10 宣戦布告
フォンティーヌはホーリードール家に差をつけるべく、同家の近所に引っ越しを敢行。
しかしそのライバル家は、タッチの差でいなくなっていた。
プリムラはなにも悪くはないのだが、フォンティーヌが目に見えるほど落胆していたので、謝ろうとする。
しかしお嬢様は立ち直りも早かった。謝罪を遮って、さらに続ける。
「ふ……フフンっ! 我がパッションフラワー家と比較されることを恐れて、お逃げになったというわけですわね。恥ずかしげもなく卑怯者をかくまっている、ホーリードール家らしいやり方ですわ」
「いえ、別にそういうつもりでは……」
「お黙りなさい。わたくしの話はまだ終わっておりませんことよ。ここに越してきたふたつ目の目的は、これですわ!」
どこからともなく、きれいな文鎮を取り出すフォンティーヌ。
それは息つく暇もなく、手品のように次から次へと飛び出だす。
テーブルの上に並べられていく文鎮たちは、ひとつとして同じものはなない。
色とりどりで、珊瑚や水晶、見たこともないような変わった材質の石でできている。
形もいろいろで、丸や四角のシンプルなものから、人間や動物、建物や遺跡などをミニチュア化したものまで様々。
色も形も千差万別のそれらを前に、プリムラは目を丸くしていた。
「あの、こちらはいったい……?」
「フフン、先ほどわたくしは、長いこと留守にしていたと言いましたわよね。それは、聖女としての品格を高めるために、諸国漫遊の旅に出ておりましたのよっ! ホーリードール家、特にプリムラさん! あなたに差を付けるためにですわっ!」
フォンティーヌはホーリードール家を目の敵にしていたが、特にプリムラに対しては風当たりが強かった。
立場から考えると、同じ大聖女であるリインカーネーションを狙うべきはずなのだが……。
マザーは手強いと考えているのか、それとも歳がより近いせいなのか、プリムラだけにやたらと突っかかっていたのだ。
プリムラは戸惑い混じりで尋ね返す。
「そうなのですか。それで、この文鎮は……?」
「それは、諸国で買ったおみやげですわ。プリムラさん、文鎮がお好きなのでしょう?」
テーブルに置かれた文鎮はおびただしい数で、おみやげというより展覧会のようであった。
それに文鎮だけをこんなに貰ってもしょうがないのだが、やさしいプリムラはそんなことは毫ほども思わない。
「あっ、おみやげだったのですね。わざわざご丁寧に、ありがとうございます。わたしの好きなものを、覚えていてくださるだなんて……とっても嬉しいです」
胸の前で白魚のような指を合わせ、花のように微笑むプリムラ。
しかしお嬢様は、「甘いですわね」と言わんばかりに鼻で一蹴する。
「フフン、今のうちにたくさん喜んでおくといいですわ。なぜならこのあとプリムラさんに待っているのは、不幸の連続なのですから。いわばこれは、冥土への土産というわけですわね」
お嬢様は巻き毛がバネのように弾む勢いで立ち上がると、さらなる上から目線でプリムラを見下ろした。
「い……いきなりどうされたのですか? フォンティーヌさ……」
「そしてこれが、わたくしがプリムラさんを呼び出した、みっつめにして、最大の理由……!」
プリムラに匹敵する美しさの白魚が、跳ねるようなしなやかさで振りかざされ、音がするほどの勢いで突きつけられる。
……ビシィィィィィーーーーーッ!!
「わたくしは、『スラムドッグマート』を跡形もなく叩き潰すことを、ここに宣言いたしますわ! いわばこれは、ホーリードール家……。いいえ、プリムラさんに対する、宣戦布告なのですわっ……!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
時は少し遡る。
場所は、『ゴージャスマート エヴァンタイユ諸国本部』の本部長室。
「しゅるしゅる、ふしゅる。新しい人事を発表した途端、『スラムドッグマート』への人材流出はピタリと止まりましてにございます」
「それどころか、戻りたいと言い出す者まで出てきているボン! 店員が減るのを止めたばかりか、取り戻すとは……! しかもみんな、目の色を変えて働くようになったボン! さすがはシュル・ボンコスだボン!」
シュル・ボンコスが提案し、ボンクラーノが発表した、『ゴージャスマート新人事制度』。
これは、それまで『偽勇者』であった者を、一気に昇格させるという大胆なものであった。
その実情は、絵に描いたニンジンに過ぎずない。
しかし逃げ出した馬車馬たちには効果てきめんで、戻ってくるなり今まで以上にガムシャラに働くようになったのだ。
その駄馬たちから一気にシンデレラへと躍り出たのは、他でもないステンテッドである。
ステンテッドはすでにシュル・ボンコスとともに、ボンクラーノの側近として働いていた。
今でも揉み手をしながら、点数稼ぎに余念がない。
「いやぁ、シュル・ボンコスなど、たいしたことはありません! その程度のことでしたら、ワシにも思いつきますな! いちばん大変なのは、それを実行に移すことです! こんな大胆な人事を鶴の一声とは、いやぁ、ボンクラーノ様は本当に素晴らしい! ワシは命をかけて、ボンクラーノ様にお仕えさせていたきますぞ!」
出世欲にかられたステンテッドが次に狙っていたのは、ボンクラーノの右腕の座。
いまはそこにはシュル・ボンコスが着いているが、さっそく蹴落とそうとしていた。
さんざんヨイショされて、ボンクラーノも満更でもない様子。
「ふうん、やっぱり今回のことも、ボンの力あってのものボン! ステンテッドは物事の本質というものを見極める力を持っているボン!」
脳天気に笑いあうボンクラどもに、シュル・ボンコスは頭痛を覚える。
「……しゅるしゅる。それよりも、『スラムドッグマート』が進出してきている以上、早く次の手を打ったほうがよろしいかと思います。しゅるしゅる」
「ほう、なにか考えがあるボン?」
「ふしゅるるる。もちろんでございます。しゅるは先日、スラムドッグマートの幹部のひとりと会合を催したのでございます」
「ええっ!? ライバル商店の幹部と会合を!? それはとんでもない背任行為じゃぞ、シュル・ボンコス! ボンクラーノ様、いますぐこやつを……!」
「ステンテッド、そう慌てるでないボン。シュル・ボンコスはそうやって、相手の懐に入るやり方を得意とするボン。シュル・ボンコス、話を続けるボン」
「ふしゅるるる、かしこまりました。スラムドッグマートの幹部はギャンブル好きだったので、まずは酒で酔わせ、思考力が低下したところで、カードをしながら今後の戦略を聞き出したのでございます。その者は、こう申しておりました」
『ああん? ドッグレッグ諸国への展開? そんなことを聞いてどうするというのだ!?』
『しゅるしゅる、では、こういうのはいかがでしょう? もし次の勝負にあなたが勝ったら、今までの負けを帳消しにしてさしあげます。そのかわり、しゅるが勝ったら……』
『乗った! 貴様が勝ったら、ドッグレッグだろうがチキンレッグであろうが、なんでもくれてやる!』
『……はい、しゅるの勝ちですね』
『くっそぉぉぉ……! 約束だ、仕方ない。教えてやろう……!』
なんと……!
『スラムドッグマート』の、ある幹部が……。
こともあろうにインチキカードに嵌められて、あっさり情報漏洩……!
『スラムドッグマートの倒し方』を、あっさり大公開してしまっていたのだ……!





