06 B作戦、その1
シャルルンロットがキャプテンを務める、『スラムドッグマート with ナイツ・オブ・ザ・ラウンドセブン』。
騎士団のようなお揃いの格好が、ひときわ目を引くチームである。
あっという間に四回戦進出を果たしたその強さの秘訣を、導勇者ミッドナイトシャッフルは、『武器』と『マナシールド』と分析していた。
ゴルドウルフが作ったロングナイフは、使い手の熟練度や精神状態によって、威力が変わる魔法錬成が施されており、威力としては勇者たちが使っている剣にひけをとらない。
この事実は勇者の卵である小学生たちに、大きな衝撃を与えた。
なにせ、いつも自分たちが相手にしている上級職学校の生徒たちの剣は、受太刀させただけで一方的にへし折ることができていたからだ。
それより劣る下級職学校の生徒が使う剣など、彼らにとっては木の枝同然。
武器破壊とマナシールド破壊を同時に決め、一撃で屠れるほど弱っちい相手ばかりだったのに、あの騎士たちの剣はびくともしないのだ。
それどころか、選りすぐりの魔道士が張っている勇者たちのマナシールドを、一撃で破壊してくる。
なのに勇者側の攻撃は、いくら当てても黄色にするのがやっとという有様。
そう……ここでもオッサンの見えざる力が働いていたのだ。
ゴルドウルフはカチコチになっているグラスパリーンに常に寄り添い、時には胸に抱き寄せ、心臓の音を聴かせながら試合に臨ませていた。
まるで赤子のような扱いではあるが、女教師はそのおかげで試合中にもパニックにならず、正気を保つことに成功。
しかも精神安定だけに留まらず、ゴルドウルフからの魔力供給も受けていたのだ。
相手チームの大魔道士たちは恐れおののいていた。
こちらの選手である勇者たちはいくら子供とはいえ、使う武器は『ゴージャスマート』で揃えた一流のもの。
そのへんにいる大人の冒険者の武器よりも、攻撃力では上回っているシロモノばかりだ。
その連撃を受けても破れないほどのマナシールドを、たったひとりで張り続けるなんて人間技ではない。
一戦や二戦だけならともかく、ひとつの試合は下手すると五戦負以上あるのに、交代することもなくずっとである。
それは本来、信じがたい強靭な精神力と、膨大な魔力がないと、不可能な所業。
魔道士たちはざわめいた。
あのメガネの女教師、アシスタントっぽいオッサンの腕の中でハムスターみたいに震えているばかりなのに、一体何者なんだ……!? と。
増幅士役であるゴルドウルフには、目もくれずにいた。
そう……! ミッドナイトシャッフルや魔導士たちは、表面ばかりに気を取られ見抜けていなかったのだ。
『わんわん騎士団仔犬軍』たちの、真の強さの秘密を……!
オッサンが、影ながらチームを支えているという事実を……!
彼の暗躍は、武器やマナシールドだけではない。
試合開始直前、ゴルドウルフは自軍の選手を呼び寄せ、そっとささやきかけるのだ。
「今回の相手は、真横への薙ぎ払い斬りによる、一撃必殺を得意とします。本人は『首刈り斬り』と名付けているようですが……。その技を出すときは力を込めるために、一瞬だけ歯を剥いて食いしばります。ですので口元に注目してください。歯が見えた直後に真横への斬りが来ますので、しゃがみこんで軸足である右足を狙ってください。かなり前に踏み出してくるので、そこを二回斬りつければ勝てるでしょう」
……その試合は、スネを思いっきり打ち据えられた対戦相手が、激痛のあまり片足で飛び跳ねながら体育館から出ていくという結果になった。
そのあっけなく情けないやられザマは、会場を爆笑の渦に包んだ。
勝利した小さな騎士には、見事な作戦と腕前だったと、惜しみない拍手が送られた。
会場にいる者たちは誰ひとりとして、影のアドバイザーの存在に気づかない。
あの狙いすましたような見事な二撃は、相手校を長きにわたって研究したうえでの賜物であると思いこんでいた。
まさか開始前のほんのわずかな時間で、口頭によって授けられたものだとは思いもしなかったのだ。
ゴルドウルフがなぜ、そんな的確なアドバイスができたかというと、対戦相手のそれまでの試合を余すことなく観戦していたからだ。
オッサンは尖兵で培った経験から、モンスターのクセを見抜く技術に長けていた。
初めて戦う相手の特徴を、わずかな動きだけで瞬時に見抜き、仲間たちに伝える。
生死のかかった実戦でそれをやってのけていた彼の前で、剣術試合を披露するなど……自分の弱点を大声で叫んでいるようなものだったのだ。
オッサンの前では、素振りひとつしてはならない。
なぜならば、すぐにインプットされてしまうからだ。
それどころか、武器を帯同するのも厳禁。
試合直前に持ち出すのがベストだが、それまでに手を見られてはならない。
手のひらから使う武器がバレてしまうからだ。
さらに身体さばきで察知されてしまうので、歩くのも控えたほうがよい。
魔狼の眼を欺くためには、隠者のように振る舞うのが一番なのだが……。
その重要さに気づく者など、この体育館内には……いや、この世界にはいまだ存在していないのだ。
ダイヤモンドリッチネルとミッドナイトシャックラー。
ふたりの勇者が万全だと思っていた迎撃体勢は、ゴルドウルフにとっては子供の遊びに過ぎなかった。
しかし、彼らは未だに気づいていない……!
かつて自分が捨てたオッサンが、核……!
下級職小学校チームの大黒柱であるということに……!
そして始まる、迷走、暴走、大暴投……!
愚かな勇者たちは急造でB作戦をこしらえ、愚決するに至ったのだ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
導勇者ミッドナイトシャッフラーは、大会会場である体育館から離れた、人気のない林に子供たちを集めていた。
「我が手塩にかけて育てた、愛しき勇者の卵諸君! ここに集まったキミたちに、特別な任務を与えるんだノン!」
少年勇者たちは、かつては自分たちを導いてくれた、偉大なる恩師の一言に色めきたつ。
「特別な任務!? ついに僕たちも任務がいただけるんですね! ぜひ……! ぜひやらせてください! ミッドナイトシャッフラー大先生っ!」
憧れの三日月のように、澄みきった瞳いっぱいにナスビ顔を映す少年たち。
ミッドナイトシャッフラーは翼のように両手を広げ、彼らを迎え入れる。
「その一言を待っていたんだノン! まさにキミたちは、私が見込んだとおりの美しき心を持っているようだノン! さあ、正しき力の遂行者として、この剣を取るんだノン!」
女神の神器のように、丁重に手渡されたその剣は……ただの鉄の棒だった。
「大先生。次の試合で、この剣……? を使えとおっしゃるのですか?」
「そうだノン! 斬りつける剣では鎖帷子ごしではダメージが軽減してしまうノン! なので頭を殴打するノン!」
「でも、お言葉ですが大先生! 下級魔法であるマナシールド相手には、斬撃も打撃も変わらないはずでは? それに剣術大会は、相手の身体にダメージを与えることが目的ではないと思うのですが……!?」
ある少年の抗議は、目の前にピン! と立てられたひとさし指によって遮られた。
それが豪雨を拭うワイパーのように、激しく左右に動きだす。
「ノン! ノンノーンッ! 誰が試合中だと言ったノン! やるのは試合前……最初の挨拶が終わったあと、背を向けたガキどもに向かって、一斉にガツーンとやるんだノン!」
「ええっ!? 不意打ちをしろとおっしゃるのですか!?」
勇者の卵たちは、殻を破ったら蛇がいたような、己の耳目を疑うような声をあげた。
「だ、大先生っ! それは完全にルール違反です! 反則負けになってしまいます! それに後頭部を鉄棒で殴るだなんて、相手がどうなってしまうか……!」
どよめく雛たち。
真っ先に異論を唱えた少年の肩を、ミッドナイトシャッフラーはポンと叩いた。
まるで、肩に乗っていた見えない卵をたたき潰すくらいの強さで。
そして澱んだ風が語りかけるように、そっと顔を近づける。
「……もちろん、無理にとは言わないノン。でも、そのくらいの気概……相手を壊すくらいの気概がある生徒が、私は大好きなんだノン」
絡みつかれた少年は「で、でも……!」と口ごもっていたが、そのわずかな逡巡すらも捻り潰すかのように、肩をギュッと握りしめられた。
「……キミは病気のお母さんのために、勇者になりたいんだノン? そのためにはなんとしても、勇者中学校への推薦を得なくてはならないんだノン? この大いなる正義は、キミを人間的にも大きく成長させ……そして真の勇者へと近づけるんだノン。少なくともこの私は、そう判断させてもらうノン?」
少年は悪魔に魅入られたように、恩師を見上げたまま動かない。
やがてその瞳は……油を一滴垂らしたような、暗い虹色に濁りはじめた。
次回、もうひとつの悪行が明らかに…!