10 ローンウルフ 3-2
ミスタースカイは、主天級の導勇者である。
導勇者というのは、一般的には勇者の後進育成をする立場の者を指す。
しかし広義においてはその役割は多岐に渡り、勇者イベントのMCなども導勇者と呼ばれる。
そしてギャンブラーの勇者の場合も、人々を幸運に導くという意味からも、導勇者のカテゴリーとなっていた。
ギャンブラー導勇者も他の勇者と同じく、勝つことがすべてとされており、負けることは許されない。
ミスタースカイはここ一番の大勝負の時には、絶対に負けることはなかった。
先刻も、彼の勝負強さのほどを見ていただいたわけだが……。
実はアレはすべてイカサマで、カードのすり替えで勝利していた。
というか、ぶっちゃけると……。
ミスタースカイはイカサマでのし上がってきた、イカサマ勇者であった。
しかしバレていないので、誰もが彼を『強運の勇者』として崇めている。
そしてその動向は、民衆の注目の的でもあった。
なぜならば、彼にならって勝負をすれば、おこぼれにあずかれると思うものが、大勢いたからだ。
おこぼれに預かれるタイプのギャンブルと言えば、予想が必要な競馬などが代表的であろうか。
ミスタースカイが予想したのと同じものに賭ければ、ひと儲けできるはずなのだが……。
ミスタースカイは、競馬などの予想系のギャンブルは決してやらなかった。
周囲はそれを、とても不思議がり残念がった。
まわりからいくら懇願されても、ミスタースカイは頑として、競馬場に近づくことすらしなかった。
その理由としては、もはや明白であろう。
そう、インチキができないから……!
そしてそれが、ミスタースカイにとっての悩みの種でもあった。
勇者にとって、主天級から座天級への昇格は、ひとつの山場といわれている。
どの区分の勇者でも、『大きなブレイクスルー』を求められるのだ。
ミスタースカイにとってはそれが、新境地の開拓にあたる。
彼が予想系のギャンブルで大成功をおさめれば、座天級になるのも夢ではなかったのだが……。
しかし、できなかった……!
負けるのが、怖くて……!
もはや彼は、インチキなしではギャンブルができない身体になっていたのだ……!
そのため、4億¥という大金を稼ぎながらも、最近のミスタースカイは悶々としていた。
そんな彼の屋敷に、一通の手紙が届く。
差出人不明のその手紙には、こう書かれていた。
私は、とある戦勇者様に仕える従者です。
明日より、『戦勇者聖戦』が開催されます。
その1回戦目で、勇者『ザンガン・ジオン』様が勝利します。
『戦勇者聖戦』というのは、セブンルクスのコロシアムで4年に1度行なわれる、戦う勇者たちの祭典。
そこには1000名以上の参加者が集い、最強の勇者を賭けて火花を散らす。
参加資格はふたつ。
戦勇者であることと、主天級以下であるということ。
優勝した者は、現時点の階級は問わず、一気に座天級になれるという栄誉が与えられる。
まさに戦勇者にとってのブレイクスルーの場だったのだ。
そんな激戦が予想される大会に、民衆が注目しないわけがない。
大会はトーナメント形式で、一ヶ月にも渡って行なわれるのだが、観覧チケットは全日プレミアム状態。
さらに期間中の新聞は、昨日の大会の結果と、今後の予想ですべて埋め尽くされる。
なぜならば、勝敗に賭けることができるからだ。
しかもセブンルクスが国をあげて助成しているので、通常のコロシアムよりもオッズが良くなっており、期間中は巨額の金が動く。
そのため、ギャンブラー導勇者にとってのかき入れ時でもある。
予想を的中させれば新聞にも大きく取り上げられるので、彼らにとってもブレイクスルーの場であったのだ……!
その大いなる祭典の前日に、ミスタースカイに送られてきた一通の手紙。
それは、明日の試合で勝つ勇者を予想したものであった。
しかし、ミスタースカイはそれを鼻であしらって、ゴミ箱に投げ入れる。
無理もない。
こんな怪文書を信じて賭けるバカはいないだろう。
ミスタースカイは今年もコロシアムには行かず、結果だけを新聞でチェックするつもりでいた。
そして、翌日届いた新聞に掲載されていた、『戦勇者聖戦』のトーナメント表では……。
件の勇者ザンガンが、2回戦に勝ち進んでいた。
その日の夕方、またあの手紙が届く。
2回戦目では、勇者『ストロングホールド』様が勝利します。
もちろん1回目の予想が当たっていたからといって、その怪文書の信憑性が上がったわけではない。
ただ単に、昨日の予想は偶然当たっただけかもしれないからだ。
しかし今日のミスタースカイは、その手紙をゴミ箱に捨てることはしなかった。
さらにその翌日に届いた新聞では、勇者『ストロングホールド』が、見事勝利……!
いや、翌日だけではなかった。
次の日も、また次の日も、そのまた次の日も……怪文書の予想が、大当たり……!
なんと、5連続的中……!
ここまで来ると、さすがのミスタースカイも、怪文書の見方を変える。
もしかして、『戦勇者聖戦』は、出来レースなのかと……。
そして、何者かがその事実を、自分に報せようとしているのだと……!
でも、仮にそうだったとしても……。
誰が、いったい、何のために……!?
そこまで考えて、彼の脳裏に、最初の手紙に書かれた一文がよぎった。
私は、とある戦勇者様に仕える従者です。
その主人である戦勇者は、『戦勇者聖戦』の結果を操れるほどの、高位の勇者……!?
いや、もしかすると……。
その戦勇者こそが、今回の『戦勇者聖戦』の、優勝者……!?
いずれにしても、確かめる方法はひとつしかなかった。
次回のトーナメント……。
第6回戦において、言われたとおりに賭けるっ……!
賭け金という名の一石を投じてやれば、きっと何かが動き出すと、ミスタースカイは睨んだのだ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日、セブンルクス王国じゅうの新聞の一面を、あの男が飾っていた。
『導勇者ミスタースカイ様が、ついに「戦勇者聖戦」の観客として登場!』
『なんと、1億¥もの大金をベット!』
『無敗の導勇者のデビュー戦のゆくえは!?』
『なぜ今になってデビューしたのか、ミスタースカイ様に独占インタビュー!』
ミスタースカイは、集まった記者たちにこう答えていた。
「いままで私が競馬などの予想ギャンブルをしなかったのは、臆していたわけではない。対面で行なうカードゲームなどと違い、大空に飛ぶ刺激が足りなかっただけだ。カードゲームなどで破滅するほどの金を掛けると、人は地に足が付かなくなり、宙を浮いているような気分になる。予想ギャンブルでそれだけの大空に舞い上がるためには、それだけの『風』と、それだけの『翼』が必要になる」
彼はさらなる領域へと羽ばたくように、両手を広げる。
「しかし、風は来た……! 『戦勇者聖戦』という名の、大いなる風が……! そして、羽ばたくための翼もある……! そう、いままで他のギャンブルで蓄えてきた、黄金の翼が……! 私は今こそ、ギャンブル界すべてを座して見下ろす、座天となるのだ……!」
ギャンブラー勇者がいくら高額の金を賭けたところで、新聞に載ることはない。
あくまで的中した時のみにこそ、彼らはもてはやされるのだ。
しかし今回は、無敗のギャンブラー勇者が、初めて予想ギャンブルに着手したということで、記者たちはこぞって一面で取り上げていた。
果たして、その結果はというと……?





