07 B作戦、その2
『ゴージャスマート杯 小学生対抗剣術大会 ルタンベスタ代表選抜』の日程が半分ほど消化され、昼食休憩となった頃。
アントレアの街のはずれにある廃屋に、藁を山盛りに積んだ荷車が運び込まれた。
風通しの良すぎる家の中では、夏の海のような鮮やかなローブがたなびいている。
全身を包み隠すように、フードまで目深に被った男。
目立ちたいのか目立ちたくないのか、よくわからない格好の彼は藁の中をあらためていた。
普段は藁など触ることもないのか、顔をしかめながら棒でかきわけていくと、底のあたりには口を縛られた大きな麻袋が。
しかも中身は生きているようで、差し込んだ光に反応するように、むーむーとくぐもった声をあげ、芋虫のようにのたうちはじめる。
ローブ男の隣で覗き込んでいた、ごわごわの毛皮を一枚羽織っただけの小男が息を荒くしながら尋ねてきた。
「だ、ダイヤモンドリッチネルの旦那、これが本当に、あの聖女のプリムラ様なんですかい?」
ローブ男は答えのかわりに、青い袖を荒波のように翻した。
手にしている棒で、小男の鼻っ面をゴツンと叩く。
「いでえっ!?」
「いでえじゃねぇよ、バーカ。名前を呼ぶなっつってんだろ。聞かれたらどうすんの」
「す、すいやせん!」
「んじゃ、この女はお前らに預けっから。今日の夕方にでも解放してやって。だけど、手ェ出しちゃダメだよ? ボスにもよく言っといて。あとお前クセェから、風呂くらい入れよ」
「へ……へいっ! んじゃ、失礼しやす!」
鼻が曲がるような臭気を放つ小男は、いそいそと荷車を受け取る。
またとないお宝が労せずして手にはいったのが嬉しいのか、垢まみれの頬を赤く染めながら、そそくさと廃屋から走り出ていった。
ただでさえ矮小な背中が、豆粒のように小さくなっていくのを見送っていると、背後からささやかな声がした。
「……あれで、よろしかったのでしょうか?」
振り返ると、朽ちかけた柱の向こうで、山賊に怯える村娘のような少女が顔を出していた。
青いローブの男……ダイヤモンドリッチネルは彼女の心情を察し、やさしく声をかける。
「ああ、ありがとね、リンシラちゃん。プリムラをうまいことおびき出してくれて助かったよ。さすが同じ聖女だけあるね」
「いいえ、大したことはしておりません。私の祈りでは手に負えない怪我の子供がいるので、助けてくださいとお願いしましたら、プリムラ様はすぐについて来てくださいましたから」
おずおずと姿を表した白いローブの少女は、自分のしたことが本当に良かったのか、迷っているようだった。
「あの……私は、ダイ……あなた様がなされる事は、すべて正義……すべてが正しいと信じております。それに、あなた様のお力になりたいと常々思っておりましたから、この私にご命令いただけたのは、大変な名誉なのですが……プリムラ様を、どうなさるおつもりなのですか?」
「ああ、ちょっとの間だけこの街から離れてもらうだけだよ。連れてったのはちびっとヤンチャなヤツらだけどね」
「そうなのですか、でしたらプリムラ様に危害が及ぶことはないのですね。でも、少しだけ心配です」
……捨てたはずの名前を、再び拾い上げたリンシラ。
学校で習ったこと以外は何も知らないような素振りと、人さらいに加担してしまったことに呵責を感じているような逡巡を見せている。
しかし、裏社会では絶対無比の牝犬と呼ばれる彼女が、知らないわけがなかった。
プリムラを連れて行ったのは、『ゲット・セット・バット』の下っ端。
全世界に支部を展開している極悪集団である。
聖女が、しかも名家の『ホーリードール家』の次女が行方不明になったとなると、近隣の衛兵が総動員されて捜索が行われるのは間違いない。
そのへんのチンピラに拐わせていては、すぐに見つかってしまう……ダイヤモンドリッチネルはそう考えて、ワルとして名高い集団にプリムラを預けたのだ。
ダイヤモンドリッチネルにとって、これは苦渋の選択でもあった。
街のチンピラであれば自分の制御下にあるので、彼が「手を出すな」と言えばプリムラは無傷で保管されていたことだろう。
しかし……極悪集団相手には、勇者と言えど及ぶ力は限られてくる。
権天級程度ならば、なおさらだ。
ダイヤモンドリッチネルからの「手を出すな」という言葉は、女であれば集団で穢してもよい、男であれば五感のいくつか、または身体の部位のいくつかは奪ってよい、と解釈される。
最悪、その複数が、「遊び感覚」でプリムラに降りかかることもあるのだ……!
フードを外し、さらに派手なブルーを露出させたダイヤモンドリッチネル。
サラサラヘアーをかきあげながら、少し残念そうにひとりごちる。
「……あーあ、せっかく俺のハーレムに入れようと思ってたのに……。あんなホームレスどもの中古にさせられたんじゃ、もう使いモンにならないよねぇ……」
「えっ? 中古? 中古がどうかなさいましたか?」
「なんでもありませーん! キャハッ!」
顔も性格もなんか似てっから、かわりにコイツでもいっか、と思いながら、純白のローブを抱き寄せた。
「……それよかさ、昇進パーリーやりなおそっか! ちょーど導勇者と仕事でいっしょになったんだよねー! ロリコンのキモいオッサンなんだけどさ、名前は知れてってから、ガキでも一匹あてがって、上の勇者のツテを作れないかなーと思って! リンシラちゃん、小学生の聖女の知り合いいるっしょ!? ちょっと声かけてみてくんないかなぁー? キャハハハハッ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ダイヤモンドリッチネルがコミッショナー室に戻ったのは、昼休憩も終わりにさしかかった頃だった。
「うぇーい、タダイマー。こっちは終わったよー」
歩きながら、食べていたチーズドッグの最後の一口を頬張る。
アントレアの街でも有名な、行列のできるホットドッグ屋に、勇者権限で割り込んで買ったものだ。
ミッドナイトシャッフラーも、テーブルの上に広げた豪華なランチをちょうど食べ終えたところだった。
ナプキンで口を拭いながら応える。
「……ちゃんと、街の外に連れ去ったノン?」
「ダーイジョウブだって! それよかそっちはどーなん?」
「こっちも抜かりはないノン。四回戦目と五回戦目で当たるチームに、不意打ちを含めてきたノン」
「へぇ、バッチリじゃん。でもさぁー、コッチの仕事はいつでも切り捨てられる雑魚ばっかだけど、ソッチの仕事は勇者小学校の生徒を使ったんだよねぇ? ソレって大丈夫なのぉ? ……キャハッ!」
「フン、それで私の弱味を握ったつもりかノン。そんなヘマをこの私がするわけないノン」
「ええーっ? だって勇者の卵たちに、反則を指示したんだよねぇ? ソレが『勇者教育委員会』にバレたら、ヤバいんじゃないんですかぁ? 導勇者サマぁ? キャハハッ!」
「私が指示したのは、家柄もカネもない、庶民の生徒たちだノン。どうせ孵ることのない、腐った卵……。勇者としての将来なんて、はじめから無い者たちだノン。自分が家畜であることも理解できず、なんとかして人間の世界に潜り込もうと必死な豚なんだノン。でもそんな強欲な豚こそ、操るのはたやすいノン……。勇者中学への推薦をチラつかせたら、喜んでしっぽを振ったノン」
「なーんだぁ、させる相手はちゃんと選んでるってわけかぁ。ツマンネ」
「そういうことだノン。そんなことよりも、キミのもうひとつの仕事……野良犬に手紙は送ったノン?」
「ああ、ちゃんとチンピラどもに渡すよう指示したよ。でもさぁ、やる意味あるぅ? プリムラをさらうのはわかるんだけどさぁ。野良犬まで追っ払うことないじゃん。どーせなら、ヤツに自分のチームが負けるところを見せつけてやったほうが、ザマアミロじゃね?」
「……もう、これ以上は耐えられないノン!」
「はっ?」
「未来の我が第1夫人が、これ以上、あの薄汚い野良犬に抱かれているのを見るのは我慢ならないノンっ!」
「……なんだ、顧問のセンセーから離したかっただけかよ。ったく、あんなちびっこメガネ、どこがいいんだか」
ダイヤモンドリッチネルとミッドナイトシャッフルが企てた作戦はこうだ。
四回戦開始前の休憩時間に、リンシラがプリムラを誘いだし、身柄をさらう。
それと同時に、『スラマチーム』が四回戦と五回戦で当たる勇者学校の生徒に、ミッドナイトシャッフラーが不意打ちを指示する。
『スラマチーム』の選手は10人。
四回戦目で最初の不意打ちを行い、まず5人を負傷させる。
作戦決行をした勇者チームは反則負けとなり、『スラマチーム』は五回戦へと進出する。
一時的に塩を送る形となってしまうが、五回戦目で再び別チームからの不意打ちを行えば……。
そうすれば、『スラマチーム』の選手は全滅。
次に控えた決勝戦に勝ち上がったとしても、参加できる選手は残っていない。
救護要員の聖女は連れ去られた後なので、治癒もできない。
大会側の救護班に頼った場合、失格が確定。
治癒をせず、負傷をおして決勝に臨んだところで、相手は高校生で構成された、ニセ小学生軍団……!
まともにやったところで、勝てるはずもない。
手負いの状態であるならば、なおさら……。
惨敗……!
嬲り殺し……!
……その破滅的邪悪な企みとは別に、この作戦の本筋とは関係ない、ある行為が行われた。
そう、ゴルドウルフへの脅迫文である。
聖女を返してほしくば、大会終了までチームから去れ、と……!
作戦を企てたダイヤモンドリッチネルは、ゴルドウルフがいようがいまいがどうでもいいと思っていた。
あのオッサンは女教師のそばについているだけで、チームに何の貢献もしていないと思っていたからだ。
単純に、ミッドナイトシャッフルのヤキモチを解消するために行われた、彼にとっては特に意味を持たない行為……。
嗚呼……!
彼は……いや、彼らはまだ、わかっていないのだ……!
あのオッサンに、手垢にまみれた手紙を渡す。
それは真犯人が警察犬の顔に、愛用のハンカチを被せるようなもの。
今すぐ捕まえて牢獄にブチこんでくれと、自ら頼むような自殺行為であるというのに……!
しかも、番犬とも違う。
彼は秩序という名の鎖に繋がれた、権力の眷属ではない。
その名は、金狼……!
たとえ便所に隠れていてもやって来て、便器に顔を突っ込ませて息の根を止める、超法規の一匹狼なのだ……!
「邪悪」に「イービル」のルビって正しいかどうかわからないのですが、語感がいいので採用しました。
あと、次回からはいよいよゴルドウルフが動き出し、お話も一気に佳境に入ります!
がんばって書いてまいりますので、応援していただけると嬉しいです!
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