37 異変(ざまぁ回)
それは、『パッションポーション』の販売本数が1億本を突破し……。
記念祝賀パーティが行なわれた、翌日の朝のことであった。
ボンクラーノは泥酔して、ファンの魔導女たちに自室に送ってもらい……。
これまた住まわせていた魔導女たちの手によって、寝室に運ばれていた。
そして、二日酔いの頭で目覚めた彼は、最高の夜から一転、最悪の朝を迎えることとなる。
「うう……なんだか、へんな夢を見ていたボン……」
蒼白い顔を振るボンクラーノ。
とても出社できる状態ではなかったので、今日は大事を取って休むことにした。
そのままベッドで寝入ったはいいものの、いままでの人生でも経験したことのない悪夢の連続に
見舞われる。
ありとあらゆる拷問器具にかけられ、終わりなき苦痛を与えられるという、恐ろしい夢だった。
しかも途中で意識は覚醒することなく、まるで現実のように延々と続く。
8時間ほど経ってようやく目覚めた頃には、まるで水を浴びたように全身が汗びっしょりになっていた。
そんなことが、数日に渡って続いた。
仕事中でも家にいる時でも、猛烈に眠くなるのだが、寝たら悪夢が待っている。
コーヒーを飲んだり頬を叩いたりして起きていようとしたのだが、気付いたら火あぶりにされ、針のむしろに座らされているような日々が続く。
いよいよ精神的にも参ってきて、黒々としていた髪にも白髪が交ざりはじめた。
見かねたシュル・ボンコスが医者をすすめてくれたので、受診してみると……。
「もしかしたら、『悪夢ヒル』に食われているのかもしれませんね」
『悪夢ヒル』というのは、食いついた者の血を吸い、文字どおり悪夢を見せるのだという。
ボンクラーノは全裸になって、身体のすみずみまで検査を受けたのだが、どこにもヒルはいなかった。
念のために、と『記録玉』の技術を応用した、特殊検査を受診する。
これは現代でいうところ『レントゲン』のようなもので、身体の中を透過して撮影することができるもの。
そしたら、いた……!
まるで、リスが樹皮に埋め込んでいった、無数のどんぐりのように……。
いや、そんなファンシーな比喩ではすまされない、おぞましさ……!
まるで雨の日に軒下に集まってきたナメクジのように、びっしりと……!
ヒルが胃壁に、張り付いていたのだ……!
「うわあああああっ!?」
これには思わず医者もボンクラーノも、みっともなく叫びだしてしまった。
「な……なんでだボン!? なんでこんな気持ち悪いものが、ボンの身体の中にいるボンっ!?」
「『悪夢ヒル』というのはモンスターの一種なので、冒険者でもなければ食われることはありません。しかも胃にいるということは……ボンクラーノ様は冒険に出られて、そこで変なものを食べたりしませんでしたか?」
「そんなこと、するわけないボンっ! 子供の頃は冒険に出たこともあったけど、今は調勇者ボン!」
「そうですか。最近冒険に出られていないとなると……もしかしたら、食事に混入されていたのかもしれませんね」
「そんな、ボンは変なものは食べていないボンっ!?」
「『悪夢ヒル』は秘境にしか存在していないので、間違って混入する類のものではありません。ですから、誰かが意図的に食事に混入したとしか……」
「うぐぐ……! 誰がいったい、そんなことを……! でも、そんなことは後だボンっ! それよりもこの気持ち悪いのをなんとかするボンっ! いますぐボンの身体から追い出すボンっ!」
「『悪夢ヒル』の治療はそれほど難しくありません。薬を飲んで下してしまえばいいんです。でも、薬は副作用がきつくて、服用している間はとても辛く、苦しいですが……」
「か……かまわないボン! 悪夢を見させられていることに比べたら、なんてことないボン! 早く、早くその薬をよこすボンっ!」
しかしその薬は、クソ坊ちゃんの想像を遙かに超える苦痛をもたらした。
寝ている時の悪夢が、現実にも及んだかのような……そんな筆舌に尽くしがたいものであった。
「ぐ……! ぐああああっ! 痛いボン! 苦しいボン! だ、誰かっ! 誰かぁ……! ボンを、助けてボンっ!」
自室のベッドでのたうち回るボンクラーノ。
普段は膝をすりむいただけで、家で飼っている魔導女が血相を変えて駆けつけてくるのだが……。
彼女たちはなぜか、揃ってボンクラーノの部屋にやってくると、
「おかわいそうなボンクラーノ様。でも、どうやら私たちも悪い夢を見ていたようです。『パッションポーション』が最近品切れ続きだったので、飲まなくなっていたのですが、それが良かったみたいです。というわけでお暇をいただきます。ボンクラーノ様の悪い
夢も、早くさめるといいですね」
魔導女たちはずっと『パッションポーション』を服用していたので、ずっとベタ惚れだったのだが……。
品切れで手に入らなかったので、正気に戻ってしまったのだ……!
とうとう魔導女たちは、ボンクラーノの屋敷からひとりもいなくなってしまった。
その頃にはボンクラーノは薬の副作用で、髪の毛が真っ白になり、それどころかボロボロと抜け落ちるようになっていた。
しかしそれでも、『悪夢ヒル』は身体からすべて追い出すことができた。
「や……! やったボン! これでようやく、悪夢を見ることもなくなったボン!」
クソ坊ちゃんはようやく、何日かぶりの平穏な睡眠を手にすることができた。
もちろん悪い夢など見ることもなく、スッキリとした目覚めだったのだが……。
ベッドの上で添い寝していたものを、目にした途端……。
「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
悪夢再来とばかりの、大絶叫……!
彼の隣にあったものは、なんと……!
首だけになった、愛馬っ……!
「わっ!? わっわっわっわっ!? わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
子供の頃に父からプレゼントされ、兄弟のように育ってきた馬の、変わり果てた姿……。
ボンクラーノは半狂乱になった。
「なんでだボン!? なんでだボン!? なんでこんな酷いことをするボン!? いったい誰なんだボン!? 誰なんだボン!? こんな酷いことをするのは……どこのどいつなんだボーーーーーーーンッ!?!?」
ふと窓の外から差し込む、視線を感じたボンクラーノ。
破る勢いで開けてみると、黒い人影が塀を乗り越え、逃げている真っ最中であった。
「に……逃がさないボン! 警備兵! ソイツを捕まえるんだボン!」
屋敷に常駐している警備兵の手によって、人影は取り押さえられた。
まさに影のようなローブで全身を覆うその人物。
引き剥がして正体を確かめてみると、なんと……!





