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04 天使の翼

「……グラスパリーン先生!」



 古い板張りの廊下を激しく軋ませ、病室に飛び込んだゴルドウルフは愕然とする。


 使い込まれて柱が黒ずんだベッドの上には、色とりどりの花にあふれていた。

 その花に埋もれるようにして、全身を包帯でグルグル巻きにされた小柄な人物が横たわっている。


 これから埋葬されるミイラのような顔には、チェーンのついた、見覚えのある丸メガネが……!


 遺族のようにベッドを取り囲んでいた子供たちは、ゴルドウルフの姿を認めるなりワアッと集まってきた。



「ゴルドウルフ! グラスパリーンが! グラスパリーンが……!」



 声を詰まらせるシャルルンロット。



「僕たちを守ったせいで、うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーんっ!!」



 ひとりの少年が泣き出した途端、病室は深い悲しみに包まれる。


 ゴルドウルフは子供たちの頭を撫で、なだめながらベッドのそばまで近づいた。


 安置された身体に、蜘蛛の糸のようにまとわりつく素っ気ない木綿布。

 わずかな隙間からは紫色のアザが覗き、痛々しさを物語っている。



「グラスパリーン先生……!」



 噛みしめるようにその名を呼ぶゴルドウルフ。

 顔のそばで浮いていた天使と悪魔がふわふわと飛んでいき、包帯ごしの頬をぷにぷにと突つきはじめる。



「……やめなさい!」



 ゴルドウルフは思わず声に出して、ふたりを叱った。

 その声があまりにも厳しかったので、まわりにいた子供たちはビクッと肩を震わせ、意味もわからず居住まいを正す。


 しかし当の白と黒の妖精は、悪びれる様子もなく言った。



我が君(マイロード)、この子、生きてるよ?』



『はい。お休みになっているだけですね』



「えっ」



 またしても声に出してしまうオッサン。

 「ふにゃ……」と緊張感のない寝言が、合いの手のようにたちのぼった。



 子供たちに詳しく話を聞いてみると、こういうことだった。


 次に控えた『ゴージャスマート杯 小学生対抗剣術大会 ルタンベスタ代表選抜』。

 その大会でも優勝を狙うため、クラス一同は放課後の体育館を借り、剣術練習をしていた。


 そこに……木刀を持った覆面男たちがやって来て、因縁をつけてきたというのだ。


 グラスパリーンは子供たちを体育用具室に押し込め、扉をしっかりと押さえて人間ロックとなった。

 木刀でよってたかって袋叩きにされても、扉にしがみついて絶対に離れなかったそうだ。


 男たちが守衛に見つかって逃げたあと、窓から抜け出して体育館に戻ってみると……全身血まみれで、立ったまま意識を失っているグラスパリーンの姿があった。


 そして、今に至る。


 話を聞き終えたゴルドウルフは、子供たちにこう言った。



「ちょっと、グラスパリーン先生とふたりだけでお話をさせてもらえませんか」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 窓から差し込む橙色の光が病室を満たす。

 夕日を背にした影は長い影を落とし、部屋の反対側の壁にもうひとりのオッサンを描き出していた。



「驚きましたよ。まるで棺の中にいるみたいでしたから、てっきり……」



「学校の生徒たちが、かわるがわるお花を持ってきてくれたんです。私がお花を好きなのを覚えててくれたみたいで……置ききれないくらいいっぱい貰っちゃいましたから、こうしちゃいました」



 菊人形がしゃべっているかのようなグラスパリーン。

 その声はささやくほど小さかったが、口調は思いの外しっかりしていたのでゴルドウルフは安心する。



「いきさつは子供たちから聞きました。襲ってきた男たちは覆面をしていたそうですね。顔はわからないにしても、襲われる心あたりなどありますか?」



「いいえ……でも、狙いは子供たちだったみたいです。私には目もくれていなかったから……。守衛さんに助けを呼びに行こうかと思ったんですけど、子供たちが心配で……」



「それで、自分を犠牲にしてみんなを守り通したんですね」



「……はい。みんな、剣術大会で優勝するんだって、張り切ってましたから……大会前に怪我させちゃいけないと思って……」



 ささやきが、かすかに震えはじめる。



「でも、でも……これじゃ、意味ないですよね……! マナシールドを張らなきゃいけない顧問の私が、こんなになってしまっては……! 大会に出られなくなっちゃう……! 私ったらまた、みんなに迷惑かけて……! ごめんなさい、ごめんなさい……!」



 アイマスクのように覆っているクリーム色の生地が、じわりと湿った。



「あなたが謝ることはないんですよ、グラスパリーン先生」



「いいえ、やっぱり私はダメな教師なんです……! みんなの夢を、台無しにしてしまった……! それに、帰りの会で、もう泣かないってみんなと約束したのに……! ううっ……!」



「みなさんはいま、ここにはいません。いるのは私だけです。それに、あきらめて投げ出して泣いたわけじゃない。あなたは最後までやり遂げたんです。立派に子供たちを守り通したんです。今、あなたが泣くのを呆れる者はいません。だから……泣いてもいいんですよ」



 グラスパリーンはいじめられた子供のように、泣くのを堪えていた。

 しかし、なみなみと溢れそうになっていた少女の心のダムは、ゴルドウルフの一言によってとうとう決壊する。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁんっ! ゴルドウルフ先生っ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!」



 少女は声をかぎりに泣いた。

 廊下にも、隣の病室にも響くほどの大音量で。



「わあああああ! うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!! 悔しい……! 悔しいです! ゴルドウルフ先生っ! せっかくみんながんばってきたのに、こんな形で終わるだなんて……!! わあああっ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーんっ!!」



 ゴルドウルフは彼女が泣き止むまで、黙って頷き、彼女の気が済むまで、黙って頭を撫でていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 あたりが再び静けさを取り戻す頃には、病室は薄紫色の夕闇に満ちていた。

 うっすらと壁に投影されたおっさんの影は、縁がぼんやりとしている。


 夕食の配膳がはじまったのか、外の廊下は喧騒が行き交う。

 安らかな寝息を気遣うように、遠音のように鳴っている。


 泣きつかれたグラスパリーンの寝顔を、オッサンは見下ろしていた。

 アザに触れないように、そっと彼女の頬に手をあてがう。


 その手から、掘り起こされたばかりの鉱石のような青い光がおこった。

 最初は切れかけの電球のように頼りなかったが、やがてまばゆいほどの強さになり、目もくらむほどの光輝となって、窓の外からでもわかる程となる。


 並んだ病院の窓、真夜中に明かりがついたかのような、青白い明滅。

 あふれた光の筋が、天使の階段のように空へと伸びていく。


 病院の窓から少し離れたところにあるレンガの建物の壁には、埋め尽くすほどに投影されたシルエット。

 がっしりとした男の肩幅から、



 ……ぶわっ……!!



 と白翼が翻った。

 それは片翼ではあったが、まるで大天使の翼のように巨大で、まるで後光のように神聖さに満ちあふれている。


 ……少女は、夢を見ていた。


 自分の憧れのヒーローが、天使の翼とともに舞い降りて、手を差し伸べてくれるのを。

 それは彼女の瞼の向こうで、焦げそうなほどの強い光とともに、強烈なイメージとして頭に焼き付く。


 明暗がハッキリしたコントラストの世界で、ダンディな微笑みが浮かぶ。

 それが脳に彫り込まれるように、一生の思い出となった途端、



 ……ハッ!?



 少女は飛び起きた。


 あたりは薄暗い病室。

 勢いよく上半身を起こしたせいで、身体に乗っていた花が、浴槽からあふれるお湯のように流れ落ちる。


 花がバサバサと床に積み上がる音すら聞き取れるほどに、誰もいない。

 まるで世界が自分ひとりになったような静けさだったが、その違和感には気づく様子はない。


 それ以上の信じられない出来事が、少女の身に起こっていたからだ。



「あ……あれ? なんで私、起き上がれるの……?」



 さっきまでは呼吸するだけで全身が火傷したようにヒリヒリと傷んだ。

 頭を傾けるだけで首から腰に電流が流れるほどだったので、コルセットで固定してもらっていたのだが……今はなんともない。



「えっ? えっ? えええっ?」



 少女は胸に落ちたメガネをかけなおし、手の包帯をほどいてみる。

 すると……鬱血して紅芋のようになっていた腕が、ウソのように元通りになっていたのだ……!



「えっ!? えっ!? えっ!? えっ!? ええっ!?」



 驚天動地のあまり、言葉を忘れてしまう。

 ほどいた包帯にわしゃわしゃとまみれながら、身体じゅうを確認してみても、木刀で殴れた痛々しい痕跡はどこにも残っていなかった。


 袋叩きにあったのは、実は悪い夢だったのかと一瞬思う。

 しかし病室にいる事実が、その考えをすぐに霧散させた。



「ええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 ……どっすん!


 動転のあまり、ベッドから転げ落ちても……なんとも、ない……!?


 それがまた、少女をさらに混乱させる。



「い、痛くない……!? なんでどこも痛くないのっ!?!?」



 信じられないのも無理はない。


 この病院の医者からは、起き上がれるようになるまで1ヶ月、退院までは3ヶ月と宣告されていたのに……。

 魔法施術を使えば短縮できるが、それには高額の治療費がかかると言われていたのに……。


 それなのに、それなのに……!

 わんわん泣いて、素敵な夢を見て、がばっと起きたら治っているだなんて……!



「ええええええええーーーーーーーーーーーーっ!? なんで!? なんで!? なんでなんでなんで!? なんでなんでなんでなんでっ!? なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」



 少女は包帯と花びらを撒き散らし、絶叫とともに床を転げ回る。

 その中には白い羽根が混ざっていたのだが、彼女が気づくのはしばらく先のことかもしれない。

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[良い点] 見たら死パワー・・・いや、これはさながら・・・見たら生パワー!! ・・・すいません、ちゃんと考えときます・・・(多分・・・) ・・・それより、光と闇、表と裏、双方兼ね備えたヒーローって最…
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