表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

573/806

30 パッションポーション

 赤い布が取り払われた、ワゴンの上にあったのは……。


 ポーションっ……!


 最高級の香水のようなデザインの瓶は、ガラスではなくクリスタル。

 降り注ぐ陽光を受け、プリズムのように七色の輝きを放っている。


 封蝋をしたコルク栓によって、封じ込められていたのは、見るからに濃度の高そうな液体。


 それは、お嬢様の血を、そして情熱を取り出したかのような色をしていた。

 『赤』でありつつも、そんなありきたりな言葉では言い表せないそれはまさに、



 高潔なる深紅スカーレット・ノーブル……!



 彼女の濃密なる人生が、そのままワインになったようなそれが……。

 シャンパンタワーいや、ワインタワーのごとく、積み上げられていたのだ……!


 渦巻く驚愕の中心で、お嬢様は高らかに叫んだ。



『……これは、わたくしが諸国漫遊をした末に考え出した、「パッションポーション」なのですわっ!』



 『パッションポーション』はその見目だけで、ただならぬオーラを感じさせた。

 それは言うまでもなく、着飾った貴婦人のようなデザインだったからである。


 この世界におけるポーションというのは、どれも簡易包装。

 なぜならば、長らく取っておくものでもないし、使ってしまったら空き瓶を捨ててしまうからである。


 しかし『パッションポーション』はその常識をすべて覆すような、贅を尽くした作りをしていた。

 飲むのも惜しくなるような中身に、飲んだあともとっておきたくなるような瓶。



『これは、この世で最も攻撃的で、もっとも高貴なるもの……! ポーションを越えたポーションなのですわっ!』



 ポーションを越えたポーションとは、いったい、どのようなものなのか……!?


 会場にいた誰もが度肝を抜かれ、微動だにできなかったのだが……。

 幸い、MCは沈着であった。


 グラスストーンは、挑みかかるようなポーズを崩さないお嬢様の隣に立ち、さっそく尋ねる。



『フォンティーヌ様、このポーションを服用すると、どのような効果があるのですか? 先ほど攻撃的とおっしゃっておりましたから、魔法の威力があがるとか……?』



『その程度の効果のものを、このわたくしが作ると思いまして!? わたくしが最初に言っていたことを思い出すのです!』



『はい、たしかこちらのポーションは、「パッションローブ」と対をなしているのですよね。ローブが「陰」とするならば、このポーションは「陽」であると』



『その通りですわ! 「パッションローブ」のコンセプトはご存じですわよね!?』



『はい、「パッションに、目立て……!」ですよね。たしか、意中の殿方に見ていただくために、華美なデザインになっていると記憶しております』



『よろしい、よく覚えておりますわね。でもひとつだけ訂正させていただくと、意中の相手は殿方かどうかはわかりませんことよ! 改めるのですわ!』



『失礼いたしました。その、意中の方に見ていただくためのローブだったんですよね』



『そう! そしてそれはわたくしに言わせると、あまりにも消極的……。さらに言うなら、防御的な行動に過ぎないのですわ!』



『なるほど、それで、このポーションを飲むと、どのような効果が……?』



『ここまで言って、まだわからないんですの!?』



 呆れた様子で目を剥くお嬢様。


 MCのグラスストーンは、新聞記者だけあってかなり明察なほうである。

 しかし、わかるはずもなかった。


 『とんでもなく目立つローブ』から、『とんでもなく豪華なポーション』の効果を予想するなど……。


 あまりにも、難解っ……!

 この会場にいる誰ひとりとして、理解できる者はいなかった。


 なのでいくら待ったところで、会場から正解の声があがってこない。

 とうとう痺れをきらしたお嬢様は、じれったそうに身体をよじらせたあと、全方位に雄叫びを向ける。



『「パッションに、恋せよ……!」このポーションを飲むと……! その方のことが、もっともっと好きになるのですわぁぁぁぁっ!!』



 「え……ええっ!?」と、聞き間違いのような声が、あちこちで噴出した。

 それはMCも同様だったようで、すぐに尋ね返す。



『あの、それは要するに、相手に飲ませる「惚れ薬」ということなのでしょうか?』



 するとお嬢様は、巻き毛が渦を巻くほどにぶるんぶるんと首を左右に振った。



『ぜんっぜん違いますわっ! その、真逆……! 飲むのは自分自身なのですわっ! このポーションを飲むときに、意中の方を思い浮かべながら飲むのです! するとその方のことが、ますます好きになるのですわ!』



 そして彼女は、一世一代の愛の告白をするかのように、声をかぎりにする。



 ……相手のことを『ますます好きになる』……!

 それに何の意味があるのか、なんて思った方は、この会場におりまして!?


 いたとするならば、その方は、本気で誰かのことを愛したことがない、寂しい人間なのですわ!


 片思いをするというのは、とても苦しいこと……!

 でもそれ以上に、とっても幸せな気分になれるのですわっ……!


 なぜ、幸せな気分になれるのかというと……。

 『誰かを想う』という気持ちは、人間の感情のなかで、もっとも尊いものだからですわっ!


 このポーションは、その尊い感情を増幅させてくれるのです!


 誰かを好きになった場合、並の人間というのは、自分に対して、相手を振り向かせようとする……!

 『パッション・ローブ』は、まさにその典型といえますわね!


 でも、人を好きになってできることといえば、それだけではありませんことよ!

 相手を振り向かせようとする以上に、自分がもっともっと相手を好きになればよいのです!


 相手が自分のことをどう思っているかなんて、神様にしかわかないことですわ!

 だからこそ、一生懸命、ひたむきに、がむしゃらに、めちゃくちゃに……!


 相手のことを、好きになってごらんなさい!

 その身が焦がされ、燃え尽きるほどの恋をしてごらんなさい!


 そうすれば、そうすればきっと……!

 想いは必ず、間違いなく、ぜったいに、えげつないほどに、通じるっ……!


 あの(●●)お方も、二度見するほどに……!

 振り向いて、くださるのですわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!



 ……ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!



 どこからともなく咆号がおこり、会場を震撼させる。

 それは比喩ばかりでもなかった。


 その場にいる者は、のきなみ、あますことなく、もれなく……!

 ステージ上で両手を拡げるお嬢様の、花の王のような『愛の激情』に心奪われ……!


 これでもかというほどに、激しく揺さぶられていたのだ……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] このお嬢様の中ではこんなものを作ってしまうほどに愛の激情が溢れているということか。 しかしあのお方ねぇ・・・。このお嬢様もいろいろと苦労してきたようだがそれでも歪まず腐らずちょっとずれてる気…
[良い点] ・・・一見して無茶苦茶な精神論でも、お嬢様の迫力にかかれば不思議と納得させられてしまう・・・ 観客と一緒にプリムラさんも 『愛の激情』 に心を奪われてそう・・・ [気になる点] 所で、これ…
[良い点] メチャ情熱的なお嬢様(*/□\*) 武器(杖)くると予想してましたが、ポーションとはっ!Σ(゜Д゜) 脱帽致しました~はは~m(_ _)m [気になる点] お嬢様が言うあのお方………誰だろ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ