46 超・重追放(ざまぁ回)
『ゴージャスマート』は、ガンクプフル小国から完全撤退した。
通常、撤退というのは売り上げがじょじょに下がっていった場合に行なわれる。
この先の展望が見込めなくなったため、負債を増やす前に店をたたんでしまおうというわけだ。
しかし今回の撤退は異例であった。
『パッションポーション』のおかげで、近隣諸国でもダントツの売り上げを誇っていた、この支部。
売り上げグラフからすれば、さながら打ち上げロケットのように、どこまでもどこまでも昇っている状態。
まさにイケイケの状態であったのに、まるでそれが空中爆発を起こしたかのように、グラフが途切れるに至ったのだ。
その謎の失踪にも近い撤退をせざるを得なくなったのも、『パッションポーション』のせいだというのだから、皮肉なものである。
いや……。
正確には、ある人物のせい、と言ったほうがいいだろうか。
ではここで、それらの人物たち……。
命運がくっきりと別れてしまった者たちが今どうしているかを、見てみるとしよう。
まず、猟犬ガンハウンド。
彼は野良犬のシッポを掴むために、わざわざガンクプフルの地で捜査を続けていた。
その途中、ガンクプフルの憲兵局と勇者がズブズブである事実を突き止める。
しかし彼は、そんなことには興味がなかった。
勇者との癒着などこの世界では珍しいことではない。
それに彼は勇者などどうでもよく、野良犬以外は眼中になかった。
しかし見えざる野良犬の肉球に、背中を押されるように……。
気付いたらガンクプフル小国の女王、ロボロフと謁見するハメになっていた。
そこで彼はしょうがなく、憲兵局と勇者の汚職を告発する。
結局、彼が掴み取るに至ったのは、野良犬のシッポなどではなく……。
『汚染されたガンクプフル小国の憲兵局を救ったヒーロー』という、栄光の座……!
ロボロフから勲章を授与され、大いなる感謝の意がハールバリーの女王にも伝えられた。
ハールバリーの女王バジリスは、鶴の一声でガンハウンドを昇格させる。
現在の日本の警察に例えるなら、『警部』から『警視』への出世である。
ちなみ憲兵局の最高権力者は、『憲兵局大臣』なのだが……。
すでにガンハウンドは、その地位も夢ではないのでは、と囁かれるほどの期待のホープとなっていた。
これも、ある意味皮肉なものである。
ガンハウンドが、オッサンのことを付け狙っていることも知らず……。
オッサン大好き幼女王は、その危険人物に、さらなる力を与えていたのだ……!
さて、自覚のないまま出世ロードを邁進する人物を見ていただいた後は……。
その逆の、自覚のないまま坂道を転げ落ちる人物を見ていただこう。
それはもちろん、ステンテッド……!
彼はガンクプフル小国の留置場にいた。
これまでの勇者一強の世界では、『勇者は留置場に入れられることはない』というのが常識。
確たる証拠がある場合はその限りではいが、本人が否認する場合は拘留できないのが普通であった。
しかしガンクプフル小国は、世界の非常識である『反勇者』を謳っている。
そのため、たとえ勇者であろうが一般市民と同じ扱いを受けることとなったのだ。
そして本来、刑罰が下されることも異例であった。
なぜならば、これも世界の常識なのだが、国家が下す刑罰よりも、勇者組織の私刑のほうが正義であり、厳正であるとされているからだ。
そう考えれば、ステンテッドに三階級特退の処分が下された時点で、もう十分、裁きは下されたとみなされるのだが……。
世界の非常識上等のガンクプフル小国の司法は、そう判断しなかった。
「ワシは勇者じゃぞ! 勇者であるワシを裁くなど、いい度胸をしておるではないか! ワシを罰するということは、ゴッドスマイル様を罰するのと同じことなんじゃぞ! どうだ、わかったか裁判長! わかったら今すぐ、ワシにその座を明け渡すんじゃ! いまからワシが貴様を裁いてやろう!」
などと、罪への反省どころか、意味不明の供述を繰り返す、被告に対し……。
裁判長が、下した判決は……。
『超・重追放』っ……!
これは『追放刑』の一種である。
ガンクプフル小国の『追放刑』は、その重さによって4段階に分けられている。
王都の領全体への立ち入りを禁ずる『軽追放』。
王都と指定主要都市への立ち入りを禁ずる『中追放』。
王都のすべての街と村への立ち入りを禁ずる『重追放』。
そして『重追放』よりもさらに重い『超・重追放』とは……。
国内からの、完全追放っ……!
それも無期限という、オマケつきっ……!
ステンテッドの罪は、詐欺、毒物不法取り扱い、傷害、脱税、密猟、窃盗、わいせつ物陳列罪など、枚挙にいとまがなかった。
ただ死者は出なかったということで、この罪に落ち着いた。
それでも、この国の司法に照らし合わせて考えてみれば、異例の重い処分であった。
なぜならばこれは、勇者たちへのメッセージの意味もあったのだ。
勇者はこの国に居ても良いが、特別扱いはしない。
仇なすものは、我々の正義にて、全力をもって制裁を行なう。
戴冠式での女王の、『脱勇者宣言』は……。
ただのパフォーマンスではないということを、肝に銘じておけ……!
我々は、本気である、と……!
『超・重追放』の判決を受けたステンテッドは、即日、追放を受けた証を与えられた。
これは、再入国を防止するための処置である。
その、証とは……。
本人側から見て、右の頬のあたりへの魔法焼印……!
これは通常の焼印よりもさらに高温で、跡が一生残るというもの。
さらには、メイクなどでも隠すことができない。
マスクなどで覆えば隠すことができるが、そんな格好をしていたら、すぐに不審者だとわかってしまうのだ。
ちなみに焼印は『二』という文字である。
これは、ガンクプフル小国にある故事、『ガンクプフルに置き場なき者は、二界に身の置き場なし』から来ている。
『二界』というのは、『地上』と『天国』のことを指す。
ガンクプフル小国こそ地上の楽園なので、そこに身の置き場のない者は、残る『一界』……。
すなわち『地獄』に落ちるしかない、という意味が込められている。
この焼印刑の実行にあたっては、ステンテッドは最後の最後まで抵抗した。
屠殺される豚のように大暴れし、なおも強気な姿勢を崩さずに叫んでいた。
「やめろっ! やめろっ! やめるんじゃっ! ワシにこんなことをして、タダで済むと思っとるのかっ!? ワシは勇者様じゃぞっ! ワシにかかれば、お前らみたいな雑魚の首くらいなら簡単に飛ばせるんじゃ! 今なら土下座だけで許してやるぞっ! さぁ、このワシに跪くんじゃ!」
嗚呼……。
彼はこの期に及んでも、まだ気付かないでいるのだ……。
もはや『勇者』という権限は、この国では何の価値もないということに……!
そして、なおもしがみついていたのだ……。
砂上の楼閣のように、ボロボロと崩れていく、『勇者』という、組織に……!
彼がそのことに気付いたのは、焼印の灼熱を肌で感じた瞬間だった。
「やっ……! やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーっ! い、いや! やめてくれっ! お、お願いだっ! なんでも、なんでもするっ! 金が欲しいのか、それとも女か、地位かっ!? な、なんでもくれてやるっ! い、いや、なんでもします! なんでもしますからっ!! ゆ、許してっ! 許してぇぇ!! ぶ、豚の泣き真似をしろと言われたら、ほっ、ほれ、このとおり! ぶっ……! ブヒッ! ブヒッブヒッ! ブヒィッ!! ど、どうじゃ!? そっくりじゃろ!? 面白いじゃろ!? 無様じゃろ!? だ、だから……!」
……ジュウウウウウウウウウウウウウウウウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
「ぶひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」





