44 満喫、勇者ライフ
ステンテッドは、『パッションポーション書き換え事件』の後始末に追われていた。
そう言うと自業自得のような気もするが、彼自身はほとんどなにもやっていなかった。
ガンクプフル小国内のゴージャスマートを馬車でめぐり、魔導女やマスコミに詰め寄られる部下たちを、他人事のように高みの見物。
……事態が沈静化したらしたで、彼は今度は近隣の店長や支部長を呼び集めるようになった。
なんとっても、呼び出し元は座天級の調勇者である。
部下である調勇者たちは、いくら忙しくても従わざるをえない。
誰もが業務そっちのけで、超特急でステンテッドの元へと飛んで行った。。
集まった勇者たちは、『研修室』と呼ばれる椅子ひとつない部屋で立ちっぱなし。
ステンテッドだけが、革張りの椅子にふんぞり返っていた。
「全員揃うまでに、一時間もかかった! これがどういうことかわかるか!? ここにいる全員の時給を合わせた分をドブに捨てたようなもんなんじゃ! 一番遅刻したのは、そこの支部長じゃったな!? なぜみなの貴重な時間をドブに捨てたのか、理由を言ってみい!」
ステンテッドは新しいウサ晴らしとして、『部下いびり』なるものを見いだしていた。
彼自身が小天級の『偽勇者』だったころ、さんざん上役の勇者たちに嫌がらせをされてきた。
それを今、やり返しているというわけだ。
相手はみんな本物の勇者で、ゴッドスマイルの血縁である。
ステンテッドがいくら試験昇格の『仮勇者』だったとしても、勇者たちは逆らえなかった。
なぜならば、ステンテッドが最終的に切られることを知っているのは、勇者組織内でも上層部の人間だけ。
他の末端勇者たちは、この試験期間が終わったら本格的に自分の上司になるのだと、戦々恐々としていたのだ。
ステンテッドの部下いびりは続く。
「よぉし、じゃあもう一度点呼を取るぞ! 端から順番に番号を言っていくんじゃ! ……いま、12番がほんの少しだけ遅かったぞ! もう一度やりなおしじゃ! ……今度は、58番のやる気が感じられんかった! もう一度じゃ! ワシが納得する返事ができるまで、何度でもやり直させるぞ!」
「ふうん、お前の所の店舗は売り上げが横ばいじゃのう。なんでもっと努力せんのじゃ? それなのに定時に店を締めてあがるとは、いい度胸じゃのう! 罰として今日から一ヶ月間、夜間営業じゃ!」
「なに? 営業時間内に精一杯努力してる? お前の場合は空回りしとるんじゃ! 檻の中のハツカネズミのようにな!」
ステンテッドの部下いびりは、本物の勇者のソレとは一線を画していた。
やたらと精神論にこだわっていて、そしてネチネチと嫌らしかった。
なぜならば、ヌクヌクと育ってきた勇者のいびりと、辛くて長い下積みを強いられてきた『仮勇者』では、そもそも腹に抱えているヘイトの量が違っていたからだ。
「ワシが店員だったころは、残業100時間は当たり前じゃった! そのくらいワシは『ゴージャスマート』に尽くしてきたんじゃ!」
そしてふと、彼の頭上に電球が閃いた。
「そうじゃ! いいことを思いついた! ここにいる全員、残業100時間じゃ! そうすれば落ちていた売り上げも回復するじゃろう! 我ながら、なんという名采配! きっとボンクラーノ様も褒めてくださるに違いない!」
これにはさすがに、黙って耐えていた勇者たちからも不満の声があがる。
しかし、人の話を聞かないステンテッドに通用するはずもなかった。
「ええい、ワシを誰だと思っとるんじゃ! 座天級の勇者、ステンテッド様じゃぞ! ワシがその気になれば、お前らのような雑魚の一匹や二匹、簡単に追い出せるんじゃ! ワシの命令に逆らう者は、即刻『堕天』させてやるからそう思えっ!」
もちろんそんな権限は、彼にはないのだが……。
『堕天』と聞いて勇者たちは青ざめ、一斉にひれ伏した。
「お……お許しくださいステンテッド様! 俺たちが間違っていました!」
「ステンテッド様には二度と逆らいませんので、どうか、どうかお許しを!」
「俺の隣にいるコイツ、『お前に呼び出されるのがいちばん時間のムダだ』って言ってました!」
「なっ、てめぇ!? お前こそ、『残業を誤魔化して、してるフリだけしてればいいや』って言ってただろうが!」
いままでさんざん虐げられてきた勇者達が、手のひらを返して媚びへつらうのを見て……。
ステンテッドの気持ちは、秋晴れの空のようにスッキリとするのであった。
ステンテッドは勇者いびりを存分に堪能したあとは、遅めの昼食を取る。
『偽勇者』時代は、妻の作ってくれた弁当。
午後の仕事に向けてがんばってほしいと、貧乏ながらも妻がやりくりした弁当は、稼ぎのわりにご馳走だったのだが……。
今では「そんな冷たい飯が食えるか」と見向きもしなくなってしまった。
王都にある、王族が通うような一流レストランで、最高級のランチに舌鼓を打つ。
テーブルを囲むのは冴えない同僚でも、そして勇者でもなく……。
うら若き美少女であった。
いかにも清純可憐といった少女は、こんな高級レストランなど生まれて初めてだったようで、キョロキョロ落ち着かず、口にしたものを全てに目を見開いていた。
「……おいしいです! こんなにおいしいお料理を食べたのは、生まれて初めてです!」
「がっはっはっはっ、そうじゃろうそうじゃろう。でもワシくらいの勇者になると、もう食べ飽きとるんじゃ!」
「こんな王様みたいなお料理を、食べ飽きるだなんて……。さすがは勇者様!」
「がっはっはっはっ! かわいい奴じゃ! ではそろそろ、ワシの晩飯に付き合う権利をやろうかのう!」
「い、いえ、そんな! 私のような女が、ステンテッド様といっしょにご夕食など、恐れ多いです! 今でさえ、女神様に選ばれたような、信じられない気持ちでいるというのに……!」
「がっはっはっはっ! 世の中の女がみいんな、お前みたいに素直でかわいかったら良かったんじゃがのう! 同じ聖女でも、あのナマイキ女とはえらい違いじゃ!」
「ステンテッド様に逆らうような、大それた方がおられるんですか?」
「そうとも、女が男に逆らうだけでも大罪だというのに、あの女は勇者であるワシの言うことを、ちっとも聞かんのんじゃ! 見当はずれのことばかり言って、失敗ばかりしおる! そのおかげで、ヤツはいま自宅謹慎中じゃ! 今回ヤツがしでかしたことも、ワシがいなかったら大変なことになっておったじゃろうなぁ!」
「さすがステンテッド様! ステンテッド様おひとりで、『ゴージャスマート』が持っているようなものなのですね!」
ステンテッドは無垢な少女を騙してさんざんチヤホヤさせて、いい気分で仕事へと戻る。
昼食代はもちろん、「今後もこの店を贔屓にしてやるから」と払わなかった。
ゴージャスマートが大変だというのに、ひとり『勇者ライフ』を満喫する、このダメオヤジ……。
しかし彼は、知らなかった。
自分の知らないところで、自分が切り捨てられる算段が、密かに進んでいることを……!
次回、いよいよざまぁです!





