09 お嬢様聖女登場
「わたくしの新居に、ようこそおいでくださいましたわ、プリムラさん」
金色の巻き毛に褐色の肌、好戦的に吊り上がった目尻。
手の甲を当てて、口を隠してしゃべる上品な仕草。
彼女はホーリードール家と懇意の仲である、聖女一門の家長……。
フォンティーヌ・パッションフラワーであった。
『パッションフラワー』というのは、クーララカの母親がわりであった、センティラスの血族である。
フォンティーヌは15歳で、プリムラとはひとつしか違わない。
それなのに、マザーと同じ大聖女の立場になれるほどに有能であった。
プリムラの立ち振る舞いが『楚々』であるならば、彼女は『優雅』。
聖女の名家というよりも、貴族の名家の出のようなオーラをまとう彼女は、『お嬢様聖女』と形容するにふさわしかった。
しかも、自分の部屋を自分の肖像画で埋め尽くすほどの、『自分大好きお嬢様』であった……!
「お……お久しぶりでございます。フォンティーヌさん」
プリムラは圧倒されながらも、両手を前に揃えて、ぺこりと頭を下げる。
フォンティーヌは上の立場の人間であるかのように、うむ、と頷いた。
「堅苦しい挨拶は抜きにして、ソファにお座りなさい。今日は特別に、わたくし自ら、お紅茶を淹れてさしあげますわ。異国の地で手に入れた、ホーリードール家風情では決して口にできない珍しいお紅茶を」
のっけから嫌味たらたらであったが、こういう人物であることを知っているプリムラは、特に気にしない。
「ありがとうございます、フォンティーヌさん」
そんなことよりも、ずっと気になっていることがあった。
それは自分の真横にいて、呪いの甲冑像のように、付かず離れず立っている、ちびっこ騎士の存在。
彼女はプリムラを案内したあとも部屋から出て行かず、なぜか親の敵のような恐ろしい顔で、プリムラをずっと睨んでいたのだ。
それに気付いたフォンティーヌは、ホコリを払うような仕草をする。
「バーンナップ、もう結構ですわ、さがってよろしい」
「いいえ。この女がフォンティーヌ様に狼藉を働くかもしれません。いいえ、きっと働きます。ですから、自分はここで……」
「さがっていいというのが、わからないのですかっ!?」
バーンナップと呼ばれた少女は、それまで殺し屋のような態度を貫いていた。
しかし主人から一喝された途端に、捨てられた仔犬のような表情になってしまう。
気の毒なほどの落ち込みようだったので、プリムラは慌ててフォローした。
「あ、あの、わたしでしたら気にしておりませんので、いていただいても……」
「いいんですのよ。今日の話はふたりっきりでなくてはなりませんの。ですからホーリードール家のなかでも、プリムラさんだけをお呼びしたのですわ。さ、外で待っていなさい、バーンナップ」
バーンナップはがっくりと肩を落とし、とぼとぼと部屋を出て行った。
……パタン。
寂しげな扉の音を残し、室内は急に静かになった。
フォンティーヌが、ティーカップに紅茶を注ぐ音だけになる。
プリムラはなんとなく気まずくなって、わたわたと取り繕った。
「あ、あの……。バーンナップさん、でしたよね? とても頼もしそうな騎士さんですね」
するとフォンティーヌは振り返り、ティーワゴンに背を向けながら答える。
「正しくはバーンアップルという名ですの。呼びにくいからバーンナップと呼んでおりますわ。あの子はわたくし専属の聖女従騎ですの。プリムラさんの家の面汚しが打ち立てた、最年少聖女従騎の記録を大きく塗り替えて、9歳で聖女従騎になったのですわ」
『プリムラさんの家の面汚し』とは、クーララカのことである。
クーララカは、かつてプジェトにて、パッションフラワー家の大聖女であるセンティラスに拾われ、聖女従騎として仕えていた。
しかしクーララカはある日、センティラスに狼藉を働いていた勇者に激怒し、斬りかかってしまう。
それは未遂に終わったものの、庇ったセンティラスを斬りつけてしまうという大事件を起こしてしまった。
勇者に斬りかかるだけでも大罪だというのに、仕えている大聖女を斬って、その傷が元で死なせてしまったのだ。
いくらみなし子だった者がしでかしたこととはいえ、パッションフラワー家は激しい批判に晒される。
そして一族まるごとプジェトを追い出されてしまい、散り散りになってしまったのだ。
当時、フォンティーヌはまだ幼かったが、両親とともにかなりの苦労を強いられた。
そのため、クーララカのことを未だに恨んでいるのだ。
さらに、そのクーララカを拾ったホーリードール家のこともよく思っていない。
ホーリードール家の大聖女であったリグラスと、パッションフラワー家の大聖女であったセンティラスが親友同士あったため、両家の交流はいまだに続いていたのだが……。
それは親交というよりも、ライバル視の度合のほうが強かったりする。
フォンティーヌがプリムラに対してやたら嫌味ったらしいのも、そのためである。
彼女はトレイに乗せた紅茶を、洗練された仕草でテーブルに置き、プリムラの対面のソファに腰を沈めた。
「今日、プリムラさんをこの屋敷にお呼びした理由は、みっつありますわ。まずひとつ目は、引っ越しの挨拶」
引っ越しの挨拶というのは、普通は越してきた側が出向くものであるが……。
しかしライバルであるホーリードール家に、ヘコヘコと挨拶に行くなど、『お嬢様聖女』のプライドが許さなかったのだ。
お嬢様は、フフンと笑う。
「これで、両家の距離はぐっと近くなりましたわね。これは、両家の聖女としての差が、より鮮明になるということを意味しておりますわ。覚悟はよろしくて? プリムラさん」
問われたプリムラは一瞬戸惑う。
なにを言われたのかわからなかったからだ。
直後、フォンティーヌの意図を察することができたのだが、今度は気まずくなってしまった。
「あの……。もしかして、フォンティーヌさんは……。ホーリードール家がお引っ越ししたことを、ご存じありませんでしたか……?」
その一言に、フォンティーヌは素っ頓狂な声をあげてしまう。
「はあっ!? お引っ越し!? なんですのそれっ!? そんなの、初耳ですわよっ!?」
「すみません。以前のご住所に、お手紙をお送りさせていただいたのですが……。お読みになっておりませんでしたか?」
「わたくしは、ある用事で長いこと家を留守にしておりましたの! それが終わってすぐにこちらに引っ越してきたんですわっ! そんな多忙なわたくしに、手紙なんて読んでいるヒマなどあると思っていますの!? いったい、どちらに越したというんですのっ!?」
フォンティーヌは、遙か南の孤島の名を聞かされ、ローブが着崩れそうなほどに肩を落としてしまう。
彼女は、わりとドジであった。





