26 怒りのお嬢様(ざまぁ回?)
「ご年配のご婦人に暴力を振るうなど……女神が許しても、このわたくしは絶対に許しませんわっ!」
噴火寸前の火山のように、頭の上にうっすらと湯気を浮かべるフォンティーヌ。
いつもは優雅なお嬢様の変わりように、気圧されてしまうステンテッド。
ゆっくりと歩いてくる彼女に、思わず後ずさってしまう。
しかし、相手は女なんだと思いなおすと、開き直って言い返した。
「だ……だから、なんだというんじゃ!? 弱い女というのは、強い男の言うことを黙って聞いて当然なんじゃ! それに口答えなどするから、こんな目に遭うんじゃ!」
「女は弱く、男は強い……。強さを順位付けるものさしは、人それぞれ……。ですので、それをとやかく言うつもりはありませんわ」
フォンティーヌは、地の底からあふれるマグマのように唸る。
「ですが、強い者が弱い者に与えていいのは、断じて暴力などではないのですわっ!」
「……な、なんじゃと!?」
「強き者が弱き者に与えるべきものは、『愛』……! なぜならば、愛は低きに流れるものだからですわっ!」
「な……なにをワケのわからんことを! 聞き分けのない女はこうやって、力で躾けてやるのが男のつとめなんじゃ! ……そうじゃ! 今ここで、貴様も躾けてやるわい! 男の強さを思い知らせて、二度と生意気な口が利けんようにしてやるわっ!」
まさに小者らしい考え方と口ぶりで、フォンティーヌに襲いかかるステンテッド。
ステンテッドは身体はだらしなく太っていて、フォンティーヌはスレンダー。
中年と少女の体格差は、倍以上あった。
こんな小娘に負けるわけはないと、ステンテッドはたかをくくっていたのだが……。
一発目のパンチは空を切り、同時に天地がひっくり返っていた。
……ズダァァァァァァァーーーーーーーーーーンッ!!
学長室の床に、背中から叩きつけられるステンテッド。
一瞬、なにが起こったのかわからなかったが、
「……『アイキドー』。シブカミに古くから伝わる徒手空拳のひとつですわ」
ひょっこりと覗き込んできたお嬢様にそう言われ、投げ飛ばされたことに気付く。
「くっ……! 貴様ぁっ!? 勇者であるワシに暴力を振るって、タダですむと思っているのかっ!?」
「先に手を出したのは、あなたではありませんか」
「うるさいうるさいうるさいっ! 勇者の権限で、貴様を制裁してやるっ!」
……がばあっ……!
ステンテッドは懲りずに起き上がり、今度は身体ごと飛びかかっていく。
フォンティーヌからすれば、熊に襲いかかられているような危険な状態であったが、
……フッ!
お嬢様は逃げるどころか、キレのある動きで懐に飛び込むと、ステンテッドの腕を取った。
そして飛びかかってきた勢いを逆に利用して、軽々と担ぎ上げる。
「えっ!? あっ!? ああああああああああーーーーーーーーーーっ!?」
今度はハッキリと、ブン投げられていることを自覚するステンテッドは、情けない悲鳴とともに、
……ガッ、シャァァァァァァァァーーーーーーーーーンッ!!
学長室の窓を破って、外に飛び出し……!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?!?」
情けなさ全開の絶叫とともに、落ちていく……!
中庭の、池へと……!
どっ、ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーんっ!!
中庭は校舎を取り囲むようにして存在しているのだが、全方位の校舎から一斉に、女生徒たちが顔を出す。
「見て見て! だれかが池に落ちたよ!?」
「っていうか、落とされたんじゃない!?」
「あっ! 池から藻にまみれた、へんな男が出てきたよ!」
「うわあっ、なにアレっ!? 気持ちわるーいっ!」
「ちょっと! 学長室の窓のところ、見て! フォンティーヌ様がいるわ!」
「窓が、破れてる……? ってことはフォンティーヌ様がやったのよ!」
「ということは、あの藻にまみれたのは変質者ね! フォンティーヌ様が変質者をやっつけたのよ!」
「あんな大きな男の人を、やっつけちゃうだなんてすごい!」
「魔法反応もないから、きっと素手でやったのよ!」
「さっきの講演で、諸国漫遊でいろんな国の武術を身に付けたっておっしゃっていたのは、本当だったのね!」
「魔法だけじゃなくて、武術も一流だなんて……! ああん、なんて素敵なんでしょう!」
「素敵っ! 素敵っ! 素敵っ! フォンティーヌ様ぁ、こっち見てぇーーーっ!!」
割れ窓から顔を出し、黄色い声援に手を振り返して応えるフォンティーヌ。
哀しきモンスターのようなステンテッドは、藻にまみれたまま逃げ出していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日、新聞の一面を賑わしていたのは……。
『フォンティーヌ様、魔導女学園で大活躍!』
『学園に忍び込み、学長に暴力を振るった変質者を、見事撃退!』
『フォンティーヌ様が変質者を撃退した武術、アイキドーとジュージュツに注目が集まる!』
『フォンティーヌ様、魔導女たちの一躍人気者に!』
『時代はいま、ハイブリット聖女を求めている!』
『フォンティーヌ様がイメージキャラクターを務めるゴージャスマートは、増収増益!』
それを見たボンクラーノのとシュル・ボンコスは、笑いが止まらなくなっていた。
「ボン、ボン、ボーンっ! でかしたボン! フォンティーヌ! 今日は朝から魔導女たちが店に押し寄せて、大変なことになっているボンっ!」
「しゅるしゅる、ふしゅるるる、しゅるふふふ……! お手柄でございます、フォンティーヌ様。今回の一件で、あなた様のイメージはうなぎ登りです……! しゅるふふふ……!」
こんな時、いつもであればケチをつけるステンテッドも、今日ばかりは大人しかった。
フォンティーヌはステンテッドを告発することも考えたのだが、今ここでゴージャスマートの不祥事が明るみに出ると、『合同新製品発表会』に悪影響があると考え、変質者の正体は胸の中にしまい込んでいた。
お嬢様は久しぶりに、誰からも遮られることのない高笑いを満喫する。
「おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほーーーーーーーーっ!! 今回のわたくしの活躍が追い風となって、『合同新製品発表会』も、勝ったも同然ですわっ! この勢いのまま、一気に『スラムドッグマート』を潰してしまいますわよっ! おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほーーーーーーーーっ!!」
……しかし彼女はまだ、気付いていない。
今回の一件はたしかに、『ゴージャスマート』の追い風となったのだが……。
同時に、内部に決定的な亀裂を生んでしまったことに……!





