05 凸凹コンビの策略
『選手宣誓! この世のすべての勇者の父、全知全能なる厳君、ゴッドスマイル様に誓います! 我らが勇者一同は……』
宣誓台で、ハキハキと歯切れのよい誓いの言葉を述べる、りりしい勇者の卵。
しかし声は野太く、小学生にしてはかなり大柄。
両隣で手を掲げている他の少年少女たちの頭が、彼の肩ぐらいの位置にあった。
なにもかもが立派な選手宣誓。
伝声魔法により拡声されたそれは、会場である体育館じゅうに、ウォンウォンと鳴り渡っていた。
4面ある競技コートをぐるりと囲んだ観客席には、ぎっしりと観客が詰めこまれている。
いつもなら勇者学校しか出場しないので、応援に来る者たちも限られているのだが、今回は下級小学校の勝ち上がりが噂を呼んで、様々な客を呼び込んでいるようだった。
中のコートにずらりと整列する、華美な鎧の少年勇者たち。
ある者は豪壮、ある者は秀麗……ひとりひとりがエース、自分こそが主役であるかのように、全身でこれでもかと自己主張している。
その中で隅っこのほうにぽつんといる、地味な一団。
鎖帷子に、犬のイラストが入った外套。
そのお揃いの格好は『わんわん騎士団仔犬軍』のような、小学生らしいかわいらしさに溢れていた。
まわりが派手な鎧ばかりのせいで、選手一同の中では彼らが一番目立っている。
観客席にいる者たちからもすこぶる好評であったが、その上層にある貴賓席のVIP、勇者関係者たちからは不評で、まるで使い古しの雑巾でも見るかのようであった。
2階のVIP席は天上界のように客層が異なっていて、その中央には、会場全体を見下ろせる形でガラス張りの小部屋がある。
この剣術大会のコミッショナー専用室なのだが、中ではひと足早く、熱気あふれる怒号が飛び交っていた。
「まっ……!? マジかよっ!? なんで俺が捨てたはずの野良犬がここにいんだよっ!? マジ、マジでありえないんですけど!? なんでアイツが生きてるって、誰も俺に教えてくんねぇーんだよっ!?」
今朝も時間をかけて決めてきたサラサラヘアーを、ばりばり掻きむしる調勇者、ダイヤモンドリッチネル。
「あ……あの野良犬……! 忘れもしないんだノン! 『蟻塚』の最下層に置き去りにしてやったというのに、よりにもよって、『蟻塚』の完成記念パーティの時に地上に飛び出してきたんだノン! 私の思想を理解しないどころか、私の栄光の日までメチャクチャにしたんだノン! それなのに、またしても……! 愚者はどこまでも、賢者の足を引っ張ることしか考えてないんだノン! 許すまじ……! 許すまじなんだノン!」
ただでさえ曲がっている顔をさらに歪めて、悔しさに身悶えする導勇者、ミッドナイトシャッフラー。
途中ではたと何かを思い出し、今日の相棒である青髪青年を睨みつけた。
「ダイヤモンドリッチネル! これはどういうことだノン!? 下級職小学校のガキどもを練習中に襲って、大会に参加できないようにしておく手筈ではなかったノン!?」
「ちゃんとやらせたって! ガキどもは無理だったけど、顧問の女教師をボコボコにして、入院させたんだ! だけどあのメガネ女、よくわかんねーけどピンピンしてる! マジ、意味わかんねぇ!?」
「メガネ女!? まさか、グラスパリーンを襲ったノン!? 彼女には手を出すなと言ったはずだノン!?」
「いーじゃん別に! あんな女、一匹くらい半殺しにしたって!」
「良くないノン! グラスパリーンは私のハーレム入りが決定しているんだノン!」
「はっ? ……ははぁ、そういうコトだったんだぁ。オッサンってあーいうのが趣味? もしかしてロリコン?」
「ロリコンではないノン! 労働者も、女も……ひたむきで純粋な者が一番なんだノン! 世俗にまみれた者など、バッチイだけだノン! それに、オッサン呼ばわりするとは何事だノン!? 私はキミとたいして歳は違わないし、ましてや勇者階級は上なんだノン! もっと敬うのだノン!」
……ふたつ上くらいまでの上司なら、たまにタメ口をきくのがチャラ男の特徴である。
「そういうのいーって別に! あの下級職小学校をボコして晒し者にしたら、また方面部長に戻れることになってんだし、タメも同じじゃん!? ……それよかさぁ、そっちの手筈のほうは大丈夫なんだよねぇ? ……キャハッ!」
「ああ、ちゃんと導勇者のツテを使って、参加選手のなかに高校生を紛れ込ませておいたノン。でも、まさか選手宣誓までするとは思わなかったノン……。それで、そっちの仕込みのほうは上手くいったノン?」
「あー、こっちも同期の戦勇者に声かけて、大魔導士どもを借りてきたよ。たかがマナシールドを張るだけの仕事にブーたれてたけど、『ゴージャスマート』の売り物を好きなだけくれてやるって言ったら、喜んで来てくれた」
ちなみに彼はミグレアも招集しようとしていたのだが、飼い主であるクリムゾンティーガーと連絡がとれなかったのである。
「……ふん、キミは見た目はチャラいけど、やることはちゃんとやっているようだノン」
「キャハッ! そういうこと! これだけやってりゃ、さすがに下級小学校のガキどもも終わりっしょ! 野良犬がいたのは想定外だったけどさ、ソッチは今はおいといて……元の地位に戻ったときに、方面部長の権限を使ってタップリお返しするってことで! んじゃ、俺ちょっと一服してくるねー」
「ノンッ!? どこ行くんだノン!? もうすぐ最初の試合がはじまるノン!」
「そんなの、別に見なくていーっしょ。俺、剣術試合みたいな野蛮なのキライだしぃ、痛いのニガテな方じゃん? ……キャハッ! それに試合より本番タイプだしぃー。だからパスでぇーっす! 連れてきた大魔導女と体育館裏にいっからさぁ、何かあったら呼んでよ、キャハハハハハハハッ!」
青いサーコートの裾をひらひらとなびかせ、離れていく背中。
突き出た顎をさらにしゃくらせながら、ナスビ顔の紳士は吐き捨てた。
「……フン! 理解できないノン! 目上の人間への敬いのなさも、あの軽薄なしゃべり方も、仕事に対しての姿勢も……! それになによりも、大魔導女なぞアバズレしかいないんだノン!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次にダイヤモンドリッチネルがコミッショナー室に飛び込んできたのは、それからしばらくしてからのことだった。
「ちょ、どーいうことだよオッサン!? ヤツら、二回戦突破してんじゃん!?」
髪と服装どころか、顔までお揃いの蒼白に変わっている。
その色が伝染ったかのように、ひと時の相方も震えていた。
「って、おい! 聞いてんのかよ、オッサン!?」
ダイヤモンドリッチネルに肩を掴んで揺さぶられても、窓の外に映る小さな騎士団から目を離せずにいる。
「し、し……信じられないノン……! あのガキども……只者ではないノン……! いや、正確には、武器とマナシールド……! 桁違いなんだノン……!」
「ええっ!? どういうことだよソレっ!?」
「まず、あのロングナイフ……! 下級職学校であるならば武器は既成品であるはずなのに、見たこともない形なんだノン……! それに、威力が桁違い……! 青い状態のマナシールドを一撃で破壊するんだノン……!」
「たしか、『スラムドッグマート』の剣とかって言ってたよな!? 個人商店が扱ってる剣が、そんなにスゲーわけねぇじゃん!?」
「でも、現に……! ああっ!? 見るノン!」
神経質そうな細長い爪先が、ガラス窓に当たるほどに突きつけられる。
指によって射抜かれたその先では、
「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」
……バキィィィィィィィィィーーーーーーーーーンッ!!
金色のツインテールを振り乱すお嬢様の、裂帛の一撃が炸裂していた。
粉砕された青い粒子が、星屑のようにキラキラと四散する。
「うわああああっ!?」
シールド破壊の衝撃で倒れた相手に、お嬢様は間髪いれず飛びかかった。
自分よりもひとまわり以上体格差のある相手の胸に、小さな豹のようにのしかかって、件のロングナイフを喉元に突きつける。
「わあっ!? まいった! まいりました!」
対戦相手の青年じみた少年は、少女が放つ気迫にすっかり押されてしまっていた。
有効打が決まるより早く、全面降伏するように両手を床に付けてしまう。
そして旗とともに掲げられる、「降参! 勝負ありっ!」の掛け声。
同時に、小学生どうしの試合とは思えないほどの大歓声が周囲から沸き起こった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
勇者が下級職に倒されるなどということは、この世界では天地がひっくり返ってもありえないことである。
ネズミが猫を噛むどころの騒ぎではない。
ただの人間が、神に仕える巨人を倒すようなもの……。
そう、巨人殺し……!
おとぎ話でしかありえない光景が、今まさに繰り広げられていたのだ……!
「ありえねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「ノォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!?!?」
シャルルンロットが四回戦進出を決めた、この瞬間……本大会では神とも呼べるふたりの勇者は、驚天動地の雄叫びをあげていた。
皆様の応援のおかげで、やる気ゲージが充填されました。ありがとうございます!