14 ローンウルフ 3-6
ミスタースカイは新聞をふたたび身にまとい、ゴミ捨て場から鉄棒を拾いあげると、路地裏を飛び出す。
「殺してやるっ……! 私からなにもかも奪っていった、あの男を殺すっ……!」
自分を嵌めたローグラウンドを探し求めるミスタースカイ。
その血走った眼には、大空を鷹揚と飛んでいたような、紳士の余裕は微塵もなかった。
地獄から這い出てきたような、復讐鬼そのもの……!
ローグラウンドは意外とあっさりと、そして意外な形で、変わり果てた姿で見つかった。
彼は橋の下で暮らす、ホームレスとなっていたのだ……!
その前に立ちはだかったミスタースカイは、ワナワナとした震えが止まらない。
「なぜだ……!? 君は『戦勇者聖戦』の決勝を的中させ、座天級に昇格したばかりではなかったのか!?」
するとローグラウンドは、げっそりとやつれた顔をあげ、ミスタースカイを光なき瞳に映す。
「たしかに俺は昇格したよ……でも、それっきりだったんだ。俺はもともと、ギャンブルの才能がなかった。アンタみたいにカードが強いわけでもなかったから……。あっという間に、このザマさ」
「そんなわけはないだろう! 君は『戦勇者聖戦』の結果をすべて知っていたはずだ! そこで儲けた金はどうしたんだ!?」
すると、ローグラウンドの瞳に、わずかに光が戻る。
「なぜ、それを知っているんだ……? でもまぁ、そんなことはどうでもいいか。儲けた金は、ぜんぶ持っていかれたよ、勇者オルトロスの従者と名乗る男にな」
「……なに……? もしかしてその男とは、コイツのことか!?」
ミスタースカイは、ちょうど胸のところにあった、新聞の真写を見せる。
そこには、ローグラウンドとフードの男が映っていた。
「ああ……そうだ。この男だ。この時、この男に、100億¥の勇者票を渡したんだ。おかげで無一文になっちまったんだ。そして、それっきりだったなぁ……オルトロス様との関係も。まぁ、死んじまったんだから、しょうがないけどな……」
……さて、もうお気づきであろう。
今回の一件は、すべて『謎の男』が仕組んだ、壮大なる詐欺であったことを。
『戦勇者聖戦』の試合はすべてガチで行なわれており、八百長は一切存在していない。
では『謎の男』はどうやって、勝つ側を事前に予測していたのであろうか?
占い? それとも、ものすごいギャンブルの才能?
いやいや、予想など一切していない。
なぜならば彼は、1000人以上ものギャンブラー勇者に、手紙を送っていたのだ……!
『戦勇者聖戦』の参加者は、総勢で1024人。
その1024人、全員が勝つパターンの手紙を、1024人のギャンブラー勇者に送る。
大会はトーナメント式なので、半数の512人が勝ち残ることになる。
ギャンブラー勇者に送った手紙も、512人が的中したことになる。
ハズれた予想を送ったギャンブラー勇者には、もう手紙は送らない。
的中した手紙を送ったギャンブラー勇者に対してのみ、今度は2回戦の全員が勝つパターンの手紙を送る。
そうすると、どんどん数が絞られていって、残りは決勝のふたりだけになる。
このふたりから見れば、謎の男から送られてきた手紙は、どのように見えるだろうか?
そう……!
最初の1回戦から、準決勝の9回戦までのすべての予想を的中させた、神レター……!
最後に残った、ふたりのギャンブラー勇者への手紙の文面は、こんなカンジであった。
決勝戦の予想は、会ってお伝えします。
50億¥の勇者票と引き換えに。
そして決勝終了後に、もう100億¥の勇者票を頂きます。
そう……!
『謎の男』は、ミスタースカイだけでなく、ローグラウンドからも、手付金である50億¥をせしめていたのだ……!
もはや言うまでもないことかもしれないが、謎の男が自称していた、勇者の従者というのはウソっぱちである。
しかし手紙を受けた側としては、信じ込んでしまうだろう。
『戦勇者聖戦』の結果を自由自在に操れる、神の手のような、偉大なる勇者の存在を……!
ふたりのギャンブル勇者から50億¥をせしめたあとは、決勝が終わったあとに、勝者側のギャンブル勇者を訪ね、残りの100億¥を頂く。
謎の男が新聞に載っていたのは、その100億¥を、ローグラウンドから受け取る瞬間が映っていただけである。
それを、ミスタースカイは勘違いしていたのだ。
黒幕はローグラウンドで、彼が謎の男を操って、自分を嵌めたのだと……。
しかし謎の男は、誰の従者でもなかった。
まさに野良犬のように、神出鬼没の、その男は……。
ギャンブル勇者ふたりをまんまと騙しきり、なんと200億¥もの大金をゲット……!
その元手となったのは、手紙に使った紙だけなので……。
まさに、丸儲けっ……!
そして、被害者のひとりであるミスタースカイも、ついにこの答えにたどり着いていた。
彼は手にしていた鉄棒を、パッタリと取り落とすと……。
みずからも後追いするかのように、ガックリと膝から崩れ落ち……。
悶絶するっ……!
やっ……やられた……!
やられたやられたやられたやられたっ……!
やられたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!
こっ……この私がっ!
いままで数多くの愚民どもを! いままで数多くのギャンブラー勇者をっ!
大空に誘い、叩き落としてきた、この私がっ……!
逆に、叩きとされるだなんてぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!!
何という、見事な手際……!
しかも手軽で、リスクも必要な元手も、ほとんどないっ……!
それでいて、得られるリターンは、絶大っ……!!
くっ……悔しいっ……! 悔しい悔しい悔しいっ! くやしぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーっ!!
私が日々、積み重ねてきたカードのインチキは、何だったというのだ!
『ハイローラーズ』に取り入って、腕輪を授けてもらい、血の滲むような努力で、カードすり替えを練習し……!
多くの愚民やギャンブラー勇者をその気にさせるために、神経をすりへらし、丁々発止の駆け引きを演じ……。
大空を飛ぶために、少しずつ積み上げてきた私の、黄金の翼をっ……!
いとも簡単に、もぎ取っていった……!
それも、根こそぎっ……!
しかも私は、その者の正体を突き止めることもできやしない……!
完全に、ヤツの手で弄ばれていた、ピエロっ……!
うっ……! うがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!
七転八倒するミスタースカイ。
彼は悔しさに打ちひしがれるあまり、つい余計なことまで吐露してしまう。
ふと気付くと、見下ろされていた。
ガラス片を握りしめる、ローグラウンドに……!
「ミスタースカイ……! まさか今までの勝利は、全部イカサマだったのか……!? 今まで俺と勝負してきたカードも、すべてっ……!?」





