めている。
ゴルドくんの腕の中で、本来は誰よりもしっかりしていなくてはならないはずの、顧問の少女は喘いでいた。
「はひぃ、はひぃぃ……。すっ……すみませぇん……」
「アンタ今日、ほとんど何もやってないでしょうが。それなのになんでこんなにフラフラになってんのよ」
「なにもしてなくても……おなかはすくんですぅ……」
「この前、いっしょに冒険に行ったグラスストーンは小食で、何も食べなくても平気な顔してたわよ? まったく、姉妹とはいえ大違いねぇ」
「す……ストーンちゃんは、幼いころから私にごはんを分けてくれて……。それで、あんまり食べなくても平気になったって、言ってましたぁ……」
「なあに、アンタ妹のごはんまで食べたの!?」
「ここにいるのは、グラスストーンからグラスストーンらしさを引いたような女のん」
そんな少女たちを待ち構えていたのは、信じがたい現実であった。
特に、グラスパリーンにとっては。
なんと、控室のテーブルの上に置いていたはずの弁当が、容器ごと、きれいさっぱりなくなっていたのだ……!
「あらあら、まあまあ!? お弁当、たしかにここに置いておいたのに!」
「どなたかが、持っていってしまわれたんでしょうか?」
「いや、誰かが盗んだのよ! アタシたちに嫌がらせするために!」
「わうっ!? でもこのお部屋には、鍵がかかっていたはずなのです!」
「うーん、窓は閉まってるし、鍵が壊された形跡はない……。ってことは、鍵を開けて入ったってことね」
「鍵は、我々のなかでは『指揮官』しか持っていないのん」
「なにっ!? 私を疑うというのか!? 私はたしかに一度、この控室に戻ってきた! それは『スペシャルマッチ』の前だったが、その時はたしかに、弁当はあったぞ!」
「み……みなさん、犯人探しをしている場合ではありません! それよりも、グラスパリーンさんが今にもお亡くなりになりそうです!」
「燃費悪すぎのん」
「あらあら、まあまあ! ママ、大急ぎでお家に戻って、お弁当を作ってくるわ!」
「そんなの間に合うわけないでしょうが! 悔しいけど、売店でなにか買うしか……!」
わたわたする女性陣。
これまでは何があってもずっと、見守る立場を貫いてきたある人物が、ついに動いた。
「みなさん、落ち着いてください。外部からの飲食物の持ち込みは、今大会のルールとして禁止されています」
「じゃあ、どうしろっていうのよ!? 腹ペコのまま戦えっていうの!?」
「いいえ、そうではありません」
その人物は、荷物置き場となっている部屋の隅へと歩いていく。
そしてひときわおおきなリュックから、何かを取り出した。
「弁当なら、ここにあります」
それはなんと、野良犬印の弁当箱……!
「もしやと思って家を出るとき、馬車の荷物にあった弁当を、私が作ったものと入れ替えておいたんです」
「わっ……! わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
オッサンは歓声と柔肉に包まれた。
そして訪れる、幸せなランチタイム。
「うん、悪くないじゃない! アタシの舌をそこそこ納得させる、数少ない弁当だわ!」
「わうっ! めがみさまのおべんとうは、いつもさいこうなのです!」
「おいひい、おいひい、おいひいれふぅ~!」
「なにを食べても同じことしか言わないのん」
「おかしいと思ったのだ! マザーの弁当にしては、アレは異様すぎたからな!」
「あら? お姉ちゃん、なんだか元気がないようですけど……」
「だってママたちのお弁当がナイナイしちゃうかわりに、ゴルちゃんのお弁当がナイナイしちゃったんでしょ!? ああんっ! ママ、ゴルちゃんのお弁当のほうがよかったのにぃ!」
マザーとプリムラが早起きして作った弁当は、マザー以外には大好評。
ちょうどその頃、ボンクラーノたちも控室に戻っていた。
そして彼らにも、信じがたい現実が待ち構えていた。
特に、ボンクラーノをはじめとする、勇者たちにとっては。
豪華さとは程遠く、また華やかさとも程遠い、ほぼ灰一色の弁当が、ずらりと並んでいたのだ……!
「こっ……これは……!? なんなんだボンっ!?」
「しゅるしゅる、ふしゅるるる。聞いて驚かないでください。これはマザー・リインカーネーション様と、プリムラ様がお作りになった弁当です。しゅるが合鍵を使って控室に忍び込み、盗み出してまいりました。これを食べれば、ボンクラーノ様の勝利はさらに揺るぎないものとなるでしょう」
ホーリードール家の弁当を食べると、まるでポーションを飲んだかのようにパワーアップする。
しかも実際にポーションを混ぜているわけではないので、持ち込み検査にも引っかからないときている。
いわばこれは、合法ドーピング……!
そしてこれこそが、シュル・ボンコスが抱いていた、最後の懸案。
ないないずくしの野良犬軍に唯一あり、ありあまるほどの勇者軍には絶対ない、予測不能のジョーカー。
それが、『聖女弁当』っ……!
ならばそれを奪ってしまえばよいと考えたのだ。
そう、野良犬軍が『聖女弁当』が食べられないとなると、さらなるパワーダウンは避けられない。
そして勇者軍が『聖女弁当』を口にできれば、さらなるパワーアップが見込める……!
敵軍をサゲると同時に、自軍をアゲられる、一石二鳥の妙案だったのだ……!
……もちろんその弁当が、『本物』であるならばの話なのだが。





