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22 ローンウルフ 2-3(ざまぁ回)

 ブラインドのせいで、昼なお薄暗い取調室。

 ひとりの男のボソボソとした声だけが、虫の息のように響き渡っていた。



 ……俺はちょっと前までは、勇者だったんだ……。

 『コスモス』っていう、ちったあ名の知れた、創勇者(そうゆうしゃ)だった……。


 いや、お前らは知らねぇだろうな。

 だが一部の勇者のなかでは、俺を知らねぇ者はいなかった。


 なにせ、美形と呼ばれた勇者は、みいんな俺の化粧品を使ってたんだからな……!


 男が化粧をするのを、変に思うか?

 でもアイドル勇者、たとえばライドボーイ一族なんかは、俺のお得意様だったんだ。


 俺には、あるオッサンの助手がいてなぁ、ソイツはゴミみてぇな役立たずだった。


 当時は少なくとも、そう思ってた。


 だから俺は、捨てちまったんだ。

 ライドボーイたちが使用人を欲しがってたから、化粧品とセットでくれてやったんだ。


 でも、それからよ、俺の転落が始まったのは。


 俺の化粧品は質が悪くなったとかいって、さっぱり売れなくなっちまったんだ……!


 製法は変わってねぇから、そんなはずはねぇと思ってたのに……。


 それでやっと、やっと気付いたんだよ。

 俺の作った化粧は、ぜんぶ、あの(●●)オッサンが仕上げをして、瓶に詰めてた……。


 あの(●●)オッサンの最後のひと手間があったから、俺の化粧品は品質が保てていたんだ……!


 最初は認めたくなかったさぁ。

 だってあのオッサンは、野良犬みてぇにさえないヤツだったんだぜ?


 そんなのに支えられてただなんて、普通思わねぇじゃねぇか。


 でも俺の化粧品は、どんどん勇者たちに売れなくなって……。

 それまでうなぎ登りだった勇者の階級も、じょじょに下がりはじめて……。


 俺は、焦りはじめたんだ。

 また俺が返り咲くには、画期的な化粧品を開発するしかねぇって。


 そこで俺は、オッサンが残していった、化粧品のレシピ本を読み返してみたんだ。

 そしたら、あったんだよ……!


 『究極の美白化粧品』が……!


 そいつを使えば、肌が白くなって、シワも目立たなくなるっていう、すげぇヤツだった……!



 そこでふと、ハチが話を遮った。



「おいおい、ちょっと待ちやがれ! さっきから聞いてりゃ、よくわからねぇオッサンがいなくなったせいで、テメーが堕落したって話なだけじゃねぇか!? それでなんで、毒入りの化粧品なんて作るんだよ!?」



 その問いに答えたのは、他ならぬ人物であった。



「……『卑毒(ひどく)』を酢と石灰と混ぜ合わせて、身体に塗ると……。肌の色が白くなり、老化も抑制できる効果があるんです。しかし卑毒は皮膚を通して体内に取り込まれてしまうので、使い過ぎると死に至るのです」



「ぐぐぐっ……! アンタ、ローンウルフとか言ったな……! かなり詳しいじゃねぇか……! いや、それも、『かみそりエイト』の受け売りか……!?」



「モスコスさん、あなたが見たレシピというのも、そういった注意書きのようなものがあったのではないですか?」



「その通りよ……! 『絶対に作るな』と書いてあったなぁ……! でもそう書かれていて、作らねぇヤツなんて、いるのかよ……!?」



 かつての勇者は、ふたたび独白モードに戻る。



 ……俺は真っ先にその化粧品を作って、ハーレムの聖女で試してみたさ……!

 結果は、お前さんたちも知ってのとおりだ。


 でも俺は、あきらめなかった。


 『究極の美白化粧品』を完成させれば、勇者の化粧品を席巻できると信じて……。

 製法を変えて、実験を続けた……!


 実験体(モルモット)には困らなかったぜぇ、なにせ、ハーレムにいっぱいいたからなぁ……!


 美しくなれるとわかれば、毒でもなんでも目の色を変えて塗りたくるような、色ボケのメスブタどもがなぁ……!


 でも……。

 俺のハーレムが全滅しても、完成しなかった……。


 同時に俺は、『堕天』させられちまった……。

 それまでの失点(ツケ)もすべて払わされて、このザマよ……!



 言いながら、目を覆う包帯を指で押すモスコス。

 そこにはあるべきはずのものがなく、押すがままにズボッと落ち窪んでいた。



 でも、それでも俺は、あきらめなかった……!

 名前を捨て、顔を変えて……。


 しがない化粧品屋に身をやつしてでも、研究を続けた……!


 でも、ふたつ問題があったんだ。

 それは、『金』と『実験体』……。


 勇者には見向きもされなくなった、俺の化粧品を買い求めるヤツなんて、貧乏聖女しかいねぇ。

 それに堕天してハーレムを失った以上、モルモットもいねぇ……。


 そんな時に、声をかけられたんだ。


 『野良犬』になれ、ってな……!


 野良犬と名乗って連続殺人をして……。

 この王都にいる市民どもを震えあがらせて、野良犬の名を地に落とせば、金をくれるってな……!


 そこから先は、もうわかるだろう?

 俺は、金とモルモットを、同時に手に入れる方法を、思いついちまったってワケだ……!



 悪びれもせず「ヒヒヒヒ……!」と笑うモスコス。

 対面で足を組んでいたエイトが、怒りもせずに言った。



「そうでしょうね。私にはすべてわかっていましたよ。では、最後に聞かせてください。あなたに『野良犬になれ』と依頼したのは、誰なのですか?」



 すると、モスコスの笑いが氷結した。



「そ、そいつは言えねぇ……! い、今までのことも、本当は白状するつもりはなかったんだ! で、でも……。ローンウルフとかいうヤツの声が、あの(●●)オッサンに似てたもんだから、つい、口がすべっちまったんだ! な、なぁ、俺が言ったことは内緒にしておいてくれないか、でなきゃ俺は、殺されちまう……!」



 モスコスは急に、ソワソワしだす。

 ローンウルフが「落ち着いてください」と声を掛けたのだが、逆効果だった。



「ヒイッ!? て、テメーの声なんか、聞きたくねぇっ! 俺を捨てたオッサンのことを思い出しちまうんだよっ!? ……お、オッサン! オッサンオッサンオッサン! オッサァァァァァンッ!! な、なんで俺を捨てちまったんだよぉっ!? あ、アンタがいりゃ、俺は今頃っ……!」



 とうとう錯乱しはじめるモスコス。

 エイトとハチが取り押さえながら、ローンウルフに向かって叫んだ。



「ローンウルフ君! モスコスはすっかり、キミを思い出のオッサンと取り違えているようです! 落ち着かせるために、キミはここから出て行ってください!」



 「わかりました」と頷いて、オッサンは取調室を出た。

 扉を閉めた直後、



「ぐへぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 血を吐くような、悲鳴が轟く。

 すぐさまとって返したオッサンが、目にしたものは……。


 地面にうつ伏せになった、モスコスと、広がる血だまり。

 そして、コロコロと転がる、化粧品の瓶……。


 ハチが地団駄を踏んだ。



「くそっ! コイツ、毒の化粧品を隠し持っていやがった! まさか、飲んで自殺を図るだなんて……!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 王都を騒がす連続殺人鬼、『野良犬』は死んだ。

 しかし、何者かによって依頼された犯行である以上、第2第3の野良犬がこれから出現することは明白であった。



「ローンウルフ君、これでキミの疑いはすべて晴れました。でも、私はキミに興味を持ちました。そこでどうでしょう、私の『御用聞き』になりませんか?」



「『御用聞き』、ですか?」



「ええ。この国の憲兵は犯罪捜査のために、民間の協力者を推薦することができます。それを『御用聞き』というんです」



「え、エイトの旦那!? こんな宿無しを御用聞きにするだなんて、正気ですかい!?」



「ええ、ハチ君。むしろ宿無しだからこそ、捜査にはもってこいだと私は思ったのです。『御用聞き』になれば、憲兵同然の捜査権限を得られます。私ほどではありませんが、キミのその広い知識を活かせると思うのですが」



 ようは、セブンルクスの番犬の手先になれという話であった。

 野良犬が出した答えは、もちろん……!



「私でよければ、これからも協力しましょう」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ゴルドウルフは偶然なのか必然なのか、セブンルクス王国において、奴隷の身からホームレスに、ホームレスから御用聞きへと出世した。

 そして憲兵の捜査権限を利用し、ゆうゆうとセブンルクス王国外へと、出ることができたのだ……!


 約1日ぶりに、グレイスカイ島に戻ったオッサン。

 窓から自室に戻ると、泣きながら替え玉からすがられた。



「や……やっと帰ってきたあっ!? ゴルドウルフさん、今までどこに行ってたんですかっ!?」



「すいません、ウォントレアさん、マザーのほうは大丈夫でしたか?」



「大丈夫じゃないですよっ!? ゴルドウルフさんのモノマネができるからって、こんな安請け合いしなきゃよかったです! まさか部屋に閉じこもってるだけで、マザーがあんなに取り乱すだなんて……! マザーが泣き崩れたときは正直、出て行きそうになっちゃいましたよ!」



「ありがとうとございます。でも、これからもお願いすることになりそうですので、その時はやってもらえますか?」



「えっ……ええ~っ……」



 ゴルドウルフはウォントレアを窓から逃がしたあと、いつものタキシードに着替える。

 外の廊下が信じられないくらい賑やかだったので、様子を伺うために、缶詰の終わりを装って、外に出てみたのだが……。


 そこにあったのは、『祭り』っ……!


 神殿の廊下であるというのに、まるで神社の仲店のように、露店が並び……。

 祭り囃子と神輿が行き交う、とんでもない空間になっていたのだ……!


 盆踊りを踊っていたマザーは、ゴルドウルフの姿に気付くと、半泣きというか全泣きで飛んできた。



「ご、ゴルちゃんゴルちゃんゴルちゃん! ゴルちゃああああーーーーーんっ! や、やっと出てきてくれたのねっ! 賑やかにすればゴルちゃんが部屋から出てきてくれると思って、ママ、みんなを集めてお祭りやってみたんだけど……出てきてくれて、本当によかったわぁ!!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 流石マザー存在感が半端ないです。 [一言] シリアスなストーリーが最後全てマザーに持ってかれました。流石マザー(*´ω`*)
[一言] エデンの園のリンゴみたい。 「やるな」と言われたらやるよね、自己中の塊の勇者ならば。 何人もの女性を苦しめたゴルドウルフの罪は重い。
[良い点] やっぱり彼も、ザンガンと同じだったんですね。 しかも、堕天した勇者だとは・・・ ・・・ようやくオッサンの心配りに気づけたのに、結局彼も、オッサンがすぐそばにいたのに、気づけず終いでしたか・…
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