48 お嬢様の復活
『スラムドッグマート』が臨時休業し、グレイスカイ島でエイリアンパーティを開催していた、その頃……。
ガンクプフル小国の王都にある、この国でもっとも賑やかだといわれる大通りは、高らかな笑い声が響いていた。
「おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほーーーーーーーーっ!! わたくしにとって、今日はこの国で過ごす、最後の一日……。置き土産に、わたくしのたくさんの愛を、みなさんに差し上げるのですわっ!!」
現代の車道にあたる、馬車の行き交う十字路に、自分の顔でデコレーションされた馬車を横付けしたお嬢様。
馬車の屋根の上に仁王立ちになり、ゲリラ街宣のように、道行く人々に向かって高らかに宣言していた。
しかし彼女はもう、この国のカリスマ魔導女などではない。
人々を苦しめた『パッションポーション書き換え事件』の共犯者のひとりとして、その名は地に堕ちていた。
今や『ゴージャスマート』の関係者は、この国の往来をまともに歩くことができない。
従業員だとバレれば石が飛んでくるような有様なのに、そのトップに位置していた彼女はなおさらである。
そんな民衆の敵とも呼べる人物が、顔を隠しもせずに白昼堂々現れたものだから、街頭は騒然となった。
「ふざけるなっ! なにが愛だっ! お前のしたことはわかってるんだぞっ!」
「そうよ! 自分がしたことがわかってるの!? なにがハイブリッド聖女よ!」
「インチキ商品を売りつけるなんて、一瞬でも憧れた私がバカだったわ!」
「きっと大魔法が使えるっていうのも、インチキだったのよ!」
「アンタなんか魔導女でもないし、聖女でもないわ!」
「みんな、やっちまえっ!」
お嬢様は、飛び交う石をひょいひょいとかわす。
その最中、右目と左目、両方の視界の隅で起こった出来事を、千里眼のような目力で見つけた途端、
……ガシッ、ガシッ!
両手で石を掴みとり、
……ビシュッ、シュバッ!
と風切るようなポーズで、それぞれ別の方角に向かって投げつけた。
右の石が向かった先は、
「かっ、鞄を取られたぁ! 誰か、アイツを捕まえてくれぇ!」
と、叫ぶ人の前を走っていた、ひったくりの頭にクリーンヒット。
左の石が向かった先は、
「ああっ、さ、財布がないっ!? すられたんだわ!」
と、切り裂かれたローブの袖に気付き、悲嘆にくれている魔導女の、そばにいた男の頭にクリティカルヒット。
倒れた男は、懐にしまっていた大量の財布を地面にぶちまけていた。
「ああっ、これ、私の財布っ!?」
「コイツがスリだっ! 捕まえろっ!」
ふたつの捕物が、お嬢様と右手と左手側で、同時に起こる。
しかし、石を投げるのに夢中な民衆は気付かない。
「どけどけえっ! どかないと、轢き殺すぞっ!」
暴れ馬のような馬車が、目の前を通り過ぎていく。
その馬車はオーバーランして、歩道いる子供たちに突っ込もうとしていたが、
それよりもはやく、お嬢様は手をかざし、
「アイスウォールっ!」
……ピシピシピシィィィィィーーーーーンッ!!
氷結魔法で氷の壁を作り、暴走馬車から子供たちを守る。
馬車は氷壁に激突し、バラバラになっていた。
「うっ、ううっ! 持病の癪が……!」
不意に、石を投げていた身なりのいい老婆が、胸を押えてうずくまった。
お嬢様はすかさず、彼女に向かって指をパチンと鳴らす。
「痛いの痛いの、おどきなさいっ!」
……パアァァァ……!
すると老婆は、癒しの光に包まれた。
「う、ウソじゃろ!? い、いままでお医者様でも治せなかったのに……!? あ、ありがたや、ありがたや……!」
彼女は感激して、持っていたハンドッグから札束を取り出す。
石のかわりに、お嬢様にお賽銭のように投げつけた。
お嬢様は迫り来る札束に向かって、バッと手をかざす。
「ウインドストームっ!」
すると突風が起こり、札束はバラバラになって木の葉のように舞い散る。
お嬢様は石をよけながら風を操り、そばにあった聖堂の前で行なわれていた、寄付募集の鍋めがけて札を放りこんだ。
残った札は、路地裏にいるホームレスたちに、それぞれ一枚ずつプレゼントされる。
その間、わずか一分。
なんとお嬢様は、カップラーメンができるよりもわずかな時間で、6種類もの善行をこなしてみせたのだ……!
この早業を見せられて、もう、石を投げられる者はいなかった。
彼女はつい先ほどまで、この街角で誰よりも嫌われ者であったのに……。
すでに失ったカリスマ以上のものを、取り戻していたのだ……!
怒号は一転、拍手喝采に変わる。
お嬢様は変わらぬ笑顔で手を振り返していた。
「では、ごきげんよう……! みなさまの今日一日が、良いものになることを祈ってさしあげますわっ! それではまた、いつの日かお会いしましょう……! おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほーーーーーーーーっ!!」
高笑いを合図に、バーンナップが駆る馬車、『愛の泉号』は走り出す。
そして、その日のガンクプフル小国の各地では、お嬢様無双と呼ぶにふわさしい彼女の活躍が繰り広げられた。
東に、身体が不自由なことで親から捨てられた孤児院あらば、その前に立ち、
「痛いの痛いの、ぜんぶまとめておどきなさいっ!」
と叫び、子供たちを健やかにする。
西に、死産に瀕した母あれば、その前に立ち、
「人間において、もっとも愛を受け取る権利があるのは、下流にいる赤ちゃんとご老人……! 幸せになって当然の存在が、愛を受け取る前にこの世を去るなど、死神が許しても、このわたくしが絶対にゆるしませんわっ!」
その場にいた医者も産婆も、誰もがあきらめていた命を、見事に救う。
南に、ひとり孤独に命尽きそうなホームレスの老人あらば、
「大丈夫、死ぬのは怖くありませんわ。このわたくしが天国まで付き添ってさしあげましょう」
一緒に瞼を閉じ、老人の魂とともに、あの世に行き……。
「このご老人は、いままで立派に生きてこられたのす! それだけで、じゅうぶんな善行ですわっ! あなたがエンマだかメンマだか知りませんけど、このお方を天国に行かせないというのであれば……。このわたくしが、あなたを地獄に堕としてさしあげますわよっ!!」
本当に天国まで見送ってやり……。
北で、盗賊たちの縄張り争いあらば、
「つまらないことはやめるのですわっ! ……なんですの? 女のクセに、出しゃばるな? 奴隷にされたくなかったら、ひっこんでろ……? 上等ですわっ! わたくしを従えることができる者など、たとえ女神であっても不可能なのですわっ! なぜならば、このわたくしは、唯一無二の、愛の泉……! フォンティーヌ・パッションフラワーだからですわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
両軍をぶちのめして、両軍とも配下にしていた。
夕陽に向かって走っていく、お嬢様の馬車。
この国全ての人々が、その長く伸びる影を追いかけていた。
「い、行かないでください、フォンティーヌ様っ!」
「私たちが間違っていました! やっぱりあなた様は、最高の大魔導女にして、最高の大聖女様です!」
「この国には、あなた様のような人が必要なのです! どうか、どうかーーーーーっ!!」
跪いて泣きすがる人々に向かって、お嬢様は言う。
馬車の屋根の上で、朝と変わらぬ仁王立ちのまま。
噴き上がる水しぶきのように、髪をなびかせ……。
愛で沸かした熱湯からたちのぼったような夕靄を、しとどにたたえながら。
「夕陽を見たら思い出すのです! この熱き光は、わたくしからの愛であると! わたくしとみなさんは、この赤き空を通じて、愛という光で繋がっているのですわ! いつまでも、どこまでも……愛ある限り、わたくしたちはひとつ……! なぜならば、この世界は……『愛』という名の極光の流水をたたえる、聖なる泉に他ならないからですわっ! おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほーーーーーーーーっ!!」
第5章、これにて終了です!
いつもだと続けてやる内容を細切れにしただけのような気もしますが…とりあえず60話内には収めました!
第6章においてもプリムラとフォンティーヌの戦いは続きます!
いつもであれば、このあとは登場人物紹介を挟むのですが、今回は最後の最後にまとめてやりたいと思います。
そして章の区切りとなりましたので、少しだけお休みを頂きます!
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