06 ふたりの人材
ゴルドウルフは『ドッグレッグ諸国』への『スラムドッグマート』展開にあたり、店舗と人員の確保を行なった。
それらと同時に、体制の見直しを行なう。
それまでハールバリー小国の方面部長であった、クーララカ、ウォントレア、ミスミセスを方面部長に昇格させ、各小国の責任者として割り当てたのだ。
尖兵の国である、ハールバリー小国には、ウォントレア。
聖女の国である、キリーランド小国には、ミスミセス。
戦士の国である、ロンドクロウ小国には、クーララカ。
魔導女の国である、ガンクプフル小国については、現地で活躍している『ゴージャスマート』の中から、よく知っている人材を登用するつもりでいた。
ゴルドウルフはとある週末に、その候補である、ふたりの人物を呼び出していた。
場所は『ガンクプフル小国』にある、とある酒場。
店内は、今日一日の冒険を終えた冒険者たちでごったがえしている。
笑い声や歌声、料理が行き来する賑やかな喧噪のなか……。
その様子を一望できる、隅っこのテーブルにオッサンはいた。
対面には、ひとりの男とひとりの少女。
男のほうは、薄くなりかけた髪を整髪料でテカテカに撫でつけ、顔も脂でテカテカ。
火を近づけたらよく燃えそうで、いかにも働き盛りといったエネルギッシュな中年男。
もうひとりの少女は痩せていて、赤く染めたツンツンヘアーに、首筋には炎のタトゥー。
耳や鼻にピアスをしており、それがチェーンで繋がっているという、実にパンキッシュな少女。
対象的なふたりを交互に見ながら、オッサンは切り出した。
「ステンテッドさん、ランさん、お久しぶりです。おふたりとも、ぜんぜん変わっていませんね」
ステンテッドもランも、かつてゴルドウルフの部下であった。
当時ステンテッドが17歳で、ランは7歳。
ゴルドウルフは『ぜんぜん変わりない』と言ったものの、青年であったステンテッドはだいぶオッサンに、子供であったランはだいぶ大人びているのを感じていた。
「私がガンクプフル小国の『ゴージャスマート』を離れてから、十年ぶりくらいでしょうか? おふたりとも……」
「ゴルドウルフさん、アンタの考えはわかっとる。このワシを引き抜きにきたんじゃろ?」
前置きを遮って核心を突いてきたのは、ステンテッドと呼ばれた中年男。
ゴルドウルフは苦笑する。
「ええ、そうです。相変わらずステンテッドさんは察しがいいですね」
ステンテッドは察しがいいというよりも、余裕がないといったほうが正しい。
人の話を最後まで聞かずに遮ってしまう癖があり、店員時代にはゴルドウルフが幾度となく注意していたのだが、結局治らなかった。
「アンタが働いとる『なんとかマート』が、このガンクプフル小国に出店するのはすでに耳に入っとる。なにせワシがいるのは世界一の冒険者の店、『ゴージャスマート』なんじゃからな。アンタが働いとるようなちいさな店のことなど、なんでもお見通しじゃ」
「なら、話が早いですね、でしたら……」
「どうせアンタは、『なんとかマート』の社長に言われたんじゃろ。『ゴージャスマート』からひとりでも多く引き抜いてこいって」
「いえ、『スラムドッグマート』の社長でしたら、私が……」
「べつに隠さんでもいい。アンタは古巣にいた頃の顔を利用して、社長にいい顔をしてみせようとしとるんじゃろ? じゃが、残念じゃったな、ワシはそんな吹けば飛ぶような店に移る気は毛頭ない。無駄足じゃったな」
ステンテッドの話の聞かなさっぷりは、ゴルドウルフといっしょに働いていた青年の頃よりも、輪をかけて酷くなっていた。
しかもそこに、人を見下したようなニュアンスを織り交ぜるようになっていたので、常人ならもうこの時点で不快さを隠さなかったであろう。
しかしゴルドウルフは、ステンテッドの尊大さの理由をすぐに見抜いていた。
「……私が知るステンテッドさんは、そんな喋り方をする人ではありませんでした。人の話を遮るという欠点はありましたが、それは情熱から来るものでした。私にはない、押しの強さでお客様の心を掴んでおられていましたよね。それを私は評価していたのですが……」
「評価だって? なんでアンタなんかに評価されなくちゃならんのじゃ? アンタなんかよりも、ワシは勇者様……。いや、勇者から評価されたんじゃ。それの立場に見合うだけの人間になっただけのこと。アンタとはもう、住む世界が違うんじゃ」
「……大天級への昇格を、ほのめかされたんですね」
「やっぱりアンタは浅はかじゃのう。ほのめかされたんじゃない、今日、重役たちに呼び出されて、是非にとお願いされたんじゃ。辞令が出るのは来週じゃが、大天級などではなく、なんと座天級……! 一気に大国副部長のポストになったんじゃ!」
「それは不自然です。いままで勇者組織は、ゴッドスマイルさんの血縁以外は誰ひとりとして、昇格させることはありませんでした。それが今になって、急に昇格など……。しかも6階級の昇進なんて、絶対になにか裏があるに違いありません」
ゴルドウルフは心配したが、ステンテッドは下品なオヤジ笑いで一蹴した。
「がっはっはっはっはっ! アンタはきっとそう言うと思っとった! アンタはヒラのまま『ゴージャスマート』を辞めたから、このワシの出世が羨ましいんじゃろう! 妬ましいんじゃろう! あることないこと言って、ワシを止めるところまで、ワシはすっかりお見通しなんじゃ! がーっはっはっはっはっはっはっはっ!!」
ステンテッドの滑らかに回る舌は止まらない。
「でも、ワシも鬼じゃあない! 昔はほんの少しじゃが、アンタには世話になった! 己の立場をわきまえて、この座天級調勇者である、ステンテッド様を敬うのであれば、『ゴージャスマート』に戻れるように、取り計らってやらんこともない!」
長く伸びていく鼻が見えそうなほどの、天狗っぷりであった。
「ほら、わかったら、お酌のひとつもするもんじゃろうが! それに、こんな泥みたいな酒と、残飯みたいな料理を出す店など、これっきりにするんじゃぞ! 二軒目は、勇者様であるワシに相応しい店に案内するんじゃ!」
彼の傍若無人っぷりは、隣に座っていたランにも及ぶ。
「酒の席ならば本来、女のうえに、いちばん歳下であるお前が酌をせねばならんのに、まったく……! そんな当たり前の気づかいもできんから、お前はいつまでたっても倉庫番で、店に立てないんじゃ! ワシが面倒を見てやらなければ、今頃は元のカッパライにでも……」
それは、反射的ともいえる、一瞬の出来事であった。
ランはテーブルにあった酒瓶を掴み、ステンテッドの額をカチ割ろうとしていたのだが、
……スッ。
と寸前で滑り込んできたオッサンの指で、ピタリと止められていた。
驚きに目を見開く、ランとステンテッド。
ランは、今まで誰からも止められたことのなかった、必殺の一撃を止められたせいで……。
ステンテッドは冷たさを感じるほどに寸前まで迫った、鈍器せいで……。
オッサンは、また苦笑いしていた。
「すぐ頭に血がのぼってしまうのは、相変わらずのようですね、ランさん」





