01 働きアリの駄犬
『駄犬⇒金狼』 第1巻、発売中です!
書籍化にあたり、大幅な加筆修正をさせていただきました!
プリムラやマザーのサービスシーンはもちろんのこと、プリムラがおじさまを好きになるキッカケとなった『初めての体験』が明らかに……!
また勇者ざまぁも新たに追加! あの勇者の最期が描かれています!
さらに全ての始まりとなった、ゴルドウルフの『初めての追放』がついに明らかに……!
若きゴルドウルフの姿は必見です!
そして、第1巻の最大の目玉となるのは、勇者の始祖である、ゴッドスマイルが『初めての登場』……!
世界最強勇者の姿を、ぜひその目でお確かめください!
まさに第1巻は『初めて』だらけ……!
目にしたあなたはきっと、『初めての衝撃』を感じていただけることでしょう!
そして読んでいただければWeb版がさらに楽しくなりますので、ぜひお手にとってみてください!
ゴルドウルフがまだ、『無垢』だったころ。
彼は勇者一族の小間使いとして、各地を転々としていた。
昼はその地にある『ゴージャスマート』の助っ人店員として働き、夜はさまざまな勇者パーティの尖兵としてクエストに参加。
食事は移動しながら行い、終われば場末の宿屋の簡素なベッドに、時には公園のベンチに倒れ込むという多忙を極めた毎日を送っていた。
そんなある日、建造中の地下迷宮の手伝いを命じられ、トルクルム領の山奥へと向かう。
勇者たちの間では、自分の設計した人工地下迷宮を持つのがステータスになっている。
ゴルドウルフは便利屋同然の扱いだったので、彼らによってフリーの土建屋のような仕事もやらされていたのだ。
それは大変な肉体労働だったのだが、いいこともあった。
『ゴージャスマート』の店員をやっている時よりも実入りが多く、勇者のクエストに同行する時よりも危険が少ないときている。
砂塵舞う篝火の中、無心にツルハシを振るい、無我に土を運ぶという作業も、たまには悪くない……などとオッサンは思っていた。
……給料を手にする、その瞬間までは。
「なんですか、この石は?」
構内の入り口に設えられた、配給用のタープテント。
その行列に並んだ彼の手のひらに乗せられたのは、カラフルな石だった。
配給係の背後にいた、身なりのいい紳士がゴルドウルフの言葉を耳ざとく聞きつけ、ツカツカと詰め寄ってくる。
「ノンノンノン! これは、石ではありませんノン! あなたが、この偉大なる地下迷宮の建造に関わったという、実績を形にしたものですノン! いわば、汗と涙の結晶……! 無償の愛が結実したものと呼べるものですノン!」
紳士はまくしたてたあと、「愚かですね」とばかりに、立てた人さし指をチッチッチッと左右に振っていた。
撫で付けた髪に、ナスビのような面長の顔、くるんとカールしたヒゲ。
建築現場には場違いな、黒地に金糸の刺繍が施されたアカデミックガウンをまとう人物。
彼こそが、『ミッドナイトシャッフラー』。
冷静と情熱の間にいる教師、と呼ばれている新進気鋭の導勇者である。
「……ミッドナイトシャッフラーさん、もしかしてコレが1ヶ月働いた給料なんですか?」
ゴルドウルフは困惑しながら尋ねたが、『給料』という言葉を耳にした途端、ミッドナイトシャッフラーの『情熱』の部分がビックリ箱の中身のように飛び出した。
「ノォーン! ノンノンノン! ノォーーーンッ! 口を謹しむノン! 給料などという俗悪で不順なものでは決してないノン! そんなヘドロのようなバッチイものではなく……もっと清らかで尊い、神聖なるものなんだノン!」
金切り声とともに、手をバッ! とかざす。
「キミはまだ、勤労の素晴らしさをわかっていないノン! 見るのだノン! あの喜びに満ちた、美しき聖者たちの姿を!」
白手袋が示す先には、配られた石を大事そうに胸に抱える、人夫たちの姿が。
ある者は快哉を叫び、またある者は目頭を熱くし、『勤労』の喜びを分かち合っていた。
「キミは世俗が作り出した『金』という幻覚に踊らされているだけなんだノン! ここでもうしばらく働いて、命の洗濯、そして心のデトックスをするがいいノン! そうすれば……人間が生きるためにすべきことはなにか、わかってくるのだノン!」
一度顔を出した『情熱』はそう簡単には引っ込まない。
ミッドナイトシャッフラーはさらに裏声を張り上げ、今度は呼びかけた。
「みなさぁーんっ! ここにいる新しい仲間は、まだ低次元いるノン! 我らが住まう精神の世界、肉体の解脱……高次元へと連れて行ってあげてくださいノン!」
ザザッ! と一斉に振り向く労働者たち。
その顔はどれも、殴られた跡のような大きなクマがあり、頬はガリガリにこけていた。
しかし……瞳だけは異様な輝きを放っている。
「食事をして、睡眠をとっているうちはまだまだですノン! それらを極限まで削り、働いて、働いて、働いて……人のために働い抜いてこそ、人間は『生きている』と言えるのですノン! ……さあ、みなさん、ご一緒に!!」
「無償なるものにこそ、精神は宿る!!!!!!」
紳士の合図に合わせ、不気味なまでにピッタリと、声は揃った。
「そうですノン! でも初めての彼にもわかりやすいように……もう一度、さんはいっ!」
指揮者のように掲げた両手にあわせて、
「誰かのために汗を流すのって、素敵だね!!!!!」
ついには笑顔までもが、マスゲームのように形成されてしまった。
そして沸き起こる、万雷の拍手。
ゴルドウルフは何も言い返せぬまま、亡者のような男たちの狂宴に放り込まれてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『蟻塚』と名付けられたこの地下迷宮。
長いこと日光を浴びていない、浅黒く肌が変色した男たちがせわしなく行き交う。
盲従するように作業をこなしていくその様は、まさにアリの巣のような様相を呈していた。
ここでは一度労働者として入ると、完成するまで外に出ることは許されない。
風呂は存在せず、食事も排泄も就寝も地べたで行う。
構内にはお香が焚かれているらしく、常に薄紫の霧に覆われていた。
ゴルドウルフは先のクエストで嗅覚をやられて気づかなかったのだが、聞くところによると『疲労回復に効果のあるお香』らしい。
ゴルドウルフはここでは新人だったが、どうしても仲間たちの勤労意識にはついていけなかった。
しかし彼よりも後から入ってきた人夫は、誰もが最初は稼ぐために張り切っていたのだが、しばらくすると求道者のようにお金に興味を示さなくなる。
毎月手渡される石を、自分が産んだ子供のように大事にし、賽の河原のように積み上げていく様は、たまらなく不気味だった。
これらは全て、導勇者ミッドナイトシャッフラーが提唱する指導法、『滅私奉勇』によるものである。
私を滅して、勇者に奉ずる。
人々の道標となる勇者を幸せにすることが、ひいては世界を幸せにするという考え方だ。
彼はこれを教育界にも応用し、導勇者としての地位を確立しつつあった。
……そして、さらなる名声を求めるあまり……ついに禁断の一手を打ったのだ。
「ノン! ノンノン! 早く! 早く建設中の『蟻塚』を完成させるんだノン! 来週には完成させ、今月中には世間にお披露目するのだノン!」
さっきから責められ続きの部下は、すでに胃のあたりを押さえていた。
滝のように流れる汗を拭いながら、やっとのことで声を絞り出している。
「ううっ……! そ、それは無理です! ミッドナイトシャッフラー様! 『蟻塚』の完成には、あと三ヶ月はかかります!」
「無理という言葉を口にするから、無理なのだノン! 『ミッドナイトアロマ』の量を倍に増やせばいいのだノン!」
「え……ええっ!? くうっ……! そ、それは……無……! い、いえ、大変危険です! いまでこそ過剰摂取なのに、そんなことをしたら……取り返しのつかないことに……! きっと労働者は全員、廃人になってしまいます!」
部下はなんとか思いとどまらせようと必死だったが、その一言は皮肉にも、紳士の頭の中の電球を点灯させてしまった。
「廃人……!? それは良いところに気づいたノン! 無限の労働力が得られるうえに、そのままモンスターとして流用できるんだノン!」
例をみない革新的アイデアに、ミッドナイトシャッフラーの目の色が変わる。
油が浮かんでいるような、汚い虹色の瞳がビロードのように輝いたかと思うと、
「そ……そうだ! そうなのだノン! そうすればついでに、厄介払いもできるかもしれないノン! 私の提唱する労働の尊さを、いつまでたっても理解しない、あの愚かな犬を……! これぞまさに、一石三鳥……! 素晴らしい……素晴らしすぎるんだノン! 地下迷宮の建造よりも、無限の労働力よりも……その何倍もゴッドスマイル様に喜んでいただけるんだノン! ノンノーンッ!!」
もはや、彼の中では禁断の一手ではなくなっていた。
むしろ、神の一手として天啓のように響いていたのだ。
そして、決行……!
一片の容赦もなく増量される、『ミッドナイトアロマ』……!
よりよいフォアグラを得るために、ガチョウに無理やり餌を詰め込むような、悪魔の所業……!
それは、労働者たちの身体をさらに蝕んでいく。
ミッドナイトシャッフラーが望む、病的なまでに肥え太った肝臓となるまでは、そう時間はかからなかった。
やがて、『蟻塚』は完成まで目前となる。
苦楽をともにしてきた労働者たちとの間で、家族のような結束が生まれつつあった頃。
地下迷宮の最下層で、最後の仕上げをしていたゴルドウルフは、ゾンビと化した仲間たちに囲まれてしまったのだ……!
第2章、開始です!
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