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24 挑戦状

 プリムラが、『スラムドッグマート』の『ガンクプフル小国支部』の社長室を出て、廊下を歩いていると……。

 なにやら外が騒がしかった。


 入り口のほうに行ってみると、多くの報道陣に囲まれたランがいた。

 ランは、廊下の向こうで覗き込んでいるプリムラに気付くと、



「あっ!? やっと戻ってきた! おいガキんちょ! こっちに来てお前もなんか言え!」



「えっ? ランさん、これはいったい……!?」



 ランはプリムラに駆け寄ると、手を掴んで引きずっていって、報道陣の前に突き出した。


 プリムラが現れた途端、真写(しんしゃ)機のフラッシュが一斉に焚かれ、プリムラは身を縮込ませてしまう。


 ホーリードール家にはよく報道陣が訪れていたが、応対はすべて家長であるマザーの仕事であった。

 そのため、こんな風に矢面に立たされるのは、少女にとっては初めてともいえる体験だった。


 野獣の群れに囲まれた子羊のように震えるプリムラ。

 記者たちは容赦なく、まさに狼のように吠えかかった。



「プリムラ様! パッションフラワー家から挑戦状が叩きつけられましたが、今のお気持ちは!?」



「当然、お受けになるんですよね!?」



「パッションフラワー家とは、深い親交がありながらも、深い因縁があるようですね!」



「フォンティーヌ様はそれを晴らそうとして、プリムラ様との直接対決を望んでいるようです!」



 しかしいきなりのことで、プリムラは何がなんだかさっぱりだった。



「えっ? 挑戦状? 直接対決?」



 目をぱちくり、口をアワアワさせるプリムラを見かねて、ランが再び前に出る。



「もちろん受けるに決まってるだろ! おい記者ども、一面の見出しはこうだ! 『プリムラ・リベンジ』! 『アタイは誰の挑戦でも受ける』! 『汚ぇ首を洗って待っていやがれフォンティーヌ野郎』! 『前回は不意打ちでやられちまったけど、真っ向勝負ならゼッテー負けねぇ』! ってな具合だ! フォンティーヌの野郎が真っ赤になるくらいのアオリで頼むぜ!」



「えっ、ランさんっ!? えっえっ!? えっえっえっ!? えっえっえっえっ、ええっ!?」



 プリムラがワタワタしている間に、ランが好き勝手なことを言って、あれよあれよという間に取材は終わる。

 件の『挑戦状』とやらをプリムラが読んだのは、マスコミが帰ってからのことだった。



 挑戦状

 Dear.プリムラさん()


 『スラムドッグマート』は来月も新製品発表会を行なうそうですわね。


 奇遇にも、宅の『ゴージャスマート』もそうなのです。


 せっかくですから、『合同新製品発表会』といきましょう。


 魔導女たちを集めたステージイベント形式で、『ゴージャスマート』と『スラムドッグマート』の新製品を発表しあうのです。


 そしてその場で観客の魔導女たちに対し、即売会を実施し……。

 より多くの数を売り切ったほうが、勝利となるのです。


 負けた方は、大勢の魔導女や記者たちのなかで、勝った方に土下座をするのですわ。

 その土下座で、本当に素晴らしい聖女一家はどちらなのかが、ガンクプフル小国じゅうに広く知れ渡ることになるでしょう。


 色よいお返事をお待ちしておりますわ。


 フォンティーヌ



 P.S。

 差し上げた文鎮の使い心地はいかがでして?

 あとせっかくですから、あの時ごちそうしたお紅茶も同封いたしますわ。



 挑戦状には、以前、引越祝いでフォンティーヌ邸を訪れたときに出された異国の紅茶も入っていた。

 といっても木箱まるまるひとつ分だったので、同封というよりも挑戦状がオマケのような感じになっていた。


 そしてプリムラは争いを好まない性格なので、本来は勝負ごとや賭け事はしないのだが……。

 もう大勢の報道陣の前で、ランが受けて立ってしまったので、どうしようもなかった。


 それどころか明日の新聞では一面で扱われるので、果たし状の返事も不要であろう。

 しかしプリムラは律儀な性格なので、そうとわかっていてもきちんと返事の手紙を書いた。


 これがフォンティーヌの、次なる策略だとは知らず……。


 そう……!

 ハイブリッドお嬢様は、『合同新製品発表会』で、とっておきの新製品をお披露目し……。


 多くの魔導女や報道陣の前で、圧倒的大差をつけて勝利し……。

 『ガンクプフル小国』から『スラムドッグマート』の居場所を、完全に奪おうとしていたのだ……!


 フォンティーヌはプリムラのことをよく知っているので、普通のやり方では断られるであろうことも、織込み済み。

 フォンティーヌは『果たし状』をプリムラに発送すると同時に、マスコミに触れまわっていたのだ。



『パッションフラワー家は、ホーリードール家との因縁に、ついに決着を付ける』と……!



 すると、マスコミはどうするだろうか?


 果たし状の内容としては、ふたつの商店の争いなのだが……。

 記事としては、聖女の名門どうしの争いにしたほうが、面白いと判断し……。


 プリムラの元に、取材に押し寄せるであろう……!


 するとプリムラは果たし状を、密かに断ることはできなくなる。


 なぜならば断った時点で、マスコミは大いに書き立て……。

 その時点で『ゴージャスマート』、そしてパッショフラワー家の不戦勝が、確定するからだ……!


 フォンティーヌは、プリムラの性格を知り尽くしていた。


 そしてその性格を逆手にとった、見事なやり方で……。

 いつも長女の後ろに控えていた、陰日向に咲く花を……。


 日の当たる場所に、引きずりだしてみせたのだ……!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 次の日、プリムラはグレイスカイ島にある神殿の自室で、いつものように起床。


 部屋にある洗面台で、朝に咲いたばかりの花のような美しい顔を、朝露のような水で洗い流す。

 身支度を済ませ、朝食の準備の手伝いをするために、いつものように部屋を出たのだが……。


 途端、彼女は……。

 蕾のような可憐なる鼻から、蜜のような鼻水を吹きそうになっていた。


 廊下には、なんと……!

 壁新聞のように……!


 いいや、貧乏長屋もかくやといった風情で……。

 壁一面に、今朝の朝刊が張り出されていたのだ……!


 そこには、派手な見出しが躍っていた。



 『プリムラ・リベンジ!』


 『アタイは誰の挑戦でも受ける!』


 『汚ぇ首を洗って待っていやがれフォンティーヌ野郎!』


 『前回は不意打ちでやられちまったけど、真っ向勝負ならゼッテー負けねぇ!』



 そんな、ストロングランゲージの見本市のような見出しの下には……。

 今にも自殺しそうなチワワのように、プルプルとした震えまでもが伝わってきそうなほどに、怯えている……。


 プリムラの真写(しんしゃ)の、どアップが……!


 藍より出でた朝顔のように、サッと青ざめるプリムラ。

 少し離れた場所では、



「うふふふっ! ついにプリムラちゃんがやったのよ! やったんでちゅよぉ~!」



「プリたんやたーっ!」



 新聞を札束のように撒き散らしながら舞い踊る、姉と妹が……!



「お、お姉ちゃん!? パインちゃん!?」



 プリムラに呼ばれて気付いたふたりは、さっそく飛びついてきた。



「おめでとう、プリムラちゃん! ついにひとりで新聞デビューしたのね! ママ嬉しくって、ガンクプフル小国じゅうの新聞を、いっぱい取り寄せちゃった!」



「ぷりたん、これあげうー!」



 姉は新聞の真写に頬ずりしまくっていたのか、ほっぺたにプリムラの死にそうな顔が移っていて、人面瘡のようになっていた。

 それでも飽き足らず、本物のプリムラにぐりぐりと頬ずりしてくる。


 妹はさっそく、その死にそうな顔を似顔絵に起こし、プレゼントしてくれた。



「あ、ありがとう、ございます……」



 プリムラはなんともいえない気持ちで、姉妹の祝福を受け取っていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 その頃、ハールバリー小国にある、フォンティーヌ邸では……。


 家主のお嬢様聖女は、朝刊を見るなり浴室に飛び込み、ずっとシャワーを浴びていた。



「キイッ! キイイッ! キィィィィィーーーーーーツ!!」



 そして、黒板を爪で引っ掻いたような悲鳴をずっと、室内に反響させていた。



「まさかまさかまさか、プリムラさんがあんな口汚く、わたくしを罵るだなんてぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーっ!?!?」



 それは新聞の見出しのことで、もちろんプリムラ自身の発言ではない。

 しかし事情を知らないお嬢様にとっては、天地が逆転するほどの衝撃を受けていた。


 お嬢様は唯我独尊に見えて純粋で、そして案外打たれ弱いのだ。


 彼女はキィキィと半泣きで叫び続けながら、首筋に石鹸を押し当てて泡立て、首のまわりをモコモコにしていた。

 なぜそんなに、特定の箇所ばかり洗っているのかというと……。



「わたくしの首は、そんなに汚くはありませんことよっ! キィィィィィーーーーーーツ!!」



 見出しに『汚ぇ首』と書かれていたのがよっぽどショックだったようである。


 怒髪天を衝くお嬢様の瞳は、メラメラと燃えていた。



「見ておいでなさい、プリムラさんっ! わたくしにそんな態度を取った者が、どうなるのかを……! もう容赦はいたしませんわっ! 『合同新製品発表会』の場で、二度と立ち上がれないくらいに……! ケチョンケチョンにのしてさしあげますわっ!!」



 『ハイブリッド聖女』の本気が、ついに解放……!?

 聖少女プリムラ、史上最大のピンチ到来っ……!?

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― 新着の感想 ―
[一言] ついにフォンティーヌもギャフンですか。 フォンティーヌも別に悪さしたわけじゃないのに憐れだねえ。 自業自得だけど。 この思い込みと自爆ぶりは、クーララカと似ているかも。 不倶戴天の敵だけど…
[良い点] プリムラ なんと大宣戦布告しましたか!(ニヤリ) いや~ まるで別人のような見事なセリフですね!(ニヤリ) そして お嬢聖女 きちんと首を洗ってあげるなんて なんて素直な子ざましょ!(微笑…
[良い点] 汚れ役を忌避しない、寧ろそれが地のままのランが事態を引っ掻き回してプリムラを後押し? フォンティーヌの打たれ弱さも相俟って、決戦が楽しみですねぇ♪
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