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02 予期せぬ宣戦布告

 ゴルドウルフはこれまでに、幾多の勇者たちから陰で『駄犬』と呼ばれ蔑まれ、使い倒されたあとは『捨て犬』と称して追放されてきた。


 そんな悲哀に満ちた人生を送ってきた彼であったが、今は満ち足りている。

 なにせ今や、この街での下級職冒険者たちにはなくてはならない店『スラムドッグマート』の支部長を務めているからだ。


 そして、下級職小学校のキャンプに付き添ったことから、騎士の名門『ナイツ・オブ・ザ・ラウンドセブン』のお嬢様、シャルルンロットに気に入られてしまう。


 しかし、これがさらなる激闘の幕開けになろうとは、まだ、誰も知らない……。


 きっかけは、教師のグラスパリーンと一緒に店に訪れた、お嬢様からの依頼だった。


 生徒と教師というより、小学生姉妹のようなふたり。

 頼りない姉を引き連れるようにして、店のスイングドアをバーンと破った妹は、開口一番、



「ゴルドウルフ! 10人分の最高級鎧がほしいわ! 明日までに用意しなさい!」



 ビシイッ! とひとさし指を突きつけて言い放った。


 背中を向けて棚にナイフを並べていたゴルドウルフは、手を止めて振り返る。



「いらっしゃい。シャルルンロットさん、グラスパリーン先生」



 一匹狼のような精悍な顔つきに、可愛らしい犬のイラストが入ったエプロン姿。

 かつては恐れられていた極道が、足を洗って喫茶店のマスターをしているような、妙なギャップを感じさせた。


 彼はしゃがみこみ、目線を合わせて応対する。

 小学生姉妹のようなふたりの場合、このほうが話しやすいのだ。



「10人分の鎧ですね? 用途はなんでしょうか?」



「決闘よ決闘! クラスのみんなで決闘するの! ボコボコのグサグサにしてやるんだから!」



 鼻息を荒くしながら先走る妹に、見かねた姉がそっと紙を差し出した。



「あの、クラスのみんなで、この大会に参加することになったんです……」



 その紙には『ゴージャスマート杯 小学生対抗剣術大会 アントレア代表選抜』と大きな文字で書かれていた。

 それだけで、ゴルドウルフはすべてを理解する。



「ああ、剣術大会に参加するんですね。わかりました。剣術大会でしたらマナシールドがありますし、剣先にはカバーをするので突き刺さることはありません。ですから鎧よりも、動きやすい鎖帷子(くさりかたびら)のほうがオススメですよ」



 安価な鎖帷子よりも高額な鎧のほうが、利幅が大きくて儲かるのだが、客の用途に適したものを勧めるのがこの店のモットーである。

 しかし、提案された客は不満そうだった。



「鎖帷子ぁ? なんだか兵士みたいで弱っちそうじゃない? アタシたちのイメージは騎士なんだけど」



「それでしたら、上からお揃いの外套(がいとう)を羽織ってみてはどうですか? デザインを騎士っぽくすれば、鎧よりも見た目は良くなると思いますよ」



「なるほど、外套ねぇ……それ、いいかも! うん、そうしましょう! 10人分の鎖帷子と外套を明日までにちょうだい! あと、外套のデザインも任せたわ! 代金は『ナイツ・オブ・ザ・ラウンドセブン』に請求して!」



「ありがとうございます。鎖帷子を着るのはクラスメイトの方々ですよね? でしたらサイズは知っておりますので、採寸は結構です。鎖帷子はすぐにできるので、明日にはお渡しできます。外套はデザイン込みとなりますので、少し時間をいただければ。ただ、大会までには間に合わせます」



「うん! それでいいわ! いいわよね!? グラスパリーン!」



「えっ? あ、えっと……は、はい」



 やりとりの速さについていけず、女教師は分厚いメガネごしの瞳をパチパチさせるばかりであった。

 ゴルドウルフは他にも気になることがあったので、次は彼女に向かって尋ねる。



「ところでグラスパリーン先生、大会参加にはマナシールドを張る顧問の先生と、救護用の聖女か治癒術士(ヒーラー)が必要ですよね? そちらは大丈夫なのですか?」



 すると案の定、モジモジと肩をすくめる女教師。

 彼女が頼み事をするときの仕草だ。



「それで、あのぉ……ちょっと、お願いがありまして……。私は大会までにマナシールドの魔法を使えるようにならなくちゃいけないんですけど、うまくできなくて……ゴルドウルフ先生に、コーチしていただきたいなぁ、なんて……。救護要員については、学校の保健の先生にお願いしようと思ったんですけど、大会の日は一世一代をかけたお見合いの日だって、断れちゃいまして……。それで、どうしようかな、なんて……」



 だいたい予想どおりの内容だったので、ゴルドウルフは「わかりました」と即答する。



「では、マナシールドについては私がお教えしましょう。救護については……」



「わたしでよろしければ、させていただきますが?」



 いつの間にかゴルドウルフの隣にいた聖女プリムラが、控えめに手を上げていた。


 彼女は聖女の名門『ホーリードール家』の次女で、ゴルドウルフが『スラムドッグマート』を始めるきっかけとなった人物。

 まだ14歳ながらもしっかりしており、今や支部長つきの秘書のような存在となっている。


 ゴルドウルフに何かあると、彼女はいつの間にか側に寄り添っていて、腕にそっと手を当てているのだ。


 いつかこの腕に、ぎゅっと抱きついてみたい……と健気に思っているのだが、オッサンは気づいていない。



「よいのですか、プリムラさん?」



「はい、喜んで。いずれにしても、当日は応援に行くのですよね? でしたら私もご一緒させていただきたいです」



 蕾が開くような、パッとした笑顔を浮かべるプリムラ。

 それがあまりに屈託を感じさせなかったので、ゴルドウルフは彼女の言葉に甘えることにした。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それからの大会までの日々は、めまぐるしく過ぎていった。


 ゴルドウルフは子供たちへの剣術の指導と、グラスパリーンへのマナシールドの指導。


 プリムラは外套のデザインをしていたのだが、それは騎士の格好をした『ゴルドくん』になった。


 ゴルドくんは、野良犬をモチーフにした『スラムドッグマート』のイメージキャラクターである。

 その立場に似つかわしくない、立派な格好をした彼が、サムズアップをしているイラストが外套に大きく刺繍された。


 そしていよいよ大会当日。

 ゴルドウルフとプリムラは、グラスパリーンの補佐と、応援のために朝早くから会場へと向かう。


 到着して目に飛び込んできたのは、壁一面にデカデカと貼られたトーナメント表。

 そこに書かれていたチーム名に、ふたりは度肝を抜かれた。



 『スラムドッグマート with ナイツ・オブ・ザ・ラウンドセブン』……!



 知らず知らずのうちに、スポンサードのような形になっていたのだ……!


 これは……この大会に大きな波乱を投げかけることになる。


 なぜならば、『ゴージャスマート』の名を冠した大会に、『スラムドッグマート』の名前がある……。

 これは小さな個人商店が、世界展開しているチェーン店へ殴り込みをかけたも同然だからだ。


 さらに本来であるならば、この大会のコミッショナーは、アントレアの街にある『ゴージャスマート』を束ねる支部長、ダイヤモンドリッチネルだった。

 だが彼は、



「大会が終わった次の日に、俺は方面部長になるんだよねー! だから、そんなザコい仕事はパスでぇーっす! 勝手にやっといて! キャハッ! それに、その日は昇進パーリーなんだよねー! だからムリでぇーっす! でも、ま、行けたらいくよ! キャハハハハハハッ!」



 と大会スタッフに丸投げしてしまったのだ。


 いっけん無関係のように見えて、じつは深く繋がりのある、このふたつの事実……。

 そしてそれらが結びあったとき、生まれるものは、ただひとつ……!


 そう……! アレ……!

 アレ(●●)なのだっ……!!

『アレ』はもうわかりますよね?

そう、勇者ざまぁ、です!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 嫌な顔一つせず引き受けて・・・偉いなあオッサン・・・。 もちろんプリムラさんもね♪ わんわん団長、ええ度胸や・・・ほなスラムドッグマートを背負って貰うで? これが後の 『姫騎士』 の伝説…
[一言] あれ?ああ、アレのことね!もちろん分かってるよ?
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