31 無償の愛
『ゴージャスマート』の新製品は、『パッションポーション』という名の薬品であった。
ようは、『魅了』効果のあるポーションである。
魅了効果のあるポーションは、製法によって2種類に分けられる。
『通常調合によって作られたもの』と『魔法調合によって作られたもの』
前者はハーブを調合して作られたもので、惚れさせる対象は任意指定できない。
服用させられた人間が、薬の効果が発動した際に、最初に見た相手に魅了される。
こちらのポーション場合、惚れさせたい相手に飲ませたはいいものの、効果発動時に自分を見ていない可能性がある。
その場合、期待していた効果は発揮されずに終わり、最悪、意図しない人物を好きにさせてしまうこともある。
その問題を解決したのが『魔法調合』の魅了ポーションである。
こちらは調合の際に、あらかじめ好きになる対象の情報が、魔法によって薬液にインプットされる。
そのため、対象に飲ませることさえできれば、居合わせていなくても確実に自分を魅了させることができる。
欠点としては、オーダーメイドになるのでかなり高価になってしまうことと、好きになる相手はインプットした人物に限定されてしまうので、汎用性に欠けてしまうことだ。
そして今回の『パッションポーション』は、後者にあたるのだが……。
お嬢様の開発した新技術の魔法で、好きになる対象を空白にすることに成功。
服用時に相手のことを想えば、その相手のことを好きになるという効果になっている。
ちなみにではあるが、魅了効果のあるポーションというのは、法律的には毒物と同じ扱いになる。
冒険者がモンスターなどを魅了して捕獲するのに使うので、冒険者の店では普通に売られている。
そのため単純所持で罰せられることはないのだが、モンスターではなく人間相手に使うと、毒物を盛ったのと同じ罪に問われる。
なお毒物と違って死んだりはしないので見分け方が困難かと思われるかもしれないが、一目瞭然。
なぜならば、魅了に掛かった人間の目には、ハートマークが浮かびあがるからだ。
そして今回の『パッションポーション』は、完全に合法であるといえる。
なぜならば、自分の意思で飲んで、自分の意思で相手のことを好きになっているから……!
この『惚れ薬』の逆バージョン、コロンブスの卵的な発想で生まれた大発明。
それは、竜の咆哮のようなお嬢様のプレゼンと相まって、大いなる衝撃で受け止められていた。
客席の魔導女たちは、口々にざわめく。
「相手のことをもっと好きになる薬……!」
「それって素敵じゃない!?」
「うん! だって好きな人のことが、もっと好きになるんでしょ!?」
「わたし、好きな人がどうやったら振り向いてくれるか、そんなことばっかり考えてた……」
「でも、間違ってたんだよ! 相手を好きにさせるより、自分が好きになればいい……!」
「あの人のことを、もっともっと好きになったら……私もあの人の前で、素直になれるかもしれない!」
「ああっ、なんて情熱的なんでしょう! この深紅のパッションローブに相応しい、燃えるような恋ができそうだわ!」
「決めたっ! 私、あのポーションを買う!」
購入を決意したような声が、あちこちで湧き上がる。
攻撃的でありつつ情熱的という、『パッションポーション』。
それは前代未聞の効果であったが、パッションローブのとき以上に、魔導女たちの支持を得ていた。
それは客席の魔導女だけでなく、ステージの魔導女たちにも及ぶ。
「あ、あのポーションを飲めば、ゴルドウルフさんのことが、もっともっと好きに……!?」
バーニング・ラヴはもちろんのこと、いつもは抑え役だったブリザード・ラヴまで、
「ふ……ふぅん……。欲しい、じゃん……!」
恋に恋する乙女のような、熱っぽい瞳で、例のポーションに釘付け……!
そして、彼女たちの最前線にいた、プリムラはというと……。
なおも、固まったままだった。
しかしこれは、緊張によるものではない。
フォンティーヌのプレゼンによる、衝撃からくるものであった。
雷に打たれた樹木のように、立ち尽くすプリムラ。
――フォンティーヌさんがお考えになられた、このポーション……。
お姉ちゃんと、同じっ……!
わたしは以前、お姉ちゃんに言ったことがあるのです。
「お姉ちゃんったら、いつもおじさまに、あんなに抱きついていって……。おじさまにご迷惑だとは思わないのですか?」
そしたらお姉ちゃんは、いつもの笑顔で、
「ママはゴルちゃんのことが好きになったから、いっしょうけんめいゴルちゃんのことをスキスキしてるの。スキスキしなければ、想いは伝わらないでしょう?」
「でも……もしそれで、おじさまに嫌われてしまったら、どうするつもりなんですか?」
「ゴルちゃんに嫌われちゃったら、ママは泣いちゃうけど……。でも、ママはいっしょうけんめいゴルちゃんのことを好きになった。たとえ裏切られても、想いは実らなくても……。ママがゴルちゃんのことをいっぱいスキスキした、それだけでいいじゃない? ママはそれだけで、じゅうぶんに幸せだわ」
この時のお姉ちゃんの、屈託の無い顔を……わたしは今でも忘れません。
フォンティーヌさんの考えられたポーションは、お姉ちゃんの考え方に近いです。
相手を好きになることは、自分が報われるためじゃない……。
相手のことだけをただひたすらに想い、見返りは求めない……!
これは聖女における、究極にして、大原則とされるもの……。
そう……!
『無償の愛』……!
わたしはおじさまのことを、お姉ちゃんにも負けないくらい、想っているつもりです。
でも、でも……。
なにをするにしても、おじさまの気持ちを、考えてしまうのです……!
寄り添ったら、嫌な顔をされるのではないか……。
手を繋いだら、払いのけられてしまうのではないか、って……!
お姉ちゃんもフォンティーヌさんも……。
すでに、わたしの手の届かない、愛の高みにいる……!
ああ……!
やっぱり、わたしはまだまだ未熟ですっ……!
……ズドバァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーンッ!!!!
不意に背中が爆発したような衝撃に襲われ、プリムラはカチカチ山のタヌキのように飛び上がってしまう。
「きゃあああっ!?」
思考を中断して振り向くと、そこにはランがいた。
「きゃあ、じゃねぇよガキんちょ! いつまでボーッと突っ立ってやがんだ! さっきから司会の野郎がガキんちょの番だって言ってるのが、聞こえねぇのか!」
「えっ!? あ、す、すみません! つい、考え事をしてしまいました!」
するとランは、有無を言わせずプリムラの手を掴み、力任せに引き寄せた。
プリムラはまたしても悲鳴とともに、ランの胸に飛び込んでいく。
「きゃあっ! ら、ランさん……!?」
続けざまに耳元でささやきかけられた言葉は、驚くほどやさしい声だった。
「……ガキんちょのお前のこったから、またフォンティーヌ野郎の言ったことにクヨクヨしてたんだろう? なにが『無償の愛』だ」
それでプリムラは、自分の考えを口に出していたことに気付き、赤面する。
「アイツの寝言なんて、気にするんじゃねえよ。アイツはアイツ、お前はお前だ。お前はお前の答えを出したから、この新製品を作ったんだろう? だったらソイツを信じろよ!」
ランはプリムラの肩を掴んで、まっすぐに見つめた。
「もうここまで来たんだから、そろそろ腹ぁくくれやっ! ズガーンって、ぶつかって……いや、ピョーンって飛び上がって、あの高慢ちきなフォンティーヌ野郎を、叩き落としてやれっ! それだけの力が、お前の新製品にはあるんだっ!!」
ランはフォンティーヌに近い、『闘魂の少女』であった。
燃えるような瞳から、グッと肩を掴まれた手から……。
プリムラの中には存在しえなかった、『闘いの意思』が注入されていく。
聖少女の穏やかな海のような瞳に、小さな漁火が宿る。
「は……はいっ! わたし、全力で飛び上がらせていただきます! ランさん!」
「よぉーし、その意気だっ! いっちょブチかましたれっ!!」
ランは仕上げにビンタしようかと思ったが、プリムラにビンタなんてしたら世界が滅ぶかも、などとガラにもないことを思い、寸前で思いとどまった。





