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09 ローンウルフ 3-1

 ここは勇者の国、セブンルクス。

 とあるカジノにおいて、大勝負が行なわれていた。


 それは、戦争とも呼べる規模感。

 硝煙のようにくゆる紫煙と、土嚢のように床に積みあげられたチップの山。


 そして、戦場とも呼べる緊張感。

 一騎打ちのようにテーブルに向かいあう、ふたりのギャンブラー。


 周囲を取り囲む観客たちは、さながら雑兵のように、大将たちの切り結ぶ様を見守っている。

 さらなるレイズがおこり、どよめきがおこった。



「す、すげえ……! ついに1億(エンダー)を超えた……!」



「どっちも一歩も退かねぇってことは、どっちも相当いい手が来たみたいだいな……!」



「でもこれで、長きに渡ってこのカジノで繰り広げられてきた、勇者どうしの戦争も、ついに決着ってわけか……!」



「勝ったほうが、このカジノいちのギャンブラー勇者……! 負けたほうは……もう二度とこのカジノでギャンブルができなくなるだろうな……!」



「レイズをした勇者、ローグラウンド様を見ろよ! 攻めているはずなのに、汗びっしょりだぜ!」



「そりゃそうだろ、なんたって1億だぞ! 人生を賭けてるも同然なんだからな!」



「でも……受けて立つほうの勇者様は、汗ひとつかかれていないぞ!」



「す、すげえな……! ここで負けたら1億を……仮にドロップしたとしても、とんでもねぇ金を失うってのに……!」



「あのお方にとっては、1億のレイズコールですら、ワインのおかわりと変わらねぇのさ!」



 テーブルで向かいあっていたのは、どちらも身なりのいい紳士であった。


 ふたりは紳士であり、そして、勇者でもあった。

 違うのは、痩せているか太っているか。


 痩せているほうが言った。



「1億……それは、遙かなる高み。たとえるならば、前人未踏の高山(アルパイン)のように」



 カードを持つ手を震わせながら、太ったほうが応じる。



「そ……その通りだぁ! 俺たちはよぉ、誰にも到達したことのない、高みにいるんだ……! へへ、お前とももあろうヤツが、ビビっちまったのかぁ!?」



「しかし、いくら高い山に登っても、空を飛んだことにはならない。いわば我々はまだ、彼らと同じ地平にいるのだよ」



 痩せた紳士は頂上から麓を見下ろすように、テーブルのまわりにいる観客を眺め回した。

 そして、対面の太った紳士に視線を戻すと、



「……ローグラウンド君。ともに、空を飛んでみたくはないか?」



「な、なんだとぉ?」



 痩せた紳士は、バッ! と手を掲げ、天井を指し示す。

 するとそれが演奏開始の指揮棒であるかのように、周囲は驚愕の協奏曲(コンツェルト)を奏ではじめる。



「えっ……ええっ!?」



「あ、アレはっ……!?」



「そ……そうだ……! あの勇者様は大勝負になると、ああやって全賭け(テッペン)の合図をするんだ……!」



「げえっ!? 1億でも、まだテッペンじゃなかったってのかよっ……!?」



「そ、そしてあのポーズが出たときは、マジで相手は破産(トン)じまう……! ともに空の彼方にイッちまうんだ……!」



「だ、だからあのお方は、こう呼ばれるんだ……!」



 『ミスタースカイ』と……!



 ミスタースカイと呼ばれた紳士、いや勇者は、眉ひとつ動かさず宣言する。



「もう1億、だ……!」



 そして、ひとあし先に空に浮かぶ天使のように、穏やかな表情で誘う。



「ここまで来てようやく、人は飛んだといえるのだ。さぁ、ローグラウンド君。私といっしょに、大空を飛ぼうではないか……!」



 ミスタースカイがあまりにもさらりと言ってのけたので、誰もが演奏を忘れ、静まりかえった。


 あとは相手であるローグラウンドが、この2億の申し出を受けるか、降りるかである。

 大半の者は、この誘いを辞退するのが普通であった。


 無理もない。

 トランプのひと勝負だけで2億(エンダー)というのは、とうてい正気の沙汰ではないからだ。


 たった一回の運命のイタズラで、それまで積み上げてきたものを何もかも失う。

 たった53枚の紙切れに、自分の人生まで紙切れにされてはたまったものではない。


 しかし、今宵の相手は違った。



「の……乗った……! コール、だっ……! ミスタースカイよぉ、アンタのやり方は、わかってる……! そうやって、とんでもない額のベットを持ちかけて、相手をビビらせて、降ろさせる……! だが、残念だったな……! 今宵の俺は、勝利の女神様がついてるんだ……!」



 テーブルに汗だまりをつくりながらも、勝ち誇った表情をつくるローグラウンド。

 ミスタースカイは、口角を少し吊り上げて笑い返す。



「どうやらいまこの場には、天使だけでなく、女神様もいるようだ。ならば今夜こそきっと、空を飛ぶことができるだろう。……よろしい、賭けは成立した。それでは、ローグラウンド君からオープンしたまえ」



 手を差し出して勧めると、ローグラウンドは手にしていたカードをこれでもかと掲げ、テーブルに叩きつけた。



 ……ズダァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーンッ!!



 そこには、絵札の女神が4枚と、ハートのキング……!

 このカードゲームにおける最強の手役である、『ゴッデス・フルハウス』……!



「残念だったな、ミスタースカイっ……! 飛んだのは、アンタの首だけだっ……!」



 それはまさに、ひと太刀で相手の首を天高く飛ばすような、改心の一撃であった……!



「うっ……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 世紀の大勝負の決着に、カジノじゅうが沸く。

 しかし、今まさに敗北が決定したはずの勇者からは、特に何の感想もない。


 ただ上質のワインで、喉を湿らすのみ。

 彼は騒乱がおさまるのを待ってから、ようやく口を開いた。



「『ゴッデス・フルハウス』とは、空を飛ぶ片翼にふさわしい手役だ。では今度は、私の翼をお見せしよう」



「ミスタースカイよぉ、もう勝負はついたんだから、手札を見せる必要はねぇだろう! それとも大負けして、頭がおかしくなっちまったのかぁ?」



 バカにするように言いふらすローグラウンド。

 周囲も、うんうんと頷いて賛同する。


 ミスタースカイは肩をすくめた。



「君たちは忘れているようだね。今回のカードにおける、大切なルールのひとつを」



 そう言われて、観客たちはお互いの顔を見合わせる。

 最初に気付いたのは、対面にいるローグラウンドであった。



「まっ……まさかっ!? 『ゴッデス・フルハウス』を上回るという、唯一の手を……!?」



 ミスタースカイは翼をはためかせるように、テーブルに伏せた手札を、ふわりと撫でる。

 導かれるように裏返っていくカードたちに、観客は瞬きも忘れて見入っていた。


 そして、狂想曲(ラプソディー)がうまれる。



「ごっ……ゴッドスマイルさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 そこに、あったのは……絵札の女神が4枚と……。

 御神(ごしん)級勇者である、『ゴッドスマイル』の尊顔が描かれた、黄金色に輝くカードっ……!


 この世界のトランプは、54(●●)枚で構成されている。

 数字の書かれた札が52枚に、ゴッドスマイルの札が1枚。


 ゴッドスマイルのカードはワイルドカードとされているうえに、『ゴッデス・フルハウス』に加えた場合は例外的に、最強の手役である『ゴッデス・フルハウス』を上回る手役になる。


 その名も、『ゴッド・スマイル』……!



「そ……そん、な……」



 椅子から崩れおち、床の汗だまりにべちょりと伏すローグラウンド。

 ミスタースカイはワインのおかわりを注文しながら、ついでのように彼に向かって声をかけた。



「ローグラウンド君、ワインのおかわりで思いだしたよ。ゴッド・スマイル様で勝利した場合は、ベット額の倍を受け取ることができるのは知っているだろう? だから、もうあと2億(エンダー)用意してくれたまえ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回の一匹狼はギャンブルですか! ・・・どうしましょう・・・今からワクワクが止まらない・・・! [気になる点] 54枚のうち、数字が52枚、ゴッドスマイルが1枚・・・もしや、もう一枚は・・…
[気になる点] 誤字の場合は失礼。 現実のポーカーと違うのは承知の上での疑問点です。 >そこには、絵札の女神が4枚と、ハートのキング……!  このカードゲームにおける最強の手役である、『ゴッデス・フ…
[良い点] ざわ…ざわ… [一言] 何か始まった!ww ^^
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