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08 社長の正体

 週明けの昼頃、ランは二日酔いの頭で港に向かった。

 そこではてっきり、作業着のゴルドウルフが迎えてくれると思ったのだが……。


 ゴルドウルフの姿は、陰も形もなかった。

 かわりに、スラムドッグマートの黄色い作業着の者たちが、シュバッとやって来て、彼女を囲んだ。



「ラン様ですね? 社長から話は承っております。どうぞこちらへ」



 社長と聞いてランは眉をひそめたが、すぐに理解する。



「ああ、オヤジとは別に、社長面接があるのか、案外堅っ苦しいんだな」



 ゴルド君の描かれた大きなクルーザーに案内される。

 中は、豪邸の応接間のようで、いまだにスラム街に住んでいるようなランにとっては別天地であった。



「へぇ、小さな商店のクセして、すげえ船持ってるんだなぁ! 社長とやら来るまで、どーせ時間がかかるんだろ? ここにある酒、飲んでもいいか?」



「はい、お好きなだけお召し上がりください。でも、3分ほどで到着しますよ」



「あと3分で社長が来るのか? 分刻みたぁ、ずいぶんキッチリした社長なんだなぁ」



「いえ、3分で本船は、グレイスカイ島に到着します」



「はっ? グレイスカイ島? あんな所になにしに行くんだよ? それに行ったことねぇけど、船だと3時間はかかるんじゃねぇのか?」



「いえ、3分です。すでに到着しました。窓の外をご覧ください」



「えっ、船動いてたのか? ぜんぜん揺れなかった……って、マジじゃねーかっ!?」



「ここからは、馬車でご案内いたします」



「船で面接じゃねぇのかよ。今度はどこに連れてくつもりなんだ? まぁ、まだ3分しかたってねーけど」



「あちらに見えます、山の頂上です」



「って、ありゃ神殿じゃねーかっ!?!? 社長ってのは、山の神様かなにかなのかよっ!?!?」



「いえ、ゴルドウルフ様です」



「えっ」



 グレイスカイ島の港から、お姫様が乗るような、白くて豪華な馬車に乗せられたラン。

 まだ昨日の酒が残っているのかと、何度も頬をつねながら向かった先は、白木の大神殿。


 そこは、まさに神の住居のような、浮世離れした佇まいであった。


 なにせ、神殿の外だけではなく中にも、ウサギや鹿などの動物がいるのだ。

 天井の梁には小鳥たちがいて、歓迎するように美しいハーモニーをさえずっていた。


 しかも驚くべきことに、クマや狼などの獰猛とされる動物もいるのだが、他の動物を襲うことなく、仲良くじゃれあっている。


 さらに、これだけの野生動物がいるのであれば、神殿じゅうがフンで大変なことになりそうなものだが、抜け毛ひとつ落ちていない。


 野生動物がこんなに大人しく飼い慣らされているなど、この先に待つのはきっと女神様に違いない……。

 とランは確信していた。


 大きな階段を登ると、そこからは動物はいなくなった。

 どうやらここからが、神の住居らしい。


 通されたのはこじんまりした居間のような場所で、そこに待っていたのは……。



「あらあら、まあまあ、いらっしゃい! あなたがランちゃん!? わたしがママよ!」



 突然の母親宣言とともに、両手を広げて駆け寄ってくる、白きドレスの美少女であった……!


 それでランの酔いは一気に醒めてしまった。



「ぎゃああああああっ!? おまっ……お前は……! い、いや、あなたは、ホーリードール家の大聖女、マザー・リインカーネーション様っ!?」



 『スラムドッグマート』はまだガンクプフル小国には展開していないので、同店の知名度はゼロであった。

 そのため、ランが同店のことを、小さな個人商店だと誤解していたのは無理もないことであった。


 しかし、グレイスカイ島をマザーが管理しているのは、新聞などを読んでいればわかることである。

 それなのに、この驚きよう……。


 実はランは、読み書きができないのだ。

 そして、またしても誤解してしまう。



「す……『スラムドッグマート』の社長って、まままっ、まさかっ……!?」



 プルプルと震える指でさされたマザーは、大きな胸に手を当てて、ふるふると首を左右に振る。



「ううん、ママはアルバイトさんなの。社長さんはそこにいるゴルちゃんよ」



「ゴルチャン?」



 隣の部屋から出てきたのは、なんと……。

 昨日、場末の安酒場にいたとは思えないほど、パリッとしたタキシードでキメた、オッサンであった……!



「ランさん、お待ちしておりました」



「お、オヤジっ……!? ななななっ、なんでっ!?」



 もう、何もかも信じられない様子のラン。

 大聖女が出迎えてくれたことも信じられないことであったが、この空間は奇跡体験にもほどがある。


 あの(●●)オッサンが、まさかの社長……!?

 しかも、大聖女と一緒にいられるほどの……!?


 それは、親しかった遊び人が実は将軍であったとわかったような、驚天動地の新事実。

 ランは衝撃のあまり、平衡感覚がわからなくなってしまい、クラクラしていた。


 思わず膝を折りそうになっていたが、その前にゴルドウルフからお声がかかる。



「ランさん、疲れていますか? それとも、昨日のお酒が残っているんですか? とりあえず、そちらに座ってください。今日は、私の秘書であるプリムラさんをご紹介したかったのですが、ちょっと急な所用で出かけておりまして。夕方までには戻ってくるそうですので、それまで休んでいてください」



 ランはその声を、空から降りてくる天啓のように聞いていた。



「あ、あの……あのプリムラ様を……ひ……秘書に……?」



 耳に入ったことを、うわごとのように繰り返すだけで精一杯。



「はい、とてもよく働いてくれていますよ」



「じゃあ、ママはお茶を淹れてくるわね」



「ま……ママが……ママが、お茶を……? り……リインカーネーション様を、アルバイトどころか、メイド同然に使うだなんて……。うっ……うう~~~ん」



「ああっ、しっかりして、ランちゃん!?」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ランが介抱されている、その頃……。


 プリムラは、ハールバリー小国のルタンベスタ領、アントレアの街にいた。


 そして、かつてホーリードール家が住んでいた屋敷にほど近い、とある豪邸を訪れていた。


 屋敷には大勢のメイドと騎士がいたのだが、案内を買って出たのは、わんわん騎士団と同い年くらいのちびっこ騎士であった。

 彼女はショートカットで褐色の肌で、やたらと目つきが悪く、客人であるはずのプリムラを侵入者のようにずっと睨んでいた。


 書斎に通されると、重厚な書斎机の奥に、自分と同じ白いローブの少女が椅子の背を向けてふんぞり返っていた。


 しかしそんなことよりも、プリムラは違うところに目を奪われてしまう。

 それは、部屋中の壁から天井まで、床以外をすべて埋め尽くすように掛けられた肖像画。


 大きさは、大小さまざま。

 書斎机の後ろの壁にある肖像画は、床から天井まで届くほどに超巨大で、特に目を奪われた。


 しかもそれらはすべて、同じ人物が描かれているのだ。

 そのモデルとなった人物が、革張りの豪華な椅子をゆっくりと回して、振り返った。



「わたくしの新居に、ようこそおいでくださいましたわ、プリムラさん」

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― 新着の感想 ―
[良い点] あ、ちゃんとあるんや、ランちゃんの度肝が飛び出すシーン(度肝じゃなくて魂が抜けてしまったようですが・・・(汗)) >それは、親しかった遊び人が、実は将軍だとわかったような・・・ こう言う展…
[気になる点] ここでも新キャラ⁈彼女が何者か…楽しみです(*´-`) [一言] 『な、何が起きたのん?』 『…恐らくだけどウッドの片腕から何か出たのよ』 そう、ウッドは圧縮された空気を鎖が出た手と…
[良い点] ゴッドスマイル神殿のような俗物とは違う! [気になる点] なんか新たなパチモンが出てきたな あるいはあの偽物共の早すぎる復活か? そんなとこに単身入ったプリムラは…?
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