39 愛こそすべて
ボンクラーノは即日、セブンルクス王国にある勇者専用の病院に入院。
個室の前には見張りを立たせて面会謝絶、布団をかぶって真っ青になって震えていた。
「なんで……! なんでなんでなんでっ!? 『パッションポーション』のおかげでボンは魔導女たちにモテモテになって、そのうえボロ儲けして、パパに褒めてもらえるはずだったボン……! なのになんで、こんな事になってしまったボン……!?」
がちゃりと開いた病室の扉の音にも「ひいいいいいーーーーっ!?」と怯える始末。
そして入り口に立っていたのは、医者でも看護婦でもない、見ず知らずのふたりの男だった。
でも黒いローブ姿ではなかったので、すぐに強気を取り戻すボンクラーノ。
「きっ……貴様らは何者なんだボンっ!? ボンは絶対安静で、面会謝絶だボン!」
ふたり組みの男のひとりは、喪服のようなスーツに帽子のノッポ、もうひとりはガタイのいい大男であった。
「そのわりには、お元気そうですねぇ、っと」
ノッポは会釈のかわりに帽子をなおし、ベッドに近づいてくる。
「くっ、来るなボンっ! み、見張りはなにをしているボン!? いますぐコイツらを片付けるボンっ!」
「あ、病室の外にいる方々でしたら、いま眠っておられるようですよ、っと。たぶん、ランチで満腹になって、眠くなってしまわれたんでしょうなぁ」
「くっ……!」
ボンクラーノはベッドの傍らにあったショートソードを掴んで、すぐさま抜刀。
しかし慇懃無礼な男は、ギラリ光る切っ先を向けられても、肩をすくめるばかりであった。
「落ち着いてください、ボンクラーノ様。僕たちは怪しいものじゃありませんよ、っと。申し遅れました、僕はハールバリー小国の憲兵局のガンハウンドという者です。こっちのデカいのは、僕の部下のソースカンですよ、っと」
ソースカンは「お初にお目にかかります、ボンクラーノ様っ!」と最敬礼する。
「なっ、なんでハールバリー小国の憲兵が、こんな所にいるボンっ!? だいいち、セブンルクスとハールバリーは国交断絶状態にあるはずボンっ!」
「いや、犯罪捜査を行なう憲兵は、特権で行き来できるんですよ。特に僕たちが追っている魔王信奉者は、国をまたいで活動するのが普通ですからね、っと」
「さ……魔王信奉者……!? このボンが、魔王信奉者とでも言うのかボンっ!?」
「いえいえ、違いますよ、っと。僕たちはボンクラーノ様に、ちょっとお伺いしたいことがあって来ただけです」
ガンハウンドは懐から小瓶を取り出す。
それはボンクラーノにとっては馴染み深く、でも今は見たくもないシロモノであった。
苦い顔をするボンクラーノにかまわず、ガンハウンドは続ける。
「ボンクラーノ様は、こちらの『パッションポーション』を、ガンクプフル小国のゴージャスマートで販売されていますよね?」
「それがどうしたボン。……あ、わかったボン! 違法なポーションということで、ボンを捕まえにきたボン!? それなら無駄だボンっ! ガンクプフル小国の憲兵局には、パパの知り合いがいっぱいいるボンっ!」
「そうなのですか、っと。でも、ポーションの違法性については僕たちの管轄外なので、どうでもいいんですよ、っと。僕らが聞きたいのは、売った相手のことです」
「売った相手……?」
「ええ。どうやらこの『パッションポーション』がいま、ガンクプフル小国の魔王信奉者の間で大流行しているようなんですねぇ、っと」
「『パッションポーション』は、魔導女たちのために作ったものボン! なんで魔王信奉者が使う必要があるんだボン!?」
「魔王信奉者は人間を生贄に捧げるというのを、ご存じですかな? 彼らの信奉している魔王は、信者の忠誠心を試すために、同族である人間を生贄に捧げさせるんです。それも、身近な人間ほど、高ポイントになるようなんですなぁ……っと」
「身近な人間ほど、高ポイント……?」
「そう。たとえば自分の親や子供、妻や恋人などですな。これは『自分が愛している』人間といったほうが、正しいかもしれませんな。愛する人間を生贄にすればするほど、彼らはより悪魔に近づけるというわけです。そしてその愛する人間の地位が高いほど、魔王は喜ぶ……という考え方のようなんですなぁ、っと」
「く、狂ってるボン!」
「いやはやまったく。魔王信奉者というのは生贄にするために恋人をつくり、結婚して子供をもうけ、幸せな家庭を築いたところで、自分以外の全員を生贄に捧げる……。そしてまた、新しい恋を始める、というのを繰り返すわけなんですなぁ」
「お、おぞましいボン……! でも、その事とパッションポーションが、何の関係にあるボン?」
「ここまでご説明して、まだわかりませんか? 魔王信奉者の生贄は、異性だろうが同性だろうが、子供だろうが老人であろうが構いません。大事なのは、『その人物をどれだけ愛しているか』という点です。でも、人を心の底から愛するのって、案外大変なことですよねぇ。もしそんな時に、飲んだだけで誰かを好きになるポーションがあったら、彼らはどうすると思いますか?」
「まっ……まさかっ!?」
「そう、そのまさかです、っと」
「さ……魔王信奉者に愛されると、どうなってしまうボンっ!?」
「そうですねぇ、彼らはまず、生贄として狙っている人間を、苦しめるという行為をします。彼らなりの愛情表現というわけですな、っと。それはたとえば、愛する人の最愛の、ペットを惨殺する、など……!」
ボンクラーノの脳裏に、変わり果てた愛馬の姿がフラッシュバックする。
「ここに来る前にちょっくら調べさせてもらったんですが、ボンクラーノ様の身辺には最近、怪しい者たちが現れるようになったそうですねぇ?」
「そっ……そうなんだボン! ヤツらは絶対に魔王信奉者に違いないボンっ! はっ、はやく、ヤツらを全員捕まえるボンっ!」
「ええ、それでお話を伺いに参ったというわけです、っと。まわりにいる雑魚を捕まえてもキリがありませんから、ボスを探しているというわけです。今回の一件も、ボスの仕業という事まではわかっています」
「ボス……!? ソイツは、何者なんだボン!?」
「まだこちらもハッキリと正体を掴んだわけではないんですよ、っと。ただ、『パッションポーション』を持っている魔王信奉者を締め上げたら吐いたんですよ、『パッションポーション』の効果対象が、ボンクラーノ様になったから、その出荷分から、買い占めを行なうようにと、ボスから指示があった、と……」
「なっ、なんでボスは、そのことを知って……!? い、いや、なんでもないボンっ!」
「ボスはとんでもなく悪知恵の働くヤツのようでしてね、僕たちにもまったくシッポを掴ませないんですよ。しかしヤツも、うまい所に目を付けたもんですよねぇ、っと。ボンクラーノ様ほどのお方であれば、生贄としての価値はじゅうぶん過ぎるくらいにある。そのうえポーションを飲めば、簡単に最愛の人にできる……。魔王信奉者とって、これほどおいしい獲物は、そうそうないでしょうなぁ、っと」
「ひっ……ひいい……!」
「彼らはこんなまたとない獲物を、すぐに殺したりはしません、っと。ボンクラーノ様の愛する者や、大切な物を奪うことで、長く長く苦しめようとするでしょう。牛や豚に、恐怖や苦痛を感じさせるほど、美味しい肉になるように……。じっくり、ゆっくり、たっぷり、じわじわ、と……。ヤスリでこそぎ落とすように、心を壊していくんでしょうなぁ……!」
「ひっ……!? ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」





