29 お嬢様の新製品
大声援を受け、ステージに降り立つフォンティーヌ。
服装は例によって深紅のパッションローブなのだが、それ以上に目を引いていたのは……。
彼女を大空へと導いていた、鳥の翼のような装置であった。
MCのグラスストーンは、さっそくインタビューする。
『フォンティーヌ様、この翼のようなものは、なんなのですか?』
『これはわたくしが異国で見つけてきた、「グライダー」という空を滑空する乗り物なのですわ。乗りこなすのが難しくて普及はしていないようですけれど、わたくしにかかればこの通り、足代わりなのですわ』
ステージの上には八面式の伝映モニターがあり、そこにはお嬢様がどアップで映し出されている。
そのため、フフン、と鼻で笑うような表情も、客席じゅうに伝わった。
『わたくしは、星のように輝ける者……。だからこそ心ばかりではなく、身体も大空を飛ばなければ気が済まないのですわ。そこにいる、雛鳥のようなプリムラさんとは違うのです』
そしてライバルであるプリムラへの口撃も忘れない。
もし聞き手のMCが勇者サイドの人間であれば、ここで一緒になってプリムラを嘲っていたであろう。
でも、スラムドッグ名物の赤ずきんちゃんといい勝負をしそうなグラスストーンは、
『そうですか』
と一言で流し、平等にプリムラのほうにもマイクを向けた。
『それではプリムラ様のほうにも、意気込みを伺ってみましょう』
プリムラは姉ほどではないものの、柔らかな物腰とフォルムを持つ人物である。
しかしステージにあがった彼女は、ツードアの冷蔵のごとく、カチコチに固まっていた。
それでもなんとか勇気を振り絞って、なにか言おうとしたが……。
隣にいたランが、マイクをパッと奪い取ると、
『おいっ! ガキんちょ……いや、プリムラはこう言ってるぜ! おいフォンティーヌ野郎、お前が星ならアタイは月だ! せいぜいアタイのまわりでピカピカしてろ、ってな!』
『まあっ……!?』
『それに、こうも言ってるぜ! 今日はそのくせぇ首にナワかけて、死ぬまで引きずり回してやるから覚悟しな! ってな!』
『んまあっ!? わたくしの首は臭くありませんことよっ!? 今朝もちゃんと2時間ほどかけて、きれいきれいにしてまいりましたわっ!』
マイクパフォーマンスのやりあいに、あちこちで地雷が炸裂したかのように、どおっ! と沸く客席。
プリムラは止めようとしたが、身体がすくんで動けなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そのあと、グラスストーンによるルール説明が行なわれた。
これからスラムドッグマートとゴージャスマートそれぞれ交互に新製品を発表し、プレゼンを行なう。
両者のプレゼンが終わったあとは、観客は導線にしたがって移動。
以下の選択肢のうちから、いずれかの選択を行なう。
スラムドッグマートの物販ブースで、新製品を購入。
ゴージャスマートの物販ブースで、新製品を購入。
どちらも購入しない。
混乱を避けるため、購入を希望しない観客もいったん移動する。
そして移動が終了したときに、両店の商品がより多く売れていたほうが勝利となる。
負けたほうのプレゼンターは、この王都じゅうの魔導女たちが見ているであろう中で、勝利したプレゼンターに、土下座……!
ステージの下にある報道席は、押すな押すなの大盛況。
明日の朝刊には今日の勝敗が、ガンクプフル小国じゅうに喧伝されることとなる。
そうなれば、敗者の店舗の評判は、ガタ落ち……!
ガンクプフル全域に店舗を展開しているゴージャスマートが敗北した場合、全店舗にて売り上げが大幅減。
まだ局所的な展開であるスラムドッグマートが敗北した場合、撤退を余儀なくされるかもしれない。
いずれにしても、両者にとっては背水の陣……!
『絶対に負けられない戦い』であったのだ……!
迎える結末はまさに激動であったが、MCは嵐の前の静けさのように、淡々と進行していく。
『それでは、どちらの商品を先に発表するかを、くじ引きで決めたいと思います』
それは台本どおりの進行であったが、のっけからアドリブだらけのお嬢様は、ここでも待ったをかけた。
『それには及びません。わたくしが先行でかまいませんわ。なぜならば、前回の「新製品発表会」では、先にスラムドッグマートが商品を発表したのですから』
『それはテメーが乱入してきたからだろうが!』とラン
『いずれにせよ、勝負ごとというのは、後から出す方が有利なのです。ジャンケンがいい例でしょう。でもわたくしほどの人間になると、そんなことは些細なことなのです。たとえ後出しジャンケンであろうと、華麗に勝利してごらんにいれますわ!』
この自信たっぷりの宣言には、観客は誰もが驚嘆。
ウオオオオオオオオーーーーーーーーーーッ!! と唸りがおこる。
しかしひとりだけ、素っ頓狂が。
『あっ! それわかるし! あーし、ブリっちと残ったお菓子かけてジャンケンすんだけど、ブリっちってば、あーしが後出ししても勝つんだよ!? マジ、すごくなくなくなくない!?』
『バーちゃん。それ、バーちゃんがへっぽこなだけ』
驚きは、どっ! とした笑いに変わる。
クスリともしないMCは、コクンと頷いた。
『わかりました。それではスラムドッグマート側から異存がなければ、ゴージャスマートの先出しでまいりたいと思います』
異論は出なかったので、先行はお嬢様に決定。
舞台袖から、ワゴンが運ばれてくる。
ワゴンには赤い布が被せられていて、ピラミッドのような三角形のシルエットをつくっていた。
フォンティーヌはその布の一端を、ぐっ、と掴むと、観客たちに挑戦的な笑みを向ける。
『前回、わたくしがみなさまに布教したのは、いまわたくしが身にまとっている「パッションローブ」……。憧れのあの人の視線を独り占めできる、革新的なローブでしたわね』
彼女が睥睨すると、頭上のモニターも客席を映し出す。
ステージに釘付けの魔導女たちを、舐めるようにカメラは動く。
『本日の客席にも、過半数以上がパッションローブを身につけているようですわね。今回わたくしがご用意したのは、そのパッションローブの「対」となる商品ですわ。例えるならば、パッションローブが「陰」とするならば、今回の商品は「陽」……! パッションローブが「防御」なら、今回の商品は「攻撃」……!』
これには客席ばかりではなく、お嬢様の横で見ていたスラムドッグマート勢もざわめいた。
当然であろう。
なにせ『パッションローブ』ですら、常識に照らし合わせて考えれば、ありえないほど攻撃的。
それを『陰』に、そして『防御』にしてしまう存在など、想像もつかなかったからだ。
その瞬間、お嬢様はこの場にいる、すべての者たちの心を掌握していた。
「あの布の向こうには、いったいなにがあるっていうの……!?」
「きっと、とんでもない物があるのは、間違いないわ……!」
「早く……! 早く見せてっ……!」
高まってゆく期待。
高まりすぎるあまり、客席はしんと静まりかえる。
これはある種、危険な賭けでもあった。
なぜならば、ギャンブルなどでも大張りすればするほど、負けたときの損失も大きい。
言い換えるなら、期待はずれだった時の落差は取り返しが付かないものとなるからだ。
しかしお嬢様は、ハードルを上げるだけ上げるタイプであった。
さらに彼女の恐ろしいところは、天空と呼べるほどに、上がりに上がったソレを……。
『さらに上げて、上げて、上げまくるっ……! 攻めて、攻めて、攻めまくるっ……! 境界まで、限界まで、臨界までっ……! 星に、月に、太陽に届くまで……! そして、そしてっ……!』
バッ……!!
『軽々と、跨ぎ越えるっ……!!』
ついに取り払われた赤い布、そこにあったものは……。
誰の想像も、達し得ない……。
まさに『境地』と呼べるものであった。





