08 聖少女フローチャート(ざまぁ回)
「ぐえええええっ!? ぐっ、ぐるじいっ!? だずげでぐれっ! だずげでぐれぇぇぇぇぇっ!」
喉を突かれて呼吸ができなくなり、真っ赤な顔でのたうちまわるステンテッド。
毒を盛られたようなリアクションであったが、そんな状態に追い込んだツインテールの少女は、憐憫のかけらもない表情であった。
まるで雑魚モンスターを見下ろすような、あっさりとした様子で、観戦していた子供たちに言う。
「モンスターの中には、皮下脂肪をためているヤツがいるの。たとえばオークとかが、こんなふうにね」
少女は、まるで汚らわしいモノを触るみたいに、木刀でステンテッドの腹をぶよぶよと突く。
「この腹は、棍棒とかで殴っても打撃を吸収するし、剣を突き刺しても、内臓まで届かないことがあるわ。そんな時は、喉を狙ってやればいいの。喉は脂肪がつくにしても限界があるし、一撃で大きなダメージを与えられるわ、こんなふうにね」
少女は、さらに汚らわしいモノを触るみたいに、木刀でステンテッドの顔をぐにぐにと突く。
ブルドッグのように垂れた頬をいじくり回され変顔になると、子供たちの間からどっと笑いが起こった。
ステンテッドは、鼻を豚鼻のように持ち上げられがらも叫んだ。
「ふっ、ふじゃけるなっ! わっ、ワシは手加減してやったんじゃぞ! それなのに、調子に乗りおって!」
「ふうん、そうなの? じゃあ、そろそろ本気を出してもいいんじゃない? こんな顔にされてまで、遠慮することないでしょう」
「当然じゃっ!」
ステンテッドは地面の砂を掴んで、少女の顔に向かって投げつけようとする。
しかし稲妻のような木刀が一閃し、その不届きな手を打ち据えた。
……ガツンッ!
ありったけの砂を、自分の顔めがけてぶちまけてしまうステンテッド。
「うぎゃああああっ!? 目がっ!? 目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!?!?」
今度は顔を抑えて七転八倒。
二度も不意打ちを仕掛けておきながら、両方とも返り討ちにあったうえに、この情けないリアクション……。
子供たちはもう、腹を抱えて笑っていた。
ステンテッドは半泣きで叫ぶ。
「わ、笑うなっ! 笑うなぁぁぁぁーーーっ! ワシをいったい誰だと思っとるんじゃ! ワシは、勇……!」
しかし残りの言葉を、なんとか飲み込む。
ここで勇者であることを明かせば、ここにいる女子供はひれ伏すだろう。
泣いて許しを請うメスガキを、無礼討ちにすることくらいはできたかもしれないが……。
いや、できるはずもないのだが、少なくとも彼はそう思い込んでいた。
しかし勇者がこんな目に遭っているのがわかれば、いい恥さらしである。
ステンテッドはとっさに誤魔化した。
「ワシは勇……! 勇敢な冒険者なんじゃぞ! これからモンスター討伐の旅に出るところだったんじゃ! 新聞にも載るほどの、聖獣をな! そんなワシを笑って、タダですむと思うなよっ!? ワシが新聞の取材を受けたら、真っ先にお前らのことを答えてやる! 聖獣を討伐するほどのワシを、こんな目に遭わせた無礼者としてな! そしたらお前たちはもう、オシマイじゃ!」
砂が目に入ったせいで、涙が止まらない。
声も涙声になっていて、それはそれは哀れを誘う姿であった。
子供たちもさすがに可哀想に思ったのか、静まり返る。
彼らの表情は、残飯を漁るホームレスを見るかのようであった。
「自分は、あんな大人になりたくない」と……!
その沈黙を、ステンテッドは勘違いした。
「ようやくワシの凄さに気付いたようじゃな! いまさらワシに弟子入りしようとしたところで遅いわ! この国に名だたる勇……敢な冒険者をないがしろにした罪を、後悔するがいい!」
そしてふと、雷に打たれたように立ち尽くす、聖女の存在に気付いた。
彼女もきっと、自分の偉大さに気付いたのであろうと思ったステンテッドは、聖女を手招きする。
「おいっ、そこの女! お前は聖女なんじゃろう? こんな所にいるから、きっと場末の聖女なんじゃろうが……。まあいいっ! ここに来て、ワシに跪け! そしてワシの怪我を治すんじゃ! よく見ると可愛い顔をしとるから、お前だけは特別に、目をかけてやっても……!」
しかし聖女はもはや、ステンテッドの言葉など耳に入っていなかった。
なぜならば彼女の頭の中では、コンピューターのように高速回転し、ある計算をしていたからだ。
聖獣を討伐
↓
新聞に載る
↓
お店のピーアールになる……!
できあがったフローチャートは、このロンドクロウ小国での施策で失敗続きだった少女に対して、起死回生の一手のように響いていた。
しかしそれすらも霞むほどの天啓が、このあとに続く。
聖獣を討伐に行く
↓
仲間を集める
↓
戦士さんはクーララカさん
↓
魔導女さんはビッグバン・ラヴのおふたり
↓
聖女はわたし
↓
残るは、尖兵さん……
↓
尖兵さんは、どなたにお願いすれば……?
その答えは少女のなかで、ひとつしかなかった。
そう……!
お ・ じ ・ さ ・ ま ……!!
実をいうと、昨今の彼女は……。
答えだけが決まっていて、式の部分が空白の計算問題を解いているような……。
答えありきの、逆算思考を続けていた。
そのイコールの隣にあるのは、いつも同じキーワード。
そう……!
お ・ じ ・ さ ・ ま ・ っ……!!
彼女は、スラムドッグマートのドッグレッグ諸国担当になってからは、おじさまの側にいる時間がめっきり減ってしまった。
それでも、なんとか時間を捻出して、秘書としての仕事もこなしていたのだが、
「秘書の業務は結構です。それよりも、スラムドッグマートの展開に集中してください」
と言われる始末。
それでもあきらめきれず、なにかと理由をつけてはおじさまの所に報告に行っていたのだが、
「報告書を読んでいるので、口頭での報告は結構ですよ」
などと、わずかな『おじさま時間』をも断たれてしまう始末……!
すると思考は自然と、おじさまと会うための口実を探すようになってしまった。
いまの彼女は、その末期症状にある。
卵を割って双子の卵が出ただけで、おじさまに会う理由としてこじつけられないかと、真剣に思案するほどであったのだ……!
しかしここに来て彼女は、絶好の妙案を思いつく。
いや、見ず知らずのオヤジから、その答えともいえるものを与えられていた。
プリムラは心の中で、ステンテッドに手を合わせる。
――聖獣の討伐……!
なんという、素晴らしいアイデアなのでしょう……!
聖獣を討伐すれば、記者の方たちが、取材に来てくださる……!
そうなれば、この国の戦士さんたちに『スラムドッグマート』を大いにアピールすることができます……!
うまくいけば、おじさまにきっと喜んでいただけます……!
それに、それに……!
おじさまに尖兵を、お願いすれば……!
いっしょに、冒険……!
久しぶりに長い時間、おじさまのおそばに、いさせていただくことができます……!
これは、まさに……!
一石二おじさまの、妙案っ……!
こんな夢のような叡智を、授けてくださるだなんて……!
どこのどなたかは存じませんが、感謝しても、しきれませんっ……!
その『心の恩人』は、今もなお泣きながら助けを求めているのだが……。
もう彼女の中は、ひとりの殿方のことでいっぱいで、視界の隅にすらも入っていない。
いつも淑やかな少女にしては珍しく、ローブの裾が翻るほどの勢いで踵を返す。
『心の恩人』に背を向けると、完全に見捨てる者の勢いで、一目散に走り出した。





