31 いのち削って
洞窟の中は地響きがあふれ、砂埃がもうもうと舞い、絶望が漂っていた。
しかし、お嬢様の気丈な詠唱と甲高い氷結音が、それらを押しのけ切り裂いていく。
「氷結奏法よ、あやつを貫けっ! ブリザード・ブリッツ・ペンタトニックっ!!」
キイン! キイン! キィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーンンッ!!
フォンティーヌは氷結魔法である『ブリザード・ブリッツ・ペンタトニック』を放ち、氷の橋を架けようとした。
断崖の幅は20メートルほどあり、1回の魔法でできあがる氷塊は、1メートルほどの大きさである。
向こう岸に橋を5メートルほど作ったあたりで、彼女は火照った顔に浮かんだ汗を拭った。
「さすがに、大魔法の5連発は身体に来ますわね……」
大魔法というのは1回発動するだけでも、かなりの体力と魔力を消耗する。
体温も上昇するので、本来は大魔法の発動1回ごとに休息を設けなくてはいけない。
これを『クールダウン』と呼ぶ。
休息なしで発動し続けると、体温が上昇しすぎて脳に影響を及ぼす。
頭がボンヤリし、顔も紅潮、全身から汗がどっと噴き出る。
視界が霞み、耳鳴りがおこり、身体に力が入らなくなる。
身体の内から、ひっきりなしに非常警報が起こる。
そして、外野からも。
「しゅるしゅる……! もう、おやめください、フォンティーヌ様……! 氷結魔法で橋を架けるなど、できるはずがありません……! 現にそれほどまで消耗して、ほんのわずかしか架かっていないではありませんか……!」
しかしいまのお嬢様は、耳に届いていないかのようであった。
「まだまだ、いけますわよっ! ……氷結奏法よ、あやつを貫けっ! ブリザード・ブリッツ・ペンタトニックぅぅぅっ!!」
声だけでなく、気力と魔力を振り絞るようにして大魔法を放つ。
もう5発ほど撃って、とうとう立っていられなくなったが、崩れ落ちる寸前で何者かが支えてくれた。
「ば……バーンナッ……ぷ……」
焦点の合っていない瞳で、お嬢様は言った。
お嬢様を抱きかかえるバーンナップは、全身が引き裂かれそうな気持ちであった。
しかし、表には出さない。
なぜならば、聖女が光であるならば、その身を守る聖女従騎は影。
光が輝き続けようとしている以上、影は影であり続けなくてはならないのだ。
影はまだ幼かったが、思わずあふれ出そうになる感情を、ぐっと歯を噛みしめてこらえていた。
「フォンティーヌ様、自分の魔力をお使いください」
……ガッ……!
と、主を抱き起しながら、手を掴んだ。
これは、魔力を他者に分け与える時のやり方である。
この世界には、魔力を使って魔法を行使する、魔導師や治癒術師などの存在がいる。
そして彼らに魔力を分け与えることを、増幅という。
簡単に言うと『人間電池』のようなもので、この世界においては一般的な概念。
魔法の才能は無いが、体内に有する魔力が多い者の職業として、増幅士というのがあるくらいである。
聖女従騎には、増幅の才能を持つ者もおり、バーンナップはまさにそれだったのだ。
お嬢様は、熱にうかされるような口調で問うた。
「大魔法の増幅は、消耗もかなり激しくなる……。最悪、後遺症が残ってしまうこともありますわ。あなたに、その覚悟はおありでして?」
「フォンティーヌ様のためなら、自分の命など惜しくありません。拾っていただいた時から、ずっとそう思ってお仕えしておりました。ですからお気遣いなく、底を払うまでお使いください」
ふたりは見つめ合ったまま、うん、と頷きあう。
「では……いきますわよっ! 氷結奏法よ、あやつを貫けっ! ブリザード・ブリッツ・ペンタトニックぅぅっ!!」
キイン! キイン! キィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーンンッ!!
そこから、声を枯らす勢いでの5連発。
ふたりはお互いを支え合うようにし、乾いた雑巾を振り絞るように全身を振り乱し、さらに5連発。
それは、自らの肉を削ぎ、骨まで削っているかのような壮絶な光景であった。
シュル・ボンコスは見ていられなくなって、途中で顔を伏せてしまった。
「しゅるしゅる、ふしゅるるる……! 無駄だとわかっていて、なぜ、そこまでするのですか……! あきらめて死を受け入れれば、少なくとも美しい姿で死んでいけるのに……!」
きゅぅぅぅ……ん……!
最後は仔犬が鳴くような、力ない発動音となり、ふたりはひとつになるように抱き合い、崩れ落ちた。
ふたりの身体の中には、もう一滴の魔力も残っていない。
紅潮していた身体は白くなり、ついには幽霊のように青白くなっていた。
全身の血を抜かれたように、ピクリとも動かないふたり。
お嬢様は最後の力を振り絞って、今生への別れを告げる。
「お……お行き……な……さ……い……」
その声に、ハッと顔をあげる、シュル・ボンコス。
「な、なにを……!?」
「わたくしたちは、もう……髪の毛一本ですら……動かす力は……残って……おり……ませんわ……。でも……あなた、なら……このくらいの溝であれば……飛び……越えられる……でしょう……」
シュル・ボンコスは、ふたりが架けた氷の橋を見やった。
橋は目測で17メートル弱ほどの長さになっていて、残りは3メートル強といったところ。
たしかにこの距離であれば、助走をつければ飛び移れない距離ではない。
「しゅるっ……!? ま……まさか……!? まさかおふたりは、シュルを逃がすために……!?」
しかし、応えはなかった。
ふたりの少女はもう、思い紡ぐ力も残っていなかったのだ。





