23 組織に必要なもの
グレイスカイ島の神殿が、大変な賑わいを見せていた頃……。
『ゴージャスマート エヴァンタイユ諸国本部』、その本部長室のほうも、同じようなお祭り騒ぎになっていた。
「おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほーーーーーーーーっ!! わたくしの作戦は、見事大当たりでしたわねっ! ご覧なさい、この売り上げを!」
壁に貼られた同店の売り上げグラフは、まさにV字回復。
それどころかグラフの最高値を突き抜けており、壁にまではみ出している。
男たちの反応は様々であった。
「しゅるしゅる、ふしゅるるる。いやはや、おみそれいたしました、フォンティーヌ様。いまや『パッションローブ』は、ガンクプフルの魔女たちの標準装備といってもよいほどに広まっているのでございます。やはりしゅるの目に、狂いはありませんでした。ふしゅるふしゅる、ふしゅるるる」
「そうだボン! やっぱりフォンティーヌに任せて正解だったボン! ボンは最初から信じていたボン! ボンも、上層部からお褒めの言葉を貰って鼻高々ボン! きっとパパも喜んでいるボン!」
すっかり手のひらを返したシュル・ボンコスとボンクラーノ。
しかし、約一名だけは歯噛みをしていた。
「……ぐぎぎ……! 女のクセに……! た、たまたまじゃ! たまたまラッキーパンチがヒットしただけじゃ! 相手がバカな女たちだったからこそ、偶然当たっただけ……! しかし、商売の世界は運だけで乗り越えられるほど甘くはないぞ! わかったらあとは、商売のプロであるこのワシに……!」
もちろんそんなことを言われて「はいそうですか」と引き下がるお嬢様ではない。
「いいえ、ステンテッドさん! これは最初のジャブに過ぎませんことよ! 次の一手こそが、わたくしにとっての必殺パンチ……! それで『スラムドッグマート』を華麗にマットに沈めてごらんにいれますわっ!」
「しゅるしゅる、ふしゅるるる。と、おっしゃいますと……。すでに次の戦略を、お考えになっているということでございますな」
シュル・ボンコスはえびす顔を浮かべながら、内心思う。
――この、フォンティーヌという聖女……。
思った以上に、やるようですね。
しゅるも『スラムドッグマート』を追い出す手段はいくつか考えていましたが、そのどれもが、相手を貶める……。
いわゆる、『邪道』ばかりでした。
しかしこの聖女のやり方は、天下太平の下を歩くような、『正道』……。
これはいままでの『ゴージャスマート』にはなかった、新しいやり方です。
しゅるの『邪道』と、この聖女の『正道』……。
ふたつが合わされば、『スラムドッグマート』など、敵ではないでしょう。
しかし今は、しゅるは静観していたほうが良さそうです。
しゅるが下手に手を出すと、せっかくの『正道』を穢してしまうおそれがありますからね。
これは、思わぬ拾い物をさせていただきました。
……でも、それに比べて……。
シュル・ボンコスは横目でちろりと、口角泡を飛ばすステンテッドを見やった。
「ふんっ! なにがパンチじゃ! その細腕じゃ、野良犬どころかネズミ一匹倒せるわけがなかろう! 女は黙ってパンチラでもしてればいいんじゃ!」
えびす顔が、あからさまに曇る。
――それとは逆に、このステンテッドとかいう、『偽勇者』……。
人の話を途中で遮り、口を開けば他者の批判ばかり……。
それでいて自分では、なにも具体的なものを示さない……。
いくら捨て石とはいえ、酷すぎるでしょう……。
『偽勇者』の選別を、重役たちに任せたのが失敗でした……。
しゅるがひと口でも噛んでいたら、もうちょっとマシな者が選べたかもしれないのに……。
今後、この者はなるべく無視して……。
しゅるとフォンティーヌで進めるのがよいでしょう……。
……『組織』にとって、もっとも重要なのは何だかおわかりだろうか?
それは『結束力』である。
ここで、結束力にはふたつの種類があると仮定しよう。
ひとつは『利』の結束力。これは同じ目的に向かって、ともに戦う仲間の繋がりである。
スポーツチームや軍隊、群れる山賊など、より高い利益を上げるために集まった者たちのこと。
もうひとつは『心』の結束力。これは利害をこえた繋がりである。
家族や兄弟、恋人や子供、親友や盟友などをいう。
『スラムドッグマート』や『ゴージャスマート』はいわゆる『企業』なので、前者の結束力を必要とする。
もちろん、後者の結束力もあればなお良いのだが……。
勘違いした経営者や上司は、『社内レクリエーション』などと称して、社員に休日を返上させてまで、スポーツやバーベキュー大会を催し、結束力を作り上げているつもりでいるからタチが悪い。
それはさておき、なぜこのような話をしたかというと……。
この『結束力』こそが、これからの野良犬の店と、勇者の店を大きく分かつことになるからだ。
ボンクラーノをはじめとする、『ゴージャスマート』の上層部たちは、それなりに『繋がって』いるように見える。
なぜならば、今は『成功している』からだ。
ステンテッドはボンクラーノに向かって、ここぞとばかりにゴマすりをしていた。
「今回の勝利の立役者は、やはりボンクラーノ様! ボンクラーノ様のご指導があったからこそ、我々はひとつになれたのです! 逆に、大失敗のスラムドッグマートはバラバラでしょうなぁ! 社長は今回の責任者を呼び出して、怒鳴り散らしているに違いありませんぞ! ヤツらの悔しがる姿が、目に浮かぶようですなぁ! がっはっはっはっはっはっ!」
……本当に、そうなのだろうか?
そして彼らは、気付いているのだろうか?
組織の結束力というのは、むしろ……。
失敗時にこそ、現れるということを。
それでは、本当の結束力というのを、見ていただこう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『スラムドッグマート ガンクプフル小国本部』にある、社長室では……。
質素な事務机に座ったゴルドウルフが、プリムラからの話を聞いていた。
最近、ゴルドウルフは独自で活動していたので、店舗どころか事務所にいることも少なくなっていたのだが……。
プリムラはようやく捕まえて、これまでの経過を報告していた。
そして彼女はさっきからから、頭を下げてばかりであった。
「……というわけで、新製品がさっぱりと売れていない状態が続いています。これもすべてわたしの責任です。本当に、申し訳ありません……」
しかしゴルドウルフは、あっさりしたものだった。
「そうですか。では、引き続きお願いします。あと、報告につきましては各店からあがっている日報に目を通していますので、こうした個別の報告は結構ですよ」
「……わたしに、引き続き指揮を取れとおっしゃるのですか?」
「ええ。私はそのつもりでプリムラさんにお任せしたのです。途中で降ろすようなことはしません」
「で、でも……私は、失敗してしまいました……」
「それが何か?」
「ええっ、私のせいで、売り上げが下がってしまったのですよ!?」
「それは、たいした問題ではありません。なぜならば失敗というのは、飛ぶための練習にすぎませんから」
「飛ぶための、練習……?」
「ええ。どんな鳥でも、巣立ちは落ちることから始めます。何度も何度も、数え切れないほどに落ちます。でもそうしなければ、絶対に大空は飛べないんです」
オッサンのその一言で、プリムラの頭のなかに、別の一言がフラッシュバックする。
なぜならば、卵から孵ってだいぶ経つというのに、飛び立とうとはせず……。
いつまでも巣のなかでヌクヌクと暮らしている、プリムラさんと……!
すでに大空に羽ばたいているわたくしとは、すでに天と地ほどの差があるのですからっ!!
プリムラの表情の変化を、オッサンは知ってか知らずか……。
娘を見守る親鳥のように、さらに言葉を紡ぐ。
「ですからプリムラさんも、落ちることを恐れないでください。私が飛んでいるところは、秘書をしているときに見てきましたよね? ですから今度はプリムラさんの番です。思うように巣から飛び出し、自分なりにいっぱい羽ばたいてみてください。時には枝葉に引っかかって、みっともなくもがくこともあるでしょう。でも私はそんなプリムラさんに失望したり、見放したりしません。それに、いざとなったらちゃんと受け止めますから」
「引き続き、よろしくお願いしますよ」と言われ、プリムラは「はい」と健気に頷く。
まだ不安は残っているようだったが、ある程度は吹っ切れたようだった。
「かしこまりました。わたしはおじさまのお店を守ることばかり考えて、臆病になっていたようです。次は失敗を恐れずに、大きく羽ばたいてみたいと思います……!」
ゴルドウルフが部下の失敗を叱るとき、その理由はひとつしかなかった。
それは、『失敗』を恐れて、『失敗』してしまった場合……!
このやり方は、『ゴージャスマート』とは正反対にあった。
なぜならば、『ゴージャスマート』の企業体質は、『減点式』。
失敗は、ライバルに蹴落とされるだけのマイナス要因でしかない。
だからこそ調勇者たちは挑戦を鼻で笑い、ライバルの粗探しに執心する。
逆に『スラムドッグマート』は『加点式』。
なにもしなければ評価されず、逆に挑戦しての失敗の責は、一切問われることはない。
ライバルの粗探しなど、無意味っ……!
おわかりいただけただろうか?
この両店の違いこそが、ひいては『結束力』の違いとなっていることに。
優秀なパーツを採用した、飛行機でも……。
他のパーツが足を引っ張ってしまったら、本来の性能は発揮できず……。
最悪、バラバラに空中分解してしまう様を……!
これから本格的に、見ていこうではないか……!





