30 パッションポーション
赤い布が取り払われた、ワゴンの上にあったのは……。
ポーションっ……!
最高級の香水のようなデザインの瓶は、ガラスではなくクリスタル。
降り注ぐ陽光を受け、プリズムのように七色の輝きを放っている。
封蝋をしたコルク栓によって、封じ込められていたのは、見るからに濃度の高そうな液体。
それは、お嬢様の血を、そして情熱を取り出したかのような色をしていた。
『赤』でありつつも、そんなありきたりな言葉では言い表せないそれはまさに、
高潔なる深紅……!
彼女の濃密なる人生が、そのままワインになったようなそれが……。
シャンパンタワーいや、ワインタワーのごとく、積み上げられていたのだ……!
渦巻く驚愕の中心で、お嬢様は高らかに叫んだ。
『……これは、わたくしが諸国漫遊をした末に考え出した、「パッションポーション」なのですわっ!』
『パッションポーション』はその見目だけで、ただならぬオーラを感じさせた。
それは言うまでもなく、着飾った貴婦人のようなデザインだったからである。
この世界におけるポーションというのは、どれも簡易包装。
なぜならば、長らく取っておくものでもないし、使ってしまったら空き瓶を捨ててしまうからである。
しかし『パッションポーション』はその常識をすべて覆すような、贅を尽くした作りをしていた。
飲むのも惜しくなるような中身に、飲んだあともとっておきたくなるような瓶。
『これは、この世で最も攻撃的で、もっとも高貴なるもの……! ポーションを越えたポーションなのですわっ!』
ポーションを越えたポーションとは、いったい、どのようなものなのか……!?
会場にいた誰もが度肝を抜かれ、微動だにできなかったのだが……。
幸い、MCは沈着であった。
グラスストーンは、挑みかかるようなポーズを崩さないお嬢様の隣に立ち、さっそく尋ねる。
『フォンティーヌ様、このポーションを服用すると、どのような効果があるのですか? 先ほど攻撃的とおっしゃっておりましたから、魔法の威力があがるとか……?』
『その程度の効果のものを、このわたくしが作ると思いまして!? わたくしが最初に言っていたことを思い出すのです!』
『はい、たしかこちらのポーションは、「パッションローブ」と対をなしているのですよね。ローブが「陰」とするならば、このポーションは「陽」であると』
『その通りですわ! 「パッションローブ」のコンセプトはご存じですわよね!?』
『はい、「パッションに、目立て……!」ですよね。たしか、意中の殿方に見ていただくために、華美なデザインになっていると記憶しております』
『よろしい、よく覚えておりますわね。でもひとつだけ訂正させていただくと、意中の相手は殿方かどうかはわかりませんことよ! 改めるのですわ!』
『失礼いたしました。その、意中の方に見ていただくためのローブだったんですよね』
『そう! そしてそれはわたくしに言わせると、あまりにも消極的……。さらに言うなら、防御的な行動に過ぎないのですわ!』
『なるほど、それで、このポーションを飲むと、どのような効果が……?』
『ここまで言って、まだわからないんですの!?』
呆れた様子で目を剥くお嬢様。
MCのグラスストーンは、新聞記者だけあってかなり明察なほうである。
しかし、わかるはずもなかった。
『とんでもなく目立つローブ』から、『とんでもなく豪華なポーション』の効果を予想するなど……。
あまりにも、難解っ……!
この会場にいる誰ひとりとして、理解できる者はいなかった。
なのでいくら待ったところで、会場から正解の声があがってこない。
とうとう痺れをきらしたお嬢様は、じれったそうに身体をよじらせたあと、全方位に雄叫びを向ける。
『「パッションに、恋せよ……!」このポーションを飲むと……! その方のことが、もっともっと好きになるのですわぁぁぁぁっ!!』
「え……ええっ!?」と、聞き間違いのような声が、あちこちで噴出した。
それはMCも同様だったようで、すぐに尋ね返す。
『あの、それは要するに、相手に飲ませる「惚れ薬」ということなのでしょうか?』
するとお嬢様は、巻き毛が渦を巻くほどにぶるんぶるんと首を左右に振った。
『ぜんっぜん違いますわっ! その、真逆……! 飲むのは自分自身なのですわっ! このポーションを飲むときに、意中の方を思い浮かべながら飲むのです! するとその方のことが、ますます好きになるのですわ!』
そして彼女は、一世一代の愛の告白をするかのように、声をかぎりにする。
……相手のことを『ますます好きになる』……!
それに何の意味があるのか、なんて思った方は、この会場におりまして!?
いたとするならば、その方は、本気で誰かのことを愛したことがない、寂しい人間なのですわ!
片思いをするというのは、とても苦しいこと……!
でもそれ以上に、とっても幸せな気分になれるのですわっ……!
なぜ、幸せな気分になれるのかというと……。
『誰かを想う』という気持ちは、人間の感情のなかで、もっとも尊いものだからですわっ!
このポーションは、その尊い感情を増幅させてくれるのです!
誰かを好きになった場合、並の人間というのは、自分に対して、相手を振り向かせようとする……!
『パッション・ローブ』は、まさにその典型といえますわね!
でも、人を好きになってできることといえば、それだけではありませんことよ!
相手を振り向かせようとする以上に、自分がもっともっと相手を好きになればよいのです!
相手が自分のことをどう思っているかなんて、神様にしかわかないことですわ!
だからこそ、一生懸命、ひたむきに、がむしゃらに、めちゃくちゃに……!
相手のことを、好きになってごらんなさい!
その身が焦がされ、燃え尽きるほどの恋をしてごらんなさい!
そうすれば、そうすればきっと……!
想いは必ず、間違いなく、ぜったいに、えげつないほどに、通じるっ……!
あのお方も、二度見するほどに……!
振り向いて、くださるのですわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!
……ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
どこからともなく咆号がおこり、会場を震撼させる。
それは比喩ばかりでもなかった。
その場にいる者は、のきなみ、あますことなく、もれなく……!
ステージ上で両手を拡げるお嬢様の、花の王のような『愛の激情』に心奪われ……!
これでもかというほどに、激しく揺さぶられていたのだ……!





