21 ローンウルフ 2-2
突然、ホームレスのような格好をしたオッサンが名推理を披露しはじめたので、周囲にいた人間たちは唖然としていた。
「『卑毒』は、鉱物から採取できる毒物で、摂取しすぎると中毒症状を起こします。症状としては発熱を伴った痙攣や硬直、腹痛や下痢や嘔吐です。そしてある意味、我々の暮らしのなかで、もっとも身近な毒物といえるでしょう。普通は毒といえば、冒険者か暗殺者のみが使うものですが、この『卑毒』が含まれたものは、薬屋などでも普通に手に入ります」
ハチは突っかかる言葉も忘れていたが、エイトは感心したように唸っていた。
「ほう、ローンウルフ君、キミは見た目のわりに、毒物に詳しいのですね」
ローンウルフは頷き返す。
「はい、このような立場になる前、薬品を扱う仕事をしていたことがありますので」
「それで、その『卑毒』は、薬屋ではどのような形態で売られているのですか?」
「『殺鼠剤』としてです」
「……元々は薬品を扱う仕事をしていたというのは、ウソではなさそうですね。今の質問は、キミを試したのです。しかしまだキミの疑いが晴れたわけではありませんから、私たちに同行してください。これから、薬屋をあたります」
「それはかまいませんが、その考えでいくのであれば、少なくともこの王都にあるすべての家庭が捜査対象になるはずです。なぜならば、殺鼠剤はどの家庭にでもあるものだからです」
「キミは、犯人は薬屋ではないと言いたいんですね?」
「はい、その理由は他にもあります。『卑毒』の場合、人体への致死量は50グラムとされています。たとえば犯人が、店に訪れた客に対して、薬に偽装した『卑毒』を売りつけて毒殺しようとします。すると、一般的な粉薬の服用量は1回あたり2グラムとされていますから、毎日3回服用したとしても、50グラムを服用させるのに8日もかかります。『卑毒』は体内に蓄積する性質はあるものの、致死量に達することは希でしょう」
するとエイトは、頭に豆電球が閃いたかのように、細目を見開いた。
「私は閃きましたよ。ならばレストランが犯人だと言いたいのでしょう? 薬なら無理でも、食事に混ぜれば50グラムをいちどに摂取させることなどたやいすいことですからね」
「さ……さすが、百を知って千を知る男、エイトの旦那! アッシはさっそく、被害者の行きつけのレストランを当たって……!」
「待ってくださいハチさん。私はそれも違うと思っています」
「なんだとぉ、ローンウルフ! テメーはエイトの旦那の名推理にケチを付けようってのかよ!?」
「考えてもみてください、レストランの人間が犯人なのであれば、なぜ被害者は女性ばかりなのですか? 殺人鬼なのであれば、男性も無差別に殺すはずでしょう」
「そ、そりゃあおめえ、野良犬の趣味なんじゃねぇの!?」
「いいえ、それは違うと思います。なぜならば、『卑毒』には『愚者の毒』という別名もあって、毒殺されたことが非常にわかりやすい毒でもあるんです。食中毒ですら真っ先に疑われてしまうレストランが、こんなにわかりやすい毒を使って無差別殺人などをしたら、すぐに足が付いてしまうでしょう」
「さっきからごちゃごちゃうるせぇんだよ! じゃあテメーは誰が犯人だってんだ!? エイトの旦那の推理を否定するんだったら、もう目星は付いてるんだろぅ!? おおん!?」
オッサンが「もちろんです」と頷くと、
……ごくり。
ヤジ馬すべての喉が鳴った。
「まずは、これまでの被害者すべての殺害現場を教えてもらえますか? そしてその近隣にある、条件に当てはまる店を調べてほしいのです。その条件は、たったひとつ……」
『○○○』を扱っているか、です……!
ちなみにではあるが、『卑毒』というのはゴルドウルフがいる世界以外においても、メジャーな毒物である。
時代が時代ならば、カレーなどにも混入されていたことがあるという。
さてここで、みなさんも考えてみてほしい。
この事件の犯人は、いったい『何屋』なのかを……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから、しばらくして……。
昼頃には、とあるひとりの男が、憲兵局の取り調べ室にいた。
その男は『モスコス』という名で、両目を包帯で覆っている。
3人の男たちを前に、ギリギリと歯噛みをしていた。
「……なぜ、『野良犬』が俺だとわかったんだ……!?」
身を乗り出したハチが、ダン! と机を叩いて言った。
「この国いちばんの憲兵である、キレ者の旦那にかかりゃ、一発なんだよ! まさか『化粧品』に毒を混ぜて売っていたとはなぁ……! どうりで、被害者が女ばかりのはずだぜ!」
「ぐぐっ……! 『卑毒』ならば、まっさきに薬局かレストランを疑うと思っていたのに、まさか化粧品に結びつけるとは……! 私の陽動にも引っかからないとは、なんという男……! さすがは『かみそりエイト』と異名を取る、敏腕憲兵だけある……!」
部屋のブラインドごしに窓の外を眺めていたエイトが、事もなげに言う。
「私の知識は幅広いのです。貴婦人たちとも接することが多いですので、その嗜好品にも自然と詳しくなったのですよ。それはさておき、聞かせてください。なぜあなたは、こんなことをしたのですか?」
すると化粧品屋の男、モスコスは乾いた笑いを漏らす。
「フッ、『かみそりエイト』さんよぉ……! アンタほどの人間だったら、もうお見通しだろう。俺がなんで、こんなことをしでかしたのかを……!」
「……そうですね。でもここは取り調べの場で、推理を披露する場所ではありません。隠したところであなたの罪はなくならないのですから、つまらない謎かけはやめて、大人しく白状したらどうですか?」
「フッ、そうしてやりたいのは、やまやまなんだがな……。俺はまだ、死にたくねぇんだ。だからお前さんたちのほうで、好きな動機を付けてくれてもいいぜぇ」
「そうですか、そういうことならやむを得ませんね」
エイトはモスコスから視線を外すと、部屋の隅っこに立っていたオッサンに、急に話題を振った。
「ローンウルフ君。キミも私と同じで、すでに動機については察しているはずです。それを、聞かせてあげてください」
「……わかりました」
オッサンは後を引き継いで、再び推理を披露するハメになった。
「あなたは、被害者の女性を、殺すつもりでもあり、殺すつもりもなかった……違いますか?」
オッサンの一言に、ゾウッと総毛立つモスコス。
まるで内に秘めていた思いを、バールで無理やりこじ開けられたかのように、胸を押えはじめた。
「うぐぐっ……! そ……! そうだ……! それもこれも何もかも……! あの『オッサン』のせいなんだ……! アンタによく似た声の、オッサン……! そいつが俺を、こんなにしちまったんだ……!」
またしても、展開が遅いというご指摘を読者様から頂いております。
プリムラ側が沈んでいる話が多いので余計そう感じてしまうのかもしれませんが、この先の展開を見直し中です。
オッサンの活躍を描くこの「ローンウルフ」は現状のペースの予定ですが、この先のプリムラサイドのお話はちょっとペースを速めてみたいと思います。
それと、このあとは沈む話ではなくなりますので、ご期待ください!





