33 オラオラ勇者、またまたクエスト失敗…! 3
「第十二章! ……燃えあがれ俺の心! 愛と希望のために! そして我は擅う! 正義の旋円! 悪を焦がす紅の波濤! 父よ! 母よ! 妹たちよ! そしてこの技の始祖にして、すべての勇者の頂点に立つ絶対偉人、ゴッドスマイル・ゴージャスティス様よ! この腕で、この剣で、この命で……! 愛と勇気だけを盟友とする、この俺の生き様、見ていてくれっ!!」
12節にも渡る、壮大で雄大なる発動準備がいま完了した。
燃えるような赤髪にふさわしい、烈火の炎が勇者の剣を包む。
「あぁんっ! いくぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!! クリムゾン・ブレードっ!!!」
全長数メートル。見上げるほどの全高の、玉虫色の胴体。
よそ見している無防備などてっ腹に、灼熱の剣圧をブチかます。
どばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーんっ!!
ずばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーんっ!!
「キシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」
真っ二つになった巨大な蠕虫は、緑色の体液と、己が武器である酸のブレスをあたりかまわず撒き散らす。
別れた身体をドスンバタンと揺らし、棲み家を崩落させんばかりの身悶え。
しかし、それも一時。やがて穴のあいた飛行船のようにしぼみ、絶命した。
仲間の少女たちは「キャーッ!」と黄色い歓声をあげながら、勝利の立役者にすり寄っていく。
「やったーっ! クリムゾンティーガー様のクリムゾン・ブレード! マジ半端ないって! いえーい、サイコーっ!」
「一糸乱れぬ流麗なる動きと、力強さが同居した、芸術的かつ圧倒的な剣さばき……! 素晴らしいの一言です! クリムゾンティーガー様っ!」
「あぁん? 当たり前だろ。それにしても今回も楽勝だったな。じゃあ、いつものアレをやっか」
勇者はそう言いながら少女たちの脇に手を入れ、胸をわし掴みにするようにして抱き上げた。
「キャッ」と可愛い悲鳴をあげて胸に飛び込む彼女らは、嫌がる様子もない。
むしろすすんで身体を寄せ、さらには唇までもを寄せ、ひとりしかいない観客に見せつけるようにキスをした。
少女たちは『記録玉』を取り出し、おのおのが自撮りをするように天に掲げる。
「「「うえーいっ! クエストクリアーっ!!」」」
……。
…………。
………………。
……あの時は、バカでかいクロウラーの親玉を、あっさりブッ殺したんだ。
しかも、無傷で……。
いや、たしかクソみてぇな野良犬が、クロウラーの酸のブレスをひとりで食らってたんだっけ……。
ヤツの髪の毛がボロボロのスカスカになってて……アレ、マジ爆笑モンだったなぁ……。
みんなでさんざんバカにして、イジってやったもんだ。
それも……ついこの間のことだってのに……なんだか、懐かしいぜ……。
あの頃は、よかったな……。
俺と、ミグレアとリンシラ……。
俺たち三人に、怖いモノなんてなかった。
俺の大剣技とミグレアの大魔法、そしてリンシラの祈りがありゃ、狩れないモンスターなんていなかった。
なのに……なのにどうして、こんなザマに……こんなザマになっちまったんだろうな……。
いつだって俺は、俺らしく生きてきたってのによ……。
誰にも退かず、誰にも媚びず……気に入らねぇヤツはブッ飛ばして、どんなヤツにも絶対に負けなかった。
そんな俺の生き様に、ミグレアもリンシラもゾッコンだった。
いや……街の女どもはみんな、俺のモンだった。
俺は……俺は今も、何も変わっちゃいねぇ……!
なにひとつ、道を間違ったりしちゃいねぇ……!
まっすぐ……まっすぐ俺の道を突き進んできたんだ……!
なのに……なのになんでこんな目にっ……!?
なんで……なんでこんな所で這いつくばってなきゃならねぇんだよっ……!?
『あの頃』から変わり果てた姿で天を仰ぐ勇者。
空はこんなに晴れ渡っているというのに、彼の心は三途の川のようにどんよりとした霧に覆われていた。
もうだいぶ失血したのか、目が霞む。
しかし、股間をずっと蹴り上げられているような鈍痛は止まない。
もうとっくに、失ってしまったというのに。
死の淵をさまよう彼の前に、能天気な声が登ってきた。
「はぁーい、みなさん、『双頭』に着きましたよー! ではここで、お弁当にしましょうかー!」
「はぁーいっ!」
溌剌とした返事とともに、芝生を駆け散らす足音に取り囲まれる。
そして四方八方から、驚きの声が上がった。
「……あっ、人が倒れてるよ!? 冒険者みたい!」
「うそ、ここ公園だよ? 冒険者が倒れる要素なんてないでしょ。お昼寝してるんじゃ……?」
「いや、たまにゴブリンとかがイタズラで罠を仕掛けるっていうから、それに引っかかったんじゃない?」
「やだ、超ダサーい!」
「それになんか、クサくない?」
「ほんとだ、くっさぁ~い!」
「見てみて、なんかへんな液にまみれてるー!」
「……もしかして、オシッコ?」
「キャーッ!? やだ、さいってー!」
「超キモいから、あっちでゴハン食べようよ!」
遠ざかっていく声たち。
しかし、完全には消え去らない。
かえって気になるひそひそ声となって、彼の鼓膜をかすかに揺らす。
「……でもさぁ、あの人、戦勇者のクリムゾンティーガー様に似てなかった?」
「それは装備だけでしょ。顔は超ブサイクだったわよ」
「そーそー! 頭はハゲてるし、歯抜けだったし、顔はきったねーし!」
「きっと、クリムゾンティーガー様に憧れてマネしてる人でしょ」
「そういえば新聞の『勇者欄』に載ってたんだけど、クリムゾンティーガー様って『双頭』のクエストにチャレンジするんだって!」
「ああ、それで合点がいったわ。あそこに寝てる人、格好だけじゃなくて行動もマネしようとしたんでしょう。または、勇者になったと勘違いしちゃったとか。しかも弱いクセして、高レベル地下迷宮の『双頭』に挑むもんだから……」
「いやいや、挑んでねーし! 入り口で、思いっきりゴブリンの罠にひっかかってるし!」
「しかも、痛くておもらししちゃうだなんて、メチャクチャ格好悪くない!?」
「なんか、ママー! とか叫んでそう! キャハハハハハハハハハハハ!」
「でもさぁ、あの人、ずっとヒィヒィ言ってるけど大丈夫なのかな?」
「大丈夫でしょ、公園で死ぬ冒険者なんて聞いたことないし。いるとしたらそれは冒険者じゃなくて、ホームレスでしょ」
「キャハハハハハハハハハ! いえてるー!」
「もう、あんなホームレスのことなんてほっとこうよ。それより私、いつかこの『双頭』に入るのが夢なんだ!」
「『双頭』にふたりで一緒に入ると、その人と両思いになれるっていうもんね!」
「あぁん、それ、憧れるぅ~! ねぇねぇ、みんな、誰と一緒に入ってみたい!?」
「そんなの、みんな決まってるでしょ! せぇーので言ってみよっか? せぇーの!」
「「「「「クリムゾンティーガー様っ!」」」」」
夢みるように、想い人の名前を口にする少女たち。
しかし、夢にも思っていなかっただろう。
少し離れたところで、汚液にまみれて情けない呻きをあげている、勘違い男が……憧れの君だということに。
そしてこれが、狼の怒髪を逆立てた者の、末路だということに……!
勇者というのはプライドが高い。
己は無敵で、己こそが最強だと誰もが信じて疑わない。
そんな彼らにとって、地下迷宮の入り口、しかも中に入る前に罠に引っかかるなど、論外の出来事なのである。
たとえそれで致命傷を負うことになっても、助けを求めるなど、誇り高き彼らにとっては口が裂けても許されぬ行為。
しかも……その罠で去勢されたとなると、なおさらのこと……!
そんな失態が知れ渡ったら、勇者でいられなくなるのは必定……!
助けを求めたら、勇者として終わる……!
助けを求めなかったら、人間として終わる……!
進むも地獄、戻るも地獄……!
そう、ゴルドウルフはこれを狙っていたのだ……!
怒れる狼は、悪徳勇者に対して直接手を下すことはしなかった。
が、もっとも屈辱的で、もっとも長く苦しむやり方で、表舞台から追放したのだ。
勇者として……いや、ひとりの男として……!
戦勇者クリムゾンティーガー・ゴージャスティスを……!
影縫&成敗……!
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●御神級(会長)
ゴッドスマイル
●準神級(社長)
●熾天級(副社長)
キティーガイサー
●智天級(大国本部長)
●座天級(大国副部長)
●主天級(小国部長)
●力天級(小国副部長)
●能天級(方面部長)
●権天級(支部長)
ゴルドウルフ
ダイヤモンドリッチネル
●大天級(店長)
●小天級(役職なし)
○堕天
↓降格:クリムゾンティーガー
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ゴルドウルフは、ひょんなことからクリムゾンティーガーの悪事を知った。
いや、彼だけではない。
この世界を支配する勇者たちが行っている、マッチポンプの事実を知った。
勇者たちはゴロツキどもに犯罪行為を行わせ、それを解決することにより、民衆の信頼を得ていたのだ。
その真実は……首の皮一枚残っていた、狼の慈悲の心に風穴を開けることとなる。
そう、狼は決意したのだ。
世界を牛耳る勇者一族に、牙を剥くと……!
人の世にはびこり、仇なす勇者たちを……!
獣の牙で喰らいつくし、根絶やしにすると……!
ゴルドウルフ・スラムドッグは、ついに立ち上がったのだ。
究極にして、至高の勇者……!
そして悪逆にして、非道の権化……!
……ゴッドスマイル・ゴージャスティス……!
その喉笛を、食いちぎるために……!
ここまでが第1章となります。
この先は登場人物のまとめを挟んだあと、次の章にまいりたいと思います。
ちょうどいい区切りなので、感想または評価をいただけると嬉しいです。
そうすると新章への参考にもなりますし、例によってやる気ゲージが貯まりますので、まだの方はこの機会にぜひお願いいたします!
そして新連載、開始しました!
『胆石が賢者の石になったオッサン、少年に戻って賢者学園に入学して、等価交換も寿命も無視した気ままな学園生活!』
勇者が賢者になっただけのような…そしてのっけからマザーみたいな女神様が出てきておりますが…。
本作を面白いと思っていただけている方なら、こちらも楽しんでいただけると思いますので、ぜひ見てみてください!
この後書きの下のほうに、小説へのリンクがあります!