43 改めてライバル
剣術道場に現れたのは、他でもない、フォンティーヌとバーンナップであった。
「こんにちは、プリムラさん。今日はご挨拶に参じましたの。はいこれ、差し入れのお菓子ですわ」
フォンティーヌが目で合図すると、後ろに控えていたバーンナップが、花かごに山盛りになったマドレーヌをどすんと置く。
「あらあら、まあまあ! フォンティーヌちゃん、お久しぶりねぇ!」
マザーはまっさきに抱きつこうとしたが、間にバーンナップが割って入る。
小柄ながらも鋭い目つきで、狼藉者を睨みつけた。
常人ならば身体がすくんでしまうような眼光であったが、虎ですら手懐ける大聖女には通用しない。
「あらあら、あなたがバーンナップちゃんね! はじめまして、私がママよ!」
「なっ……!? むぎゅっ!?」
まるで取り込まれるように抱き寄せられて、バタバタもがくバーンナップ。
しかしフォンティーヌが見据えているのはただひとり、プリムラであった。
以前よりもさらに増したお嬢様の圧倒的なオーラに、プリムラはさっそく気圧されている。
「こ、こんにちは、フォンティーヌさん。わざわざご足労くださってありがとうございます。あの……それで、ご挨拶というのは……?」
「わたくしは改めて、プリムラさんのライバルとなりましたの。隠しておくのはフェアではないと思いまして、こうしてお知らせに参ったのです」
「えっ? 改めて……? ライバル……?」
フォンティーヌに対して敵意のまったくない、というか誰にたいしても敵意を抱かないプリムラは、キョトンとするばかり。
「もうじき行なわれる小学生剣術大会で、わたくしはマナシールドを張る顧問として、バーンナップは選手として参加にするこになりましたの」
「あっ、そうだったんですね」
「お伝えしたいのはそれだけではありませんの。今回の大会にルール改正が施されたので、それをお伝えにまいったのです」
プリムラは丁寧に相づちを打とうとしたが、フォンティーヌが突き出してきた拳によって遮られてしまった。
お嬢様は挑戦的な笑みを浮かべ、ピッとひとさし指を立てる。
「まずひとつめ。魔法練成のなされた武器の……いわゆる『マジック・ウエポン』の全面解禁。いままでは補助系の魔法練成のみが認可されておりましたが、今回からは攻撃系の魔法練成も認められるようになったんですの」
攻撃系の魔法練成の武器が解禁されたということは、それだけ剣技の威力が増すということ。
マナシールドがあってもケガをする可能性が増えるかもしれない。
それは小学生の大会にはあるまじき改悪であった。
プリムラが「そんな」と言うよりも早く、お嬢様の中指が問答無用とばかりに立った。
「そしてふたつめ。大人をひとりまで選手として参加させてもよい、というものですわ」
こちらは、さらに信じがたい改悪であった。
なぜならば大人がひとりでも参加した時点で、『小学生剣術大会』ではなくなってしまう。
それ以上に、空気の読めない勇者などが参加した日には、下手をすると死者が出てしまうかもしれない。
「ええっ……!?」
これに驚いたのはプリムラだけではなかった。
背後にいた子供たちが、どやどやと押し寄せる。
真っ先に詰め寄ったのは、やはりシャルルンロットであった。
「ちょっと、それ、どういうことなのよっ!?」
「どうもこうもありませんわ。わたくしが大会本部と交渉して、ルールを変えさせたのです」
「なんでそんなことすんのよっ!? マジック・ウエポンの解禁はともかく、小学生の大会に大人がしゃしゃり出てくるだなんて、おかしいでしょ!?」
「あら、わたくしに仕えているバーンナップは、あなたたちと同い年くらいですけれど……。大人の4人や5人、ひと太刀で沈めてしまいますわよ? ねぇ、バーンナップ?」
なおも抱きすくめられているバーンナップは、「ふぎゅ!」と答える。
お嬢様はずっとプリムラを見つめていたが、ここで初めて、ちろりとシャルルンロットに流し目を向けた。
「そんなバーンナップを相手にするのが怖ければ、棄権なさってはいかが? あなた方は、面汚しの聖女従騎とチャンバラごっこで遊んでいるのがお似合いですわ」
いつもであれば、道場にはクーララカがいて、剣術指導をしているのだが……。
今日は偶然仕事が重なり、ここにはいなかった。
しかしクーララカ以上に負けず嫌いのシャルルンロットが、こう言われて黙って引き下がるわけがない。
「ふざけんじゃないわよっ! バーンナップだかクリーンナップだか知らないけど、アタシがあんなちびっ子に負けるわけないでしょっ!? 大会まで待つ必要は無いわ! いますぐアタシと勝負なさいっ!!」
……これはもちろん、お嬢様の作戦である。
練習しているところを押しかけていって、挑発してやれば、きっと練習試合という流れになる。
プリムラや仲間たちは、大会前にケガしたらどうするのだと止めたのだが、シャルルンロットは聞くはずもかった。
たしかに、いままでの勇者のパターンで考えると……。
ここで卑怯な手を使って、シャルルンロットにケガをさせようと目論んでいただろう。
しかし、お嬢様は違った。
ここで圧倒的な実力差を見せつけることで、スラムドッグマート代表の子供たちの戦意を喪失させようとしていた。
そう……!
彼女は実力で、シャルルンロットのキバをへし折ろうとしていたのだ……!
そしてついに、シャルルンロットとバーンナップの、1対1の試合が行なわれる。
マナシールドを張るのは、シャルルンロット側はグラスパリーン、バーンナップ側はフォンティーヌ。
両陣営の実力の差は、開始数秒で明白となった。
「アン・ドゥ・トロワ!」
フォンティーヌが得意とする『トロワシールド』に、いきなり度肝を抜かれる一同。
「三重のマナシールドのん」
「わうっ!? みっつのマナシールドなんて、はじめて見たのです!」
シャルルンロットも一瞬ひるんでいたいが、クッと唇を噛むと、
「は……ハッタリよ! どうせ、ひとつひとつが金魚すくいのモナカみたいに弱いんでしょう!?」
ゴルドウルフ特製のロングナイフを引き抜き、挑みかかっていく。
バーンナップは構えを取ろうともせず、棒立ちのままだった。





