15 ローンウルフ 3-7
ミスタースカイは、しまった! と思ったが、もう遅い。
にじり寄ってくるローグラウンドに、尻もちをついたまま逃げながら、必死に弁明する。
「ち……違うっ! 私は君のことを、良きライバルだと思っていた! だから、君にだけはイカサマをしたことはなかったんだ! 本当だ! 信じてくれっ!」
「そんなこと、誰が信じるかっ! それに、今やっと気付いたぞ……! 貴様が、フードの男のことを知っているということは……。貴様がヤツを操って、この俺を嵌めたんだな……!?」
「そ……そんなわけはないだろう! 落ち着いてよく考えるんだ、ローグラウンド君っ! 我々はふたりとも、何者かに騙されていたんだ! だいいち、私も一文なしになって、この有様なんだぞっ!?」
「そうやって落ちぶれたフリをすれば、俺が疑わないとでも思ったか……!? 同情を引いて、ここからさらに俺を陥れるつもりだったんだろうっ!?」
「ち……違うっ! やっ……やめろっ! やめてくれっ! くっ……くっそぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!」
ギャフベロハギャベバブジョハバ !!
橋の下で、猫の喧嘩のように揉み合う、ふたりの勇者。
もはやギャンブラーであることも忘れ、上になり下になり、無意味にお互いを傷つけあっていた。
ホームレスですら近寄らないその惨状に、ふと、大いなる影がさす。
「ギャンブラーなら、ギャンブルで決着をつけてはいかがですか?」
声のした方を、フギャッ!? と鰹節を横取りされた猫のように睨みつける、ミスタースカイとローグラウンド。
そこには……夕陽を背負うようにして立つ、マスク姿の男がいた。
マスクは、いまこの国でもっとも嫌われている『野良犬』。
声は変声魔法で変えているのか、キンキンとして甲高い。
しかもそんなファンシーなナリなのに、身体はごつくて傷だらけなので、かえって不気味だった。
「私は、『野良犬マスク』……。あなたたちのように、堕天間近の勇者、もしくはすでに堕天してしまった勇者を、とある催しに招待している者です」
「「催しに招待、だとぉ……!?」」と、ハモる勇者たち。
「ええ。この私が主催する、堕天勇者たちのための、ギャンブルの祭典……『勇者はきっと死ぬ』へ。このたび、開催の資金が貯まりましたので、あなたたちをその最初の勇者として、お招きしましょう。勝てば100億¥もの大金が得られる、世界最高のギャンブルへと……!」
……バッ!
野良犬マスクが着用していた、ポケットのいっぱいついたベストを開くと、そこには……。
うなるほどの、札束が……!
「おっ……おおおおおおおおっ!?」
喧嘩をやめて、飼い慣らされた犬のように、野良犬マスクの足元で這いつくばる勇者たち。
彼らは騙されたばかりだというのに、今また騙されようとしていた。
普通、『謎の男』のあとに、さらに怪しげな男に声を掛けられたら、疑いをもつべきだろうに……。
彼らは、札束に目がくらんでそれをしなかった。
そう……!
彼らはすでに、3の倍数などなくても、アホになっていたのだ……!。
「そ、それだけの金があれば、ギャンブラー勇者として再起できる! それにギャンブルなら、私は誰にも負けない自信がある! 参加させてくれ!」
「俺も、俺もだっ!」
彼らは知る由もない。
野良犬マスクの『見せ金』は、もともと彼らの金であったことを。
しかしそんなことはおくびにも出さず、野良犬マスクは頷いた。
「わかりました。しかし、いくら落ちぶれた者たちが集まるとはいえ、勇者の祭典です。ですので、その身なりでは困ります。勇者らしい服装でないと、参加は認められません」
「そ、そんな……! 私たちは無一文どころか、多額の借金を抱えているんだ! 身なりを直す金なんて、どこにも……!」
すると、野良犬マスクは考えるような仕草をしたあと。
「それでは、特別に支度金を差し上げましょう。ひとり千¥ずつです。それだけあれば、最低限の身なりは整えられるでしょう。ただ、タダというわけにはいきません。そうですね……あなたが今持っている、手帳と引き換えというのはどうでしょう?」
ミスタースカイは、思い出の詰まった革の手帳を交換条件に示されてしまった。
喧嘩中も肌身離さず持っていたそれは、何があっても手放すつもりはなかったのだが……。
「こ、これだけはダメだっ! で、でも……。これは過去を捨て、新たなる未来を切り開けという、神からのメッセージかもしれない……! ぐぐぐっ……! わ、わかった、売ろう、この手帳を……!」
なんとたったの2千¥で、過去の栄光を手放してしまったミスタースカイ。
これで、彼がギャンブラー勇者であったことを示すものは、なにひとつなくなってしまった。
野良犬マスクは約束の金を支払うと、勇者たちに背を向ける。
「それでは、開催の日どりが決まりましたら、追って連絡いたします」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから、数日後……。
勇者上層部からの処分が決定し、ミスタースカイは堕天、ローグラウンドは降格処分となった。
しかしローグラウンドはギャンブル勇者としての元手がすでになく、また活躍もできなかったので、しばらくしてから堕天処分となった。
彼らは絶望したものの、ともに橋の下で暮らしながら、『勇者はきっと死ぬ』に最後の望みを託す。
しかし、それから何ヶ月たっても、野良犬マスクがふたたび彼らの前に現れることはなかった。
ちなみにではあるが、ミスタースカイの詐欺によって騙された勇者の被害は、セブンルクスの国王、すなわち国が補償していた。
騙された民衆には、一切の救済がなされなかったのだが……。
民衆の元には、『野良犬マスク』が差出人の、野良犬のイラストが入った封筒が届いていた。
中身は現金で、ミスタースカイに投資した額と、同額が封入されていたという。
さてここで、不思議に思うことはないだろうか。
野良犬マスクの、今回の目的についてである。
まず、ミスタースカイの詐欺被害から、民衆を救済するだけでないのは確かであろう。
なぜならば、野良犬マスクが手紙を送らなければ、ミスタースカイも詐欺を働くことはなかったのだから。
となると、野良犬マスクの目的としては……。
ギャンブル勇者への、無差別攻撃……?
手紙を送った相手がすべてギャンブル勇者であることからも、明白であろう。
そしてそう考えると、ひとつの仮定が成り立つ。
ギャンブル勇者は、すべてクズっ……!
誰もが何らかのイカサマに手を染め、民衆を苦しめている、クズギャンブラーであると……!
今回のようなやり方であれば、大量のクズギャンブラーを破滅させることができる。
なぜならば、今回破産していたのは、ミスタースカイとローグラウンドだけではなかったのだ。
謎の男からの勝者予想の手紙を早々に信じ、私財を投げ打ったギャンブラーは、数多……!
それこそ、河原の石をひっくり返したときに、裏にへばりついている虫のように、うじゃうじゃと……!
さらに野良犬の手元には、潤沢な軍資金が残った。
その額、200億¥っ……!
これだけあれば、開催も夢ではないかもしれない。
落ちぶれた醜い虫たちが、トドメを刺し合う、蠱毒の祭典……。
『勇者はきっと死ぬ』が……!
虫ケラどもから絞り取った金を使って、虫ケラどもに、さらなる殺し合いをさせるとは……。
これ以上に愉快な、野良犬祭りが、他にあるだろうか……!?
いいやっ、ないっ……!
次回からはプリムラのお話に戻ります!





