表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

574/806

31 無償の愛

 『ゴージャスマート』の新製品は、『パッションポーション』という名の薬品であった。


 ようは、『魅了(チャーム)』効果のあるポーションである。


 魅了(チャーム)効果のあるポーションは、製法によって2種類に分けられる。

 『通常調合によって作られたもの』と『魔法調合によって作られたもの』


 前者はハーブを調合して作られたもので、惚れさせる対象は任意指定できない。

 服用させられた人間が、薬の効果が発動した際に、最初に見た相手に魅了される。


 こちらのポーション場合、惚れさせたい相手に飲ませたはいいものの、効果発動時に自分を見ていない可能性がある。

 その場合、期待していた効果は発揮されずに終わり、最悪、意図しない人物を好きにさせてしまうこともある。


 その問題を解決したのが『魔法調合』の魅了(チャーム)ポーションである。


 こちらは調合の際に、あらかじめ好きになる対象の情報が、魔法によって薬液にインプットされる。

 そのため、対象に飲ませることさえできれば、居合わせていなくても確実に自分を魅了させることができる。


 欠点としては、オーダーメイドになるのでかなり高価になってしまうことと、好きになる相手はインプットした人物に限定されてしまうので、汎用性に欠けてしまうことだ。


 そして今回の『パッションポーション』は、後者にあたるのだが……。

 お嬢様の開発した新技術の魔法で、好きになる対象を空白にすることに成功。


 服用時に相手のことを想えば、その相手のことを好きになるという効果になっている。


 ちなみにではあるが、魅了(チャーム)効果のあるポーションというのは、法律的には毒物と同じ扱いになる。

 冒険者がモンスターなどを魅了して捕獲するのに使うので、冒険者の店では普通に売られている。


 そのため単純所持で罰せられることはないのだが、モンスターではなく人間相手に使うと、毒物を盛ったのと同じ罪に問われる。


 なお毒物と違って死んだりはしないので見分け方が困難かと思われるかもしれないが、一目瞭然。

 なぜならば、魅了(チャーム)に掛かった人間の目には、ハートマークが浮かびあがるからだ。


 そして今回の『パッションポーション』は、完全に合法であるといえる。

 なぜならば、自分の意思で飲んで、自分の意思で相手のことを好きになっているから……!


 この『惚れ薬』の逆バージョン、コロンブスの卵的な発想で生まれた大発明。

 それは、竜の咆哮のようなお嬢様のプレゼンと相まって、大いなる衝撃で受け止められていた。


 客席の魔導女たちは、口々にざわめく。



「相手のことをもっと好きになる薬……!」



「それって素敵じゃない!?」



「うん! だって好きな人のことが、もっと好きになるんでしょ!?」



「わたし、好きな人がどうやったら振り向いてくれるか、そんなことばっかり考えてた……」



「でも、間違ってたんだよ! 相手を好きにさせるより、自分が好きになればいい……!」



「あの人のことを、もっともっと好きになったら……私もあの人の前で、素直になれるかもしれない!」



「ああっ、なんて情熱的なんでしょう! この深紅のパッションローブに相応しい、燃えるような恋ができそうだわ!」



「決めたっ! 私、あのポーションを買う!」



 購入を決意したような声が、あちこちで湧き上がる。


 攻撃的でありつつ情熱的という、『パッションポーション』。

 それは前代未聞の効果であったが、パッションローブのとき以上に、魔導女たちの支持を得ていた。


 それは客席の魔導女だけでなく、ステージの魔導女たちにも及ぶ。



「あ、あのポーションを飲めば、ゴルドウルフさんのことが、もっともっと好きに……!?」



 バーニング・ラヴはもちろんのこと、いつもは抑え役だったブリザード・ラヴまで、



「ふ……ふぅん……。欲しい、じゃん……!」



 恋に恋する乙女のような、熱っぽい瞳で、例のポーションに釘付け……!


 そして、彼女たちの最前線にいた、プリムラはというと……。


 なおも、固まったままだった。


 しかしこれは、緊張によるものではない。

 フォンティーヌのプレゼンによる、衝撃からくるものであった。


 雷に打たれた樹木のように、立ち尽くすプリムラ。



 ――フォンティーヌさんがお考えになられた、このポーション……。

 お姉ちゃんと、同じっ……!


 わたしは以前、お姉ちゃんに言ったことがあるのです。


 「お姉ちゃんったら、いつもおじさまに、あんなに抱きついていって……。おじさまにご迷惑だとは思わないのですか?」


 そしたらお姉ちゃんは、いつもの笑顔で、


 「ママはゴルちゃんのことが好きになったから、いっしょうけんめいゴルちゃんのことをスキスキしてるの。スキスキしなければ、想いは伝わらないでしょう?」


 「でも……もしそれで、おじさまに嫌われてしまったら、どうするつもりなんですか?」


 「ゴルちゃんに嫌われちゃったら、ママは泣いちゃうけど……。でも、ママはいっしょうけんめいゴルちゃんのことを好きになった。たとえ裏切られても、想いは実らなくても……。ママがゴルちゃんのことをいっぱいスキスキした、それだけでいいじゃない? ママはそれだけで、じゅうぶんに幸せだわ」


 この時のお姉ちゃんの、屈託の無い顔を……わたしは今でも忘れません。


 フォンティーヌさんの考えられたポーションは、お姉ちゃんの考え方に近いです。


 相手を好きになることは、自分が報われるためじゃない……。

 相手のことだけをただひたすらに想い、見返りは求めない……!


 これは聖女における、究極にして、大原則とされるもの……。


 そう……!

 『無償の愛』……!


 わたしはおじさまのことを、お姉ちゃんにも負けないくらい、想っているつもりです。


 でも、でも……。

 なにをするにしても、おじさまの気持ちを、考えてしまうのです……!


 寄り添ったら、嫌な顔をされるのではないか……。

 手を繋いだら、払いのけられてしまうのではないか、って……!


 お姉ちゃんもフォンティーヌさんも……。

 すでに、わたしの手の届かない、愛の高みにいる……!


 ああ……!

 やっぱり、わたしはまだまだ未熟ですっ……!



 ……ズドバァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーンッ!!!!



 不意に背中が爆発したような衝撃に襲われ、プリムラはカチカチ山のタヌキのように飛び上がってしまう。



「きゃあああっ!?」



 思考を中断して振り向くと、そこにはランがいた。



「きゃあ、じゃねぇよガキんちょ! いつまでボーッと突っ立ってやがんだ! さっきから司会の野郎がガキんちょの番だって言ってるのが、聞こえねぇのか!」



「えっ!? あ、す、すみません! つい、考え事をしてしまいました!」



 するとランは、有無を言わせずプリムラの手を掴み、力任せに引き寄せた。

 プリムラはまたしても悲鳴とともに、ランの胸に飛び込んでいく。



「きゃあっ! ら、ランさん……!?」




 続けざまに耳元でささやきかけられた言葉は、驚くほどやさしい声だった。



「……ガキんちょのお前のこったから、またフォンティーヌ野郎の言ったことにクヨクヨしてたんだろう? なにが『無償の愛』だ」



 それでプリムラは、自分の考えを口に出していたことに気付き、赤面する。



「アイツの寝言なんて、気にするんじゃねえよ。アイツはアイツ、お前はお前だ。お前はお前の答えを出したから、この(●●)新製品を作ったんだろう? だったらソイツを信じろよ!」



 ランはプリムラの肩を掴んで、まっすぐに見つめた。



「もうここまで来たんだから、そろそろ腹ぁくくれやっ! ズガーンって、ぶつかって……いや、ピョーンって飛び上がって、あの高慢ちきなフォンティーヌ野郎を、叩き落としてやれっ! それだけの力が、お前の新製品にはあるんだっ!!」



 ランはフォンティーヌに近い、『闘魂の少女』であった。


 燃えるような瞳から、グッと肩を掴まれた手から……。

 プリムラの中には存在しえなかった、『闘いの意思』が注入されていく。


 聖少女の穏やかな海のような瞳に、小さな漁火が宿る。



「は……はいっ! わたし、全力で飛び上がらせていただきます! ランさん!」



「よぉーし、その意気だっ! いっちょブチかましたれっ!!」



 ランは仕上げにビンタしようかと思ったが、プリムラにビンタなんてしたら世界が滅ぶかも、などとガラにもないことを思い、寸前で思いとどまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 言い忘れていましたが、パッションポーションをマザーに飲ませたらあきませんよ? 存在も知られたらあきませんよ? いいですか? 絶対ですよ?(威圧)
[一言] さて、何らかの落とし穴があるのか。 フォンティーヌ、本音ではプリムラ大好きだからどう転ぶか。
[良い点] さあ反撃が開始ですね! はたして あの大聖女大量生産計画は阻止されるのか!(期待) とりあえずラン ビンタを思いとどまって良かった!(ホッ) [気になる点] お嬢聖女は きちんと恋してます…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ